「さて…と、朱雀通りの花屋、ここか」
しばらく後、久々に直衣を着たつるぎは、にぎやかな通りを馬で闊歩していた。
元々名家の出だけあって、その気になれば立ち振る舞いは優雅な上、顔立ちも整っている。
光源氏もかくや、と言った風情の美しい公達（貴族の男）ぶりで、周りの注目を浴びていた。
それが自ら花屋に入っていくのだ、行きかう人々もそうだが、何より花屋自身が驚いている。
「いらっしゃいま…せ…」
客の気配に気づき応対に出た娘は、目の前の美しい公達に言葉を失った。
「花ちゃん…かな？」
男性にしては少しだけ高い気もするが、落ち着いた綺麗な声。
ぽか～んと口をあけたまま、コクコクうなづく。
本人である事を確認すると、店の奥の父親らしい男に家紋いりの飾り刀を見せる。
「一条つるぎと申す。
実は今身の回りの世話をする者を探しているのだが…知人からご息女を推薦され、直に人柄を確かめに参った。
少し…話をさせてもらっても宜しいか？」
言われて父親は飾り刀とつるぎの顔を見比べる。
確かに一条家の家紋。
それに…確かに目の前の若者は何度か花を届けに行った時に遠めに拝謁した一条家の若君だ。
それが何故こんな花屋の娘を？？いや、それよりも！
「お…恐れ多い事でございます！！」
混乱しつつも慌ててその場に平伏する。
汚いところですが、どうぞ、と奥に通そうとする父親を
「いや、気遣いは無用」
と優雅な仕草で軽く手をあげて制すると、
「少し娘御を借りる」
と、つるぎは花を馬に乗せ、悠々と立ち去った。
「いきなり悪かったね。好きな物を注文するといい」
少し離れた和菓子屋を貸切にして自分と対峙する、絵物語に出てきそうな綺麗な公達。
二人になると年相応のくだけた言葉になるが、それがかえって現実感がない。
混乱しすぎて硬直してる花に、ちょっと困ったような視線をむけたあと、店の者を呼んで
「もうわからないから、品書きにあるもの全部もってきてくれ」
ととんでもない注文をする。
当然ながらずら～っと並べられる甘味の数々。
甘い物は庶民には少しだけ高級品だったりするのだが、こんなに並べられるとさすがに…
「好きな物を好きなだけ食べるといい」
それを察するように添えられる言葉。
綺麗な公達の見惚れるほど綺麗な笑顔。
夢を見ているんだろうか…
「ああ、一人だと箸つけにくいか。甘い物は得意じゃないんだが…私も少しもらおうか」
優雅な仕草で蕨餅を口に運ぶその様子をやっぱり凝視する花に気づいて、
「美味しいよ？」
とにっこり笑ってその箸で蕨餅を花の口に運ぶ。
ゴクン！と思わず飲み込んではっと気づく。
（か…間接キスだ～！！）
ひゃああ～と赤面。
「ぷっ…アハハハ！！」
慌てる花を前に公達は噴出した！
「あかりみたいだ！女の子って本当にコロコロ表情変わるなっ」
「あかり…様？」
「うん！私のこの世で一番大切な姫」
目の前の公達はあっさりと言う。
（あ…そうなのか…そうよねぇ…）
こんな素敵な公達だもん。
町娘なんかと違って綺麗なお姫様なんだろうなぁ…
納得する花。
脳内でクルクルと絵巻物に出てくる姫の図が回る。
「で…話したとおりなんだけど。どうかな？」
唐突にすすめられる話に花は我に帰った。
「身の回りのお世話…ですか？」
花がきくと、公達はうなづく。
「まあ普段は自分でなんでもするから、好きにしててくれていいよ。
留守の時だけ少し部屋の埃をはらって空気の入れ替えなんてしてもらえるとありがたい。
問題は…場所なんだけど」
そこでちょっと言葉を切る相手に、花は
「場所？お屋敷じゃないんですか？」
と聞き返した。
「うん。京をちょっと離れる事になって…王路城まで来てもらえるとありがたい」
「はあ？」
聞きなれない言葉に首をかしげる花。
と、同時に最近ちょっと意識し始めて一緒に出かけたりとかしている若い武士の顔が頭をかすめる。
この綺麗な公達の身の回りの世話…夢のような話ではあるが…
「申し訳ありません。本当に夢見たいなお話なんですけど、私京都を離れられないんです」
ピョンっと頭を下げる花の顔を覗き込んで、公達がさらに聞く。
「どうしてもダメ？」
「はい。どうしても、なんです」
花の答えが変わらないのを知ると、公達はハ～っと困ったように息を吐いた。
「参ったなぁ…花じゃないとダメなんだけど…」
漏らす言葉を聞いて不思議に思い、花は聞きかえした。
「なんで私じゃないとダメなんですか？
身の回りのお世話をしたいという者ならいっぱいいると思うんですけど…」
「えとね」
と、花の言葉に公達はまた花を向き直った。
「私の大切な友人が京を離れる事が決まってから元気がなくてね。
その一番の理由が花に会えなくなるかららしいから。
んで、本人には秘密で花の事口説きにきちゃったんだ。
ダメだった時にがっかりさせたくないから」
とまたにっこり。
「友…人…？」
人柄の良さそうな若い武士の顔が脳裏にうかぶ。
でも目の前の人物とはあまりに接点がないような…
しかし目の前の人物はまさにその名を口にした。
「堀川茂助って…知ってる？」
「茂助さん？！！」
真っ赤になる花。
（これはいけるかな）
と内心ほくそえむつるぎ。
「どうしても…だめ？」
再度聞くと
「どうしてもだめ…じゃないです」
と赤い顔をしたまま花はうつむいて言った。
本人の了解が取れてからは話は早い。
一条家の若様の名は親を納得させるには充分な影響力だ。
「よ～し、このままお持ち帰りしちゃおう！」
と、花の実家に話を通して、そのまま花を馬に乗せる。
「もう今日から伺うんですか？！」
急な展開に驚く花に、つるぎは言う。
「うん。ああは言ったけど、実は出立まではちょっと忙しいんで、色々手伝ってもらえるとありがたいな」
「でも着替えとか日用品とか準備が…」
という花に
「支度金は用意するから、必要な物は明日にでも買いにおいで。
茂助を荷物持ちに使って良いから」
と、にっこり。結構強引である。
「部屋は…どうせすぐ出立することになるし、とりあえず私の隣で良いかな」
館につくと、つるぎはつぶやきながら花を馬から下ろして自分も降りる。
「つるぎさん、おかえりなさい」
と慌てて出迎える茂助。
そこで硬直。
「えっと…」
「私の身の回りの世話をしてくれる花。
王路にも連れて行くけど、とりあえず私の隣に部屋用意してやって。
私は着替えてサルの様子みてくる」
クスっと笑って茂助に馬の手綱と花を預けると、つるぎは離れに駆け出していった。
「あの…え～っと…」
とりあえず馬を馬屋につなぐと、黙って後ろからついてくる花に茂助は話しかけた。
「どうなってる…のかな？」
「ごめん。迷惑だった？」
戸惑う茂助を花は見上げる。
「え？！全然！そんなことない！ほんとに！！」
慌てて否定する茂助。
「まさか花と一緒に王路行けるなんて夢にも思ってなかったから…えと…つまり…すごく嬉しいんだけど…どうなってるのか今ひとつ事情が…」
もっともである。
秘密で来たって言ってたっけ…花はクスっと笑っていきさつを説明した。
「すごいな、つるぎさん…なんでもお見通しなのか…」
もはや驚きすぎて否定も言い訳もする気がおきない。
「もうね、びっくりしたよ～。
絵物語に出てきそうな若様がいきなりうちの店に来るんだもん。
ていうか…あんな名家の若様がお武家の家にいるなんて、それもびっくりだよ～。
物腰なんかもね、すっごい優雅なんだよ～」
まくしたてる花に滝の汗な茂助。
優雅…なのか、あのつるぎが…。
「化けてたんだね…」
思わずつぶやく。
「化けた？」
「うん。あの人戦場では別人だから…」
と、昔誰かに言った台詞をまた…
「え～？！あの若様が戦場行くの？！」
驚く花。
行くどころではない…と茂助の心の声。
「うちの軍でも天才軍師として名高い景虎さんに続く智将だよ。剣の腕もすごいし…」
「え～、そうなの？カッコイイね～ｖｖ」
花の黄色い声にちょっと複雑な茂助。
「でも…あの人実は女性だからね…」
と水を差してみたりする。
「え？？一条家の若君って実は女性って本当だったの？！！」
噂は聞いた事がある。
何でも一条家では男子が生まれないために娘を跡取りにしたとか公家宅にも花を届けていた父が言っていた気がする。
女性の身の回りの世話だから、あっさり承諾したのか、と納得する花。
しかし、
「でもそこらの男衆よりカッコイイよね～！強いし綺麗だし優しいし♪超素敵！」
と、茂助の言葉はあまり意味はなかったようだ。
（つるぎさんいったい何したんですか～？（泣)
と、花と離れずにすんだのはありがたいが、内心複雑な茂助なのであった。
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