俺達に明日はある?第14章_軍師の休日

行き帰りを含めて5日弱、部屋は毎日きちんと空気を入れ替え、掃除をされていたふしがある。
シン…と静まり返っているのは当たり前の事なのだが、それに妙な違和感を抱く自分がいることを景虎は感じていた。

いつものように甲冑を脱ぎ、剣を置き、水を浴びてさっぱりした所で、洗濯を終え綺麗にたたまれていた着物に袖を通す。

「寒いな…」
一人の部屋で誰に聞かせるともなく、つぶやいた。

恐らく夜には戦勝祝いの宴、翌日には戦勝報告のために信長の城に向かう秀吉に随行せねばならない。
それまでのわずかな自分の時間をどう使うか…

通常は鍛錬か兵法書に目を通すかなのだが、戦で疲れきっている今は、さすがにどちらもする気にはならない。
恐らく徹夜になるであろう宴のために睡眠でもとっておきたいところだが、気が高ぶりすぎていて、眠れそうにない。

仕方ない。
剣の手入れでもするか、と、立ち上がった時、庭先に人影を認めて声をかけた。

「あかり、何をしている?」
「あ、景虎様…」
布巾のかかった盆を手に、あかりが庭の門から入ってくる。

「つるぎはどうした?」
「膳を召し上がった後、秀さんの様子を見てくるとおっしゃって、お出かけになられました。
それで…わたくしには景虎様に何か召し上がる物を持っていくようにと…」

(逆に気を使われたか…)
心の中で苦笑をしながら、庭を進み縁側の前に立ち尽くすあかりから盆を受け取り、部屋に置くと、庭から縁側に上るあかりに手を貸してやる。

腕を持って縁側に引き上げると、ふわっとあかりの香の匂いが鼻をくすぐった。
つかんだ腕を引き寄せ、その香りを確かめるようにそのまま抱き寄せる。

「ああ…京の香りだな」

戻ってきたのだという実感が体の奥底からわきあがってくる。

(まずった…!)
疲労のためか無意識に行動していたが、気づくと腕の中で小さな体が震えている。

「すまん!」
言って慌てて開放したあかりに目をやる。

(…?)

笑っていた。
あかりはうつむいて口に手をあて、身を震わせて笑い転げていたのだ。

「あかり…?」
呆然と聞く景虎に、あかりはまだコロコロ可愛らしい笑い声をあげながら言った。

「だって…また同じ事おっしゃっておいでなんですもの。つるぎ様と」
「またかっ」

景虎は頭に手をやって上をむく。
それを見て、あかりはさらにコロコロ笑い転げた。

そのまま二人で部屋に落ち着くと、あかりが携えてきた五目飯の握り飯をとりあえず胃に納める。
何かしながらでも食べられるように、とわざわざ握ってきたらしい。

「留守中…変わりなかったか?」

気がかりだった事を確認する。

「はい。いつもと同じようにお部屋に伺い、空気を入れ替え、お帰りをお待ちしておりました」
あかりは答えてにっこり微笑む。そのままにこにことそこに控えるあかり。
景虎はそれが気になった。

「今日は…しゃべらぬのだな。何かあったか?」
景虎が聞くと、
「大層お疲れの事と思い…控えた方がよろしいのかと」
と答える。

「いや…何か話してくれ。戦場にあってもずっとお前の話す声が聞きたいと思っていた。
お前の声は何か…気が休まる」

腹が満たされたせいだろうか、聞きなれたあかりの声が流れ始めたせいだろうか…
緊張がだんだんほぐれてきて、頭がぼ~っとする。

「眠い…な。少し疲れた…」
今にも意識が飛びそうだ。

「わたくしは下がった方がよろしゅうございますか?」
あかりの声が遠くに聞こえる。

「いや…そこにいてくれ…たの…む…」
最後はほとんど声になっていなかった。景虎はそのまま意識を失うように眠りに落ちた。


景虎は心地よい眠りの中にいた。
暖かい春風が髪を優しくなでていく。
春の柔らかな日差しの中で干された布団はふんわりと柔らかく、ひだまりと花の香りがした。

起きなければ…と思う。起きろ、と理性の声が命じるが、体がいう事をきかない。
気持ち良い…もう少し…

(…え?!)

パチっと目を開け一瞬状況が掴めない景虎。
頭の下には柔らかい感触。
布団…じゃない!!

ガバっと急に身を起こす景虎に、あかりが、きゃっと小さな声を上げて、髪をなでていた
手をあわてて引っ込めた。

(やっちまったか…)

どうやら寝てしまったらしい。
それも何故かあかりに膝枕をされて…髪をなでる風と思っていたのはどうやらあかりの手で…

「すまん!」
景虎は頭を下げた。

「いいえ。あかりといてそこまでくつろいで下さったのですもの、光栄でございます」
にっこり微笑むあかり。

「いくらなんでもくつろぎすぎだ…」
額に手をやってため息をつく景虎。

「あかりはそのために遣わされたのですから、お気遣いなさいませぬよう…」

「そのために?」
あかりの言葉に顔を上げる景虎。

「はい」

「どういう意味だ?」
不思議そうに聞く景虎の乱れた髪にすっと手を伸ばして整えながら、あかりは言葉を続けた。

「信長様に…景虎様が一息をつける場所を作ってやって欲しいと…」
「大殿が?」
「はい。信長様は景虎様が大層お気に入りのご様子で…根を詰めるお人柄ゆえにこのままではいつか倒れるだろうと…」

景虎は信長の自分に対する理解と意外な気遣いに驚いた。
しかしこの後もっと驚く事実を知ることになるのだが…







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