母屋につくともうみんな集まって、秀吉がくるのを今か今かと待ち構えていた。
そして秀吉が座につくと宴会が始まる。
つるぎは前回と同じく秀吉の隣に陣取っている。
しかし今回は前回とは少し違った。
周りの男達がこぞってつるぎに酒を酌みにくるのだ。
仲間…というより完全に上に立つ者として認められたらしい。身分ではない。
強さが上下のパラメータな漢の集まりなのだ。
「いや~…初陣とは思えぬ所作、感服いたしました」
口々に褒め称える。
「うむうむ…たいてい初陣の若造は功をあせって前に出すぎて傷を負ったり
、逆に気後れして逃げ腰になったりするものでござるが…」
「ちなみに、オレは後者でした」
と、つるぎの隣に控えた茂助が苦笑する。
「今でも怖いんですよ、実は。でも今回はなんというか…すごい安心感でした。
つるぎさんの指示に従っていれば間違いないって感じで。…つるぎさんて景虎さんに似てるんですよね。場に流されないというか…。
戦闘中何度もそこに景虎さんがいるような錯覚に陥っちゃいましたよ。オレ」
「おお、それはオレもだ」
とみんな口をそろえて言う。
当たり前だ、と杯を傾けつつ心の中でつぶやくつるぎ。
景虎ならこういう時どうするか…それだけをひたすら考えて行動していたのだ。
人の苦労も知らないで…と秀吉を含めて無邪気にはしゃぐ面々を見て思うが、逆にこのむさい大男達が妙に可愛く思えてもくる自分がいる。
自分が守ってやらないと…いつのまにかこの雅さのかけらもない面々に愛着のようなものがフツフツとわいてくる自分に少し驚いた。
こういう気持ちがあの重責に耐える力を与えるのかもしれない。
「仕方あるまい。
景虎がいくら完璧な策を練ったところで、肝心のサルが考えなしに特攻していくのだからたまったもんじゃない。
フォローでもいれてやらないと、流れ矢が当たって大将がくたばったらなんの意味もないだろうが」
あの日の景虎の言葉を口にすると『景虎殿だ~!!』と、一斉に場がわく。
「つるぎにまでトラと同じ事を言われるとは…」
秀吉のお約束のなさけな~い口調に、ワっと笑いが起こった。
宴もたけなわ。夜も更けて、半数以上は酔いつぶれている。
「そろそろ0時まわっちゃいますねぇ…」
相変わらずマメマメしく動き回っている茂助が柱時計に目をやって口を開いた。
「景虎さん達いらっしゃいませんね…お食事、離れに運んだ方が良いんでしょうか」
確かに遅い。
よほど熟睡してるんだろうか…
「様子見に行ってくる」
とつるぎは立ち上がった。ふと隣の秀吉に目をやる。
明日は確か戦勝報告に信長の城を訪ねるはずだが…飲みすぎか。
「サルも来い!少し歩いて酔いをさませ、明日は信長の城に行くんだろう!」
腕をグイっと引っ張って無理やり立たせる。そのまま腕をつかんで母屋を出た。
空には綺麗な月が浮かび、秋も間近な涼しい夜風が気持ち良い。
「秋風に…という風情だな」
少し酒が入って気分よく口ずさむつるぎに、秀吉は不思議そうに聞く。
「なんだ?それは」
「和歌。…知らんのか」
「雅には縁がない。だから大殿がお前を遣わしてくださったんだ」
「ああ、そういえばそうだったな」
秀吉の言葉に今更ながら思い出した。
当初の主旨をすっかり忘れていた。
「まあ…いいんじゃないか?和歌なぞ知らんでも戦するには困らん」
つるぎは途中にある垣根にヒョイっと飛び乗った。
そのまま絶妙のバランスで細い垣根の上を歩き続ける。
「牛若丸のようだな」
秀吉はその様子を見て笑った。
「私が牛若ならサルはさながら弁慶か?」
クルっと器用に身を反転させて、つるぎも子供のような笑顔を見せる。
戦場での厳しいまなざしが嘘のようだ。
身なりこそ若武者のようだが、当たり前に和歌を口にし、ふとした瞬間に優雅な仕草を見せる。剣が強くてまっすぐで…
「悲劇の主人公にはなるなよ…」
純粋すぎるがゆえに利用され、最後は実兄に攻められ命を落とした悲劇の戦の天才にその姿を重ね合わせて秀吉は言う。
「おたがいになぁ」
おやじの感慨をつるぎはアハハと笑い飛ばした。
ゆっくり遊びながら上機嫌のつるぎが景虎の庭の垣根をくぐる。
「お前なぁ…たまには玄関から入れ」
眉をひそめる秀吉に
「え~。面倒くさい」
と、変なところで不精なところを見せるつるぎ。
「まったく…」
しかたなく秀吉もそれに続く。
足取りも軽く縁側に向かうつるぎが、ピタっと足を止めた。
「どうした…?」
と言う秀吉の足もピタっと止まる。そして硬直。
「え~と…見なかったことにしておこうな」
そのまま反転する秀吉の言葉に
「うん。」
と珍しくつるぎも素直に同意して後に続く。
景虎はすでに起きていた。
灯りも燈さず月あかりのみがかすかな光をともす部屋で腰を下ろしている。
問題は…その景虎の腕の中にすっぽりと小さな影が納まっていたわけで…
景虎の腕に支えられたあかりの細い肩がわずかに震えているように見えた。
剣に長けているだけあってつるぎは目が良い。一瞬のうちにそれだけ認識して固まった。
「え~と…景虎も一人身主義…返上?」
二人してこわばった表情でギクシャク歩いている。
ほろ酔い気分が一気に冷めた。
「…だな…」
秀吉もこわばった表情で答える。
「おかえりなさい、どうでした?」
広間で出迎えた茂助が目を丸くする。
「どうしたんですか?お二人とも。すごい形相で…」
「いや…なんでもない…」
硬直したまま答えるつるぎ。
「そうですか?」
不審げに言う茂助。
「で、こちらにいらっしゃれそうですか?景虎さん達」
茂助の問いに二人してブルンブルン勢いよく首を横に振る。
「そうですか、じゃあ、お膳をお持ちしてきます」
きびすを返しかける茂助にあわてるつるぎと秀吉。
「わ~~~!!!茂助!そだ!酌をしてくれ!酌!!」
つるぎがその首ねっこをつかむ。
「そうだ!オレにも頼む!!」
秀吉も言って茂助の腕をつかんで広間に引きずり込む。
「お酌なら他の皆さんに…オレは膳を…」
その手から逃れて広間から出ようとする茂助。
「茂助!まあ飲め!!」
つるぎは手近にあった徳利を茂助の口に押し込んだ。
「ムグ…!!ゲホゲホッ!!」
むせて咳き込む茂助を強引に座らせる。
「な…なにするんですかぁ!!」
涙目の茂助。
「戦勝祝いに飲みなおそう!!」
秀吉も強引に茂助に杯を握らせ、なみなみと酒を注ぐ。
「無理です!お二人のペースで飲んだら死んじゃいます!」
茂助は必死で逃れようとする。
「あっ!助けてください~!景虎さん!!!」
広間の入り口に向かって足掻く茂助。
「景虎?!」
「トラ?!」
同時に叫んで振り向く秀吉とつるぎ。
「一体何をしてるんだ?」
あきれた顔の景虎。
「あかり様~!」
反射的につるぎ達が手を離すと、茂助はここが一番の安全圏とばかりに景虎の横にいるあかりの後ろに隠れる。半泣きの茂助の頭をなでながら、あかりは可愛らしい頬をぷ~っと膨らませた。
「お二人とも、茂助ちゃんに何をしたんですか?」
あかりの援軍に茂助は
「ひどいんですよ~。お二人ともオレに無理に飲ませようとするんですよぉ!あんな無茶なペースで一緒に飲んだら死んじゃいますよぉ」
と泣きつく。
「やれやれ…二人とも酔ってるのか…」
別の意味で赤くなって固まっている二人の顔を見て景虎が言った。
「はい…酔ってます…」
(そういう事にしておこう…)
神妙にコクコクうなづく二人を景虎は不思議そうな目で見る。
「あ、お二人とも今膳をお持ちしようと思ってたんですが…こちらで召し上がります?」
「膳を?…ああ、こちらで取ろう」
茂助に応えてしばらく考え込む景虎。
「なるほど。そういう事か」
と、一人で結論を出したようだ。
あかりを入り口あたり残して秀吉とつるぎの方に少し歩を進める。
「んで、呼びにきたわけだ…」
としごく冷静な口調で言う。
景虎相手に嘘ついても見破られるだろうな…とつるぎは言葉が出ない。
「…誤解といっても信じんだろうし…」
目を見開いて硬直しているつるぎを景虎は見下ろす。
「誤解…なのか?」
「まあ…せっかくお子様がない事ない事妄想してるんだろうから想像に任せておく。
ただあかりが可哀相だから言いふらすなよ」
クスっと笑い、そう軽い口調で言い置いてあかりの方に戻っていった。
(大人だ…)
つるぎはほ~っと肩の力を抜く。
隣で秀吉がやはり息を吐く気配を感じる。
「好んで一人身の余裕だな…大人だ。
サルなら必死に言い訳してそうだもんな」
景虎の後ろ姿と見比べて思わずつぶやくつるぎ。
「どうしようもなくて一人身なおじさんで悪かったね」
横で秀吉がなさけない声で言った。
(今日はやばいところばかり見られてたらしいな…)
口先八寸、詭弁でとりあえず乗り切った天才軍師は内心冷や汗だった。
「どうかなさいましたの?」
何かつるぎ達と話していた景虎をあかりが見上げる。
「いや…なんでもない。」
とこちらにも平然と答え、注いでくれ、と景虎はあかりに杯を差し出した。
誤用?というか混同でしょうか...^^;「眉をしかめる」→「眉をひそめる」が正しいのではないかと思いますのでご確認ください<(_ _)>
返信削除ご指摘ありがとうございます。
削除修正しました😀