俺達に明日はある?第16章_好んで独り身とやむを得ず独り身と

「さ~る~!いるか?!」
あかりの部屋を出てつるぎはまっすぐ秀吉の離れに向かった。

「…何をしている?」
庭先でせっせとホウキを動かす秀吉の姿につるぎはポカンと口をあけた。

「いや…しばらく留守にしておったから…」

「大将自ら庭掃除すんなよ!」
どうにも手際の悪い秀吉からホウキをひったくるつるぎ。
風上の方からちゃっちゃと手際よく落ち葉をはいていく。

「ほぉ~…ずいぶん手際がいいなぁ…」
ただの貴族の子供かと思えば、何をやらせても卒がない。

「考えればわかるだろうがっ!ただぼ~っとホウキ動かしてるだけで綺麗になるかっ!
風下ではいていても、風上からゴミが飛んでくるだろ!」

何事も几帳面な性格らしい。
風下の一角にきちんと落ち葉を集めて捨てる。
さっきからテロテロとホウキをかけても一向に変わらなかった庭があっという間に綺麗になった。

「さる…お前なぁ…」
庭掃除を終えたつるぎはいつのまにか縁側で寛いでる秀吉に目をやり、ピキピキと眉間に縦じわを浮かべる。

「人に庭掃除やらせて自分は何をやってるんだっ!」
「いや…でもつるぎがホウキひったくって…」
口を開きかけてあわててつぐんだ。

つるぎがグイっと秀吉の襟首をつかんで
「臭い!!水浴びて来い!着替えくらいしろよ!!!」
と、ピシっと風呂を指をさす。
これは逆らわないほうが得策か…秀吉はすごすごと風呂場に退散した。

「まったく!」
つるぎは腰に手を当て、秀吉の部屋の襖をが~っと開け放つ。
戦から帰って放りだした甲冑や具足などを拾ってあるべき場所に納めた。
戦に行く前にしまいこんだ布団は庭に干し、脱ぎ散らかされた着物をきちんとたたむ。
部屋はホウキをかけ、ぞうきんでからぶきをした。

「よし!」
すっきりと綺麗に整頓された部屋を見て、つるぎは厳しい顔でうなづいた。


「ほぉ…すごいな。綺麗になっている」
上半身裸で髪を拭き拭きでてくる秀吉に
「着物くらいきちっと着て来い!!」
と着替えを投げる。

「おお、そうだったな」
とソロソロと着替える秀吉。


「全く…!私が下についているからには、いくらサルの寝床とは言え、文字通り野生動物の巣穴にしておくのはごめんだ!部屋くらい綺麗にしておけ!」
ドスン!と座り込んで言うつるぎ。

「そうは言うが男所帯だとなかなかなぁ…」
「自分で無理なら嫁もらえ!嫁を!!」

「あ…それ言っちゃうかなぁ…」
つるぎの言葉にため息をつく秀吉。

「あ、嫁のきてもないのか」
さらにトドメをさすつるぎにはぁ~っと肩を落とした。

「な~んで、そう身も蓋もないこと言うかなぁ…」
なさけな~い声をあげる秀吉をスルーしてつるぎは続ける。

「そういえばこの館嫁いる奴いないよな。みんな一人身なのか?」

思い起こせば…この館にきて3ヶ月ほどになるが、つるぎとあかり以外の女の姿を見たことがない。

「嫁さんいたら、戦以外の時までむさい顔みて暮らそうと思わんでしょ。
嫁持ちは普段は郷里の自宅に住んでて戦の時だけかけつけるの。
今回の戦でもいたっしょ。普段邸内でみかけん顔がいっぱい」

ああ、なるほど。とつるぎは納得する。

「彼女いるやつはいるがなぁ…茂助とか…」

「茂助、いるのか」

確かにむさい館の面々の中にあって、美形ではないものの素朴な人好きのする優しい感じの顔立ちである。

「まあ…たいていは文字通り一人身だが…」
だろうなぁ、とつるぎはうなづく。

「ふ~ん、でも、サルと違って景虎とかは良い男なのにな」
と目の前の秀吉をじ~っと見る。

「トラは…好んで一人身派だから。オレは…聞くな」
「聞かんでもわかる」
と、主を主とも思っていないような容赦のない言葉を浴びせかけるつるぎ。

「お前も男だったら好んで一人身やってそうだな」
秀吉は逆につるぎに話題を振った。

「ん~…でもないな」
つるぎはそれをあっさりと否定する。

「私が男だったらあかりを嫁にするから」
とさらに続けた。

(女が嫁とか言うなよ~…)
と内心思いながら、でも本当につるぎが男なら似合いだろうなぁとも思う。
今でも並んでいると一対の雛人形のようだ。

「あかりちゃんと言えば…一緒じゃなかったのか?」
確か並んで帰っていったような…と思ってきくと、つるぎは即答
「景虎のとこに食事持って行かせた」
「なるほど。そうか…」
納得する秀吉。

初陣から帰ったばかりの身で己の事より景虎の、そして自分の事を気遣っていたのか…
きつい表情、きつい言葉とは裏腹に、つるぎはすごく心根が優しい、と秀吉は思う。
そして…芯がとても強い。

「お前は…本当にトラに似てるな」
しみじみと口にする。

「私はあんなに強くはない…」
秀吉の言葉に伏目がちにつぶやくその表情もどこか景虎を思わせた。
そういえば茂助が二人はやたらと行動性が似ていると言っていた。

つるぎは秀吉の部屋ですっかり寛いで、秀吉自身は持っているだけでほとんど目を通すことのなかった兵法書などを勝手に引っ張り出して読みふけっている。

戦から帰ってまたすぐ戦のための書を読むか…知識への貪欲さも、また景虎に似ているなぁ…と、秀吉はその邪魔をしないようにそっと酒を片手に寝転んだ。


「殿、宴の支度が整いました」

お互いにお互いを気にすることなく、だが同じ空間でそれぞれ好きかってに過しているうち、夕刻になっていたようだ。
茂助の呼ぶ声で秀吉は徳利から、つるぎは書から目を離した。

「あ、つるぎさんもこちらだったんですね~。つるぎさんもいらして下さい。
オレこれから景虎さんに声かけてきます」
忙しそうな茂助に、つるぎは声をかける。

「ああ、いい。私が呼びにいく。あかりもあっちに行ってると思うし」
どうやら茂助もやることが山積みらしい。

「あ、お願いして良いですか~。助かります」
と、ほっとしたように走っていった。


「茂助はいつも忙しそうだな~」
その後ろ姿を見送って言うつるぎに、
「うむ、元々マメな奴だから、言わんでもなんでも自分でやろうとする」
と、隣で秀吉がうなづいた。

大儀そうに起き上がって、直接母屋に向かおうとする秀吉の着物の袖をグイっとつかんで、つるぎは
「ついでだしサルも来い!」
と引っ張っていく。
「やれやれ…」
ため息をつきながらも引っ張っていかれる秀吉。


「景虎~、あかりもいるか?!」

つるぎはつくづく玄関から入るという習慣を持たないらしい。
勝手に庭に入り、西日の差し込む縁側にドカっとあがる。

「あ…」

そこで小さく声を上げて足を止めるつるぎを不審に思って、庭にいた秀吉は歩を進め、縁側の前までくると部屋の中を覗き込んだ。

「どうした?」

という秀吉に、シッ…と人差し指を口にあてて小声で言うあかり。
そこにはちんまりと座ったあかりの膝に頭をのせて熟睡しているらしき景虎の姿が…

「すまん!」
何故か緊張して後ろを向く秀吉。

「大層お疲れの様子ですので、もう少しこのまま休ませて差し上げて下さいませ」
やはり小声でいうあかり。

「わかった。遅れるという事を伝えておく」
つるぎはやはり小声で答えて、庭に出る。

「サル、何をしている!行くぞ!」
つるぎに声をかけられて、硬直していた秀吉はヒョコヒョコその後を追っていった。


「やはりかなり疲労がたまってたんだな…」
夕焼けに染まる邸内を母屋に向かいつつつぶやくつるぎ。

「サル?どうした?」
ふと返事のない秀吉を振り返る。
そこで秀吉はようやく詰めていた息を吐き出した。

「トラが寝ている顔を初めて見た…」
「そうなのか?」
秀吉の言葉につるぎはちょっと興味を持って聞き返す。

「うむ…奴はいつでも起きていて鍛錬なり書を読むなり策を練るなり何かをしている」
「過労死しそうだな…」
とつるぎは自分もそう思われているなどとは思いもせず、あきれた声をあげる。

「しかし…膝枕とはうらやましい…」
つるぎの驚きをよそに、秀吉は別な観点から物を言っている。

「お前がやったらセクハラだな…」
つるぎは一応お約束のツッコミをいれる。

「つ~る~ぎ~ぃ…」
そして秀吉もまた、お約束のように、その鋭いツッコミにいつものなさけな~い声を
あげるのだった。







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