「今回の戦も見事であった」
秀吉と景虎は戦勝報告に信長の城に来ていた。畏まる秀吉と景虎。
「今回の勝利後、播磨の青松家が王路城を明け渡してきおった。
サル、これはそちに与える。
近日中に居を移しこれを拠点として中国征伐にはげめ」
「ははっ!かしこまってございまする」
秀吉は平伏した。
いよいよ…始まったか。
秀吉、景虎それぞれの脳裏に色々な思いがよぎる。
「そちの軍には期待をしている…万が一ワシが志半ばで倒れたとしても
絶対に足を止めるなよ。日の国統一まで決して足を止めるな」
「殿…縁起でもない事を!」
敬愛する主君の言葉に、秀吉はガバっと身を起こした。
「そんな顔をするでない、サル。例えばの話よ。
久々の遠征になるからな。
どのくらい時がかかるのか、誰にもわからん。
ワシがジジイになって死ぬ時にそちが側にいるとも限らんからな」
泣きそうな顔の秀吉に、信長は豪快に笑って見せた。
「まあ…サル、そちの軍は死なん。それだけのものを与えておる。
王路に落ち着いたらこれまで集めた鉄砲も餞別に送ってやる」
「鉄砲を!」
思わず声を上げる景虎に信長は目をむけた。
「景虎、お前が使いたいように使ってみろ。
…派手に豪快に小田軍をみせつけてこい!」
「ははっ!」
景虎は平伏する。
夢にまで見た南蛮渡来の兵器、それを自由に使える日がこようとは。
普段冷静な景虎も心わきたつものを隠しきれない。
「…つるぎとあかりも連れて行け。鉄砲よりも城よりも…わしの大切な宝じゃ」
信長の言葉に黙ってさらに平伏する二人。
「つるぎは…ワシが見出してワシの知る限りの事を教え込んだ。
いずれは景虎にも並べるほどの武将に育つ資質を持っている」
「存じております。先の戦では初陣ながら景虎さながらの活躍をみせておりました」
平伏したまま秀吉が言うと、信長は満足げにうなづいた。
「そうであろう。
優れた能力を持つだけでなく、心根もまっすぐで芯も強い。
ワシの唯一の友人だ。
ただあれもまだ子供ゆえもう少し手元で育ててから送り出してやりたかったのだが…
こんな時代ではそうも言ってられん。ワシに代わって大事に育ててやってくれぃ」
「承知いたしました。必ず!」
これには景虎が応える。
「あかりは…出自については、聞いたか?景虎」
「はっ」
答える景虎に信長がうなづいた。
「まだ子供だったあれの微笑に一目ぼれして、二人きりで話せる立場まで登りつめるのに3年かかった。
あのような環境で育ちながら、これだけの環境の変化を柔軟に受け止める強さを持った娘だ。
硬く強い剣ほど折れる時は脆い。
あれの柔軟さがその脆さを補い、あれの微笑が傷を綺麗に癒してくれるだろう。
あれがいる限りお前は折れぬ。お前が折れぬ限りはサルは死なん。
そして…サルがある限りは羽芝軍は走り続ける。
何があっても日の国統一を成すのだ、よいな!」
「はっ!身命にかけて!」
景虎は初めて信長の器の大きさを見た気がした。
と、同時にまるで永久の別れをほのめかすような信長の言葉も気になった。
「恐れながら…」
と珍しく自分から切り出す。
「当軍なき後、大殿はいかがなされる?」
「景虎がワシの心配とは珍しい!」
信長はからかうように笑うが、景虎は
「いかがなされる?!」
とまた繰り返す。
「案ずるな」
その真剣な様子に、信長は笑うのをやめて口を開いた。
「相変わらずこの京にとどまって東の今河に睨みをきかしておる。
警護には南近江の明知を手配した。
お前ほどではないが、あれも切れる男よ」
「ほぉ…明知殿を。それでは安心でございますな」
秀吉はほっと息をつく。
明知光秀。
お互い常に前線で飛び回っていたためいつもすれ違い、顔をあわせたことはないが文武両道の優れた知将との呼び声高い。
「要らぬ事を申しました」
考えすぎだったか…景虎も安堵する。
その様子を見て、信長はうなづいた。
「わかれば良い。大所帯ゆえに色々支度もあろう。早々に館に戻るが良い」
信長の言葉に平伏して、秀吉と景虎は城を後にした。
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