そして二日後。
極東支部のジャスティス2人は、すでに朝から本部入りをしているらしい。
夜には彼らの歓迎会が行われるとのことだ。
そんな浮かれた空気も錆兎には関係ない。
後輩の炭治郎もだが錆兎はいつもと変わらず鍛練ルームに引き籠ってひたすら鍛練で汗を流していた。
そんな風に軽装で鍛練をしていると、何故かスケッチブックを持った女性陣が来てギラギラした目でペンを動かしていたりするのだが、それも毎度の事なので見ないふりをする事にしている。
なんのためとか考え始めると恐ろしくて夜も眠れなくなりそうだからだ。
基地内で女性は数少ないため、そうやって追いかけられる錆兎達をフリーダムやブレインの男性陣が羨ましそうな目で見てくる事も多々あるのだが、それなら代わってやる、いや、代わって下さいと土下座をしたい衝動に駆られるのもまた日常である。
女性というものに夢を持っていないかと言うとそういうわけではないのだが、日々、『…き、筋肉っ……』、『…萌え……』、『も、もう少しシャツを……』などぶつぶつ言いながら血走った目で見られていると、もう小説の中だけで良いか……という気分にもなってくる。
物語の中にでてくるような、露出した肌を見て顔を赤らめたり、可愛らしくヌイグルミを抱きしめたり、白い指先でレースを編んだりなどという女性は、おそらくこの世に存在はしないのだ…と、諦めの境地に達する今日この頃だ。
そうして夕方まではひたすら汗を流し、その日は歓迎会のため早くあがってシャワーを浴びる。
そして白米とみそ汁と香の物くらいの簡単な夕食。
もちろん歓迎会には料理が出るが、カナエから極東組のフォローにまわれと依頼が来ている時点で、ゆっくり食べられないだろうという判断からだ。
こうして準備万端ということで、着替え。
シンプルな黒のタキシードを身にまとい、普段降ろしている少し長めの宍色の髪を後ろで結ぶ。
そして迎える側としては早めに会場入りしていた方が良いだろうと、大急ぎで広間に向かった。
開始予定時刻30分前なのだが、もうだいぶ人が集まっている。
特に女性陣。
遠目に見ている分には色とりどりのドレスが目に楽しい。
それでも見つかってまた色々追いかけられるのも厄介なので、錆兎は目立たぬようにソッとバルコニーに避難した。
そうして中の様子が分かる程度の位置でバルコニーにおいてあるテーブルに軽く身をもたせかけて時を待つ。
が、その時だ。
薄桃色の物体が視界の先を横切った。
なんだ?と何の気なしにそちらに視線を向けると、なんとも可愛らしい淡いピンク色の儀礼服を着た少年…いや、色合いからすると男装を楽しむ少女なのだろうか?
反対側を向いているため顔は見えない。
月でも見ているのかとも思ったが、その華奢な手がオズオズとバルコニーの柵にかけられるにいたって、何故かはわからないが会場から逃走しようとしているらしいと理解した。
(あ…でも.ここ2階なんだが…大丈夫か?)
攻撃特化型ジャスティスの錆兎や真菰は身体能力も並外れていて、飛び降りるどころか二階くらいなら逆に飛び乗る事もできる。
だが、目の前の小さな影はそういう能力があるようには見えない。
それを裏付けるように、下への足場を探すようにその頭がキョロキョロ周りを見回しているのが見える。
(おい……落ちるなよ?)
ついつい気になってハラハラしながら見守っている錆兎の目の前で、人影は危なっかしい様子で柵を乗り越えたが、儀礼服の金具が何かに引っかかったらしい。
足を滑らせて転落した。
「チッ!」
錆兎は反射的に駆けだすと柵を乗り越えて、小さな悲鳴と共に落下した人影を追う。
テラスの床を思い切り蹴って勢いをつけて丁度人影の真下にすべりこみ、落ちてきた相手をぎりぎり抱きとめると、錆兎は
「大丈夫か?」
と声をかけて、次の瞬間息をのんだ。
透けるように真っ白な肌とは対照的に漆黒の長い睫に縁取られた澄んだ青い瞳が驚いたように錆兎を見上げている。
目が離せない。
儚げな印象の華奢な美少女。
何か形容しがたい感情が自分の中からわきでてくるのを感じて錆兎はしばらくそのまま立ちすくんだ。
お互いにしばらくそうやって硬直していたが、先にわれにかえったのは錆兎の方だった。
「立てるか?」
と、声をかけつつ、そっと少女を地面に降ろす。
そこで少女の方もようやく我に返ったようで、
「あ…ありがとう」
とポカンと小さく開いたままだったピンク色の唇から少女にしては少しばかり低めの声がこぼれた。
そこであれ?と思い直す。
もしかして…少年…か?
いや、でもアルトの声の少女の可能性も?
脳内でそんな疑問がクルクル回るが、さすがに初対面の人間にいきなり性別を聞くのも失礼だろうと空気を読んで口をつぐむ。
少女はそんな錆兎を不思議そうに見上げた。
「あ…あのぅ…」
「ん?」
「でも…どこから来たんですか?」
おそらく少女?の方は錆兎に気づいていなかったのだろう。
いきなりこんな所にわいてでたように思っているらしい。
錆兎はおかしくなって小さく笑ってバルコニーを指差した。
「あちらから。
バルコニーにいたら挙動不振な人影が目に入ったんで気になって見てたら、いきなり足滑らせたから」
錆兎の言葉に少女の白い頬にさっと朱が差す。
「あ…そうだったんですか…ご迷惑おかけしました」
「いや。それより…ついでだからどこかに行くなら送るが?
基地内とはいっても夜だから一人歩きは危ないしな」
錆兎の申し出に少女は少し困ったような表情を浮かべた。
それに気づいた錆兎は
「ああ、もちろん行き先知られるの嫌なら安全な所までな。建物内とか」
と、付け足す。
「あ…ごめんなさい、そういう意味じゃなくて…」
錆兎の言葉の意味に気づいた少女はあわてて首を振った。
「あの…特に行き先とか考えてなかったから…」
「そっか。
てっきり脱走組かと思ったんだが、単に落ちただけだったのか。
じゃあ会場まで送るな」
錆兎がさらに言うと、少女は更に更にブンブンと首を横に振る。
「会場は駄目なんですっ。逃げてきたという意味ではその通りで…」
「…何か訳ありか?」
「…はい…あの…ごめんなさい。
本当に行くあても予定もないので…
たぶん大丈夫だと思うので、この辺りで放置してやって下さい。
一人でこっそりお花見でもして時間つぶしてるので…」
小さな声で言ってうつむく少女を見て、錆兎は
「じゃあ、ちょっとここで待っていろ」
というと、少女を置いて再度バルコニーまで跳躍した。
少女は驚いた目でその人間離れした跳躍を見ていたが、錆兎の姿が会場に消えると
「行っちゃった…」
と小さく息をついた。
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