(さて、次は…)
これで茂助の方の問題は片付いた。つるぎは少し安堵する。
いかにも町娘な花も可愛いし、お似合いだな~と微笑ましく思う。
で…町娘じゃない貴族の姫の方をどうするかだが…
「どうやって口説きおとすかなぁ…」
誰にともなくつぶやいて頭に手をやる。
考えながら歩いていると、ふと頭の上から目録が差し出された。
「一応これで手配しておいてくれ」
「景虎?」
目録を受け取る。
そこには達筆な字で手配する武具が並べられていた。
つるぎはそろ~っと景虎を見上げた。
いつもと変わらぬ冷静な眼にぶつかる。
「なんだ?」
景虎だけは本当に表情が読めない…とつるぎはつくづく思う。
「あかりは?」
「出立の支度をしている」
微妙な答え…どこへ出立する支度なのかを聞きたいのだが…聞けない。
こちらは表情が読めないのに、向こうからはお見通しらしい。
景虎は軽く笑ってつるぎの頭をポンポンと叩く。
「王路の新鮮な魚で上手い料理を作ってくれるらしいぞ」
と続ける。
「そうかっ。それは楽しみだな」
ほっとするつるぎ。
しかし…自分が出る幕でもなかったか。
というか…自分が悩んでる間にあっさり景虎に解決されてたのか。
しかも完全に子供扱いされてるし…
ちょっと悔しい。
「ま…仕方ないのか。好んで一人身主義の大人の余裕だな…」
いつか追いついてやる、と思いつつ一人つぶやくつるぎの言葉に景虎は
「なんだ?それは」
と眉をひそめる。
「教えてやらん!」
景虎だって少しは読めない気持ちを味わえば良いのだ!
べ~っと舌を出してそのまま駆け出していくつるぎを
「おかしな奴だな…」
と景虎は見送った。
「も…茂助さん、あの二人萌えるよ~!」
景虎とつるぎのやりとりを丁度遠目に目撃する影が二つ。
言うまでもなく茂助と花である。
黄色い声を上げながらバンバン!と茂助の肩を叩く花。
(始まったか…)
茂助は小さくため息をついた。
「あの麗しの殿方は天才軍師景虎様だよね~!!
景虎様と一緒だと、つるぎ様ちょっとツンデレ?
美青年×美少年て感じだよね~!
ていうか、生景虎様拝めるなんて超ラッキー!きゃ~!来て良かったよぉぉ~!」
花屋の看板娘の花ちゃんは丸顔の愛嬌ある子で明るくて可愛くて…
(でも腐女子なんだよなぁ…)
が~っくりと茂助は肩を落とす。
「毎日ああいうやりとり見られるんだよね~♪」
うっとりと目が宙をさすらっている花の腕を引っ張って茂助は母屋から連れ出そうとする。
「花の部屋は離れだから…」
「え?つるぎ様と一緒じゃないの?」
「だから…つるぎさんの部屋のある離れ」
「景虎様は?」
「景虎さんは別の離れ」
「一人?」
「そう一人」
「そうなのかぁ…」
にま~と笑みを浮かべる花。
「はい、妄想しない、妄想しない」
離れにつくと、茂助はつるぎの隣の部屋に敷き布団を運び込む。
「隣つるぎ様のお部屋だよね♪」
と、こそ~り襖を開けて部屋を除き見る花。
「こらこら…」
「ちょ、ちょっとだけ~!お願い!見逃してぇ!!」
まあ…覗かれて困るようなものは一切置いてなさそうではあるが…
「剣がいっぱいだ~。お侍の部屋みたいだね~」
とりあえず確認した事で満足げな花。
「ほかは?どんなところなの?」
と茂助を振り返る。
「他は絶対にだめ!
特に東の部屋は絶対に勝手に行っちゃだめだよ。
ここから追い出されるからね」
茂助は真剣な表情で忠告する。
好奇心の塊りのような花がそれで納得してくれるかは自信がないわけだが…
「あ、掛け布団もいるか。ちょっと母屋から持ってくるから待ってて。
勝手に部屋でちゃだめだからね!」
「は~い♪」
掛け布団がない事に気づき、茂助は言う。
あまりに花の返事が良いのに不安を覚えるが、仕方ない。
「本当に絶対に絶対にダメだからね?」
念を押して母屋に向かった。
「いってらっしゃ~い♪」
難しい顔で出て行く茂助にヒラヒラ手を振る花。
「さて、と」
ほとんど何もない自室にちんまり座る。
「つまんない」
さすがに追い出されたくはないので、手持ち無沙汰ながらも一応言いつけは守っておく。
何もする事がないので、色々妄想してみたりもする。
景虎はたまに剣や書を見に京の街を訪れる姿が目撃されていた。
端正な容姿と凛とした立ち振る舞い。
しかも噂によると一度戦となれば常に勝利に導く策を練る天才軍師で、剣の腕も一流という。
花達町娘の憧れだった。
しかも、よく連れ立っているサルのような武将とは違って女にデレデレしたりもしない。
(あれは…つるぎ様がいたから?きゃ~っ!!)
などと花は一人ではしゃいでいる。
有能な青年軍師×優雅な貴族の少年の図が花の頭の中をグルグル回っていた。
と、その時、その耽美な世界にぴったしの美しい琴の音色が流れてくる。
(も…もしかして、これはつるぎ様?!)
花はガバっと立ち上がった。
茂助の注意などすっかり忘れている。
(これは見なければっ!!)
一種使命感にも似た強い煩悩まみれの欲求が、追い出されるかも、という危険もすっかり頭から消し去っていたのだ。
そして花は開けた。禁断の東の部屋の襖を。
バン!と花が襖を思い切りあけた瞬間、琴の音がピタっとやんだ。
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