「おかえりなさいませ」
数日後、無事京都の羽芝邸の門をくぐると、笑顔のあかりの出迎えを受ける。
それぞれに馬を降り、散っていくなか、つるぎはあかりに駆け寄った。
「あかり~!ただいま!」
そのままあかりにぎゅ~っと抱きついた。
頭一つ低いあかりの髪に顔を埋め、芳しい香の香りを思い切り吸い込むと、つるぎはつぶやいた。
「あかりの匂い、ほっとするな~」
しみじみと言うつるぎに真っ赤になるあかり。
「つるぎ様、少しお力をゆるめて下さいませ。苦しゅうございます」
と腕の中でモゴモゴ言う。
「あ、悪い」
つるぎは慌ててあかりを放した。
「ご膳を用意してございますが、召し上がっていただけますか?」
というあかりの言葉につるぎは歓声を上げる。
「食う~!戦に出立して以来、ロクな物食ってないんだ!もう腹ペコ!」
そしてあかりとじゃれるように連れ立って離れに帰っていく。
その様子を秀吉はほっとしたように見ていた。
「帰る場所があるということは良い事だなぁ…」
隣にまだ控えている茂助にしみじみとつぶやく。
つるぎにとって日常と戦場の切り替えスイッチはどうやらあかりらしい。
戦に出て以来、つるぎはあまりに気を詰めていたような気がしていたが、すっかり元に戻っている。
あまりにつらい扱いにこのままでは潰れるかと心配もしたが、そこで息をつける場所があったか、と安堵する。
そういえば景虎もあかり相手に息抜きをしていたような事を言っていたか。
あかりには人一倍緊張を強いられる人種の緊張をほぐす何かがあるのか。
「うちの軍師二人の生命線か…何をおいても守らんとなぁ…」
秀吉は二人の大事な家臣の顔を交互に思い浮かべながら、遠ざかるあかりの後ろ姿を見送った。
「旨い!やっぱりあかりの作る飯は旨いな~」
もう何杯目かの五目飯をすっかり平らげて、つるぎは満足げに腹をさすった。
「お口にあってようございました」
あかりはいつものように微笑んで食後のお茶をつるぎの前に置く。
生きて帰ってきたんだ…実感するつるぎ。
戦が始まってから戻るまで、ずっと緊張しすぎで頭に靄がかかっているようだった。
あかりの姿を見て、あかりの香の匂いをかいで、あかりの作った食事を食べて、ようやく靄がはれて、色々な物が見えてくるようになった。
「戦に実際行ってみてさ…」
あかりは何も聞いてこない。
ただにこやかにその場にいてくれる。
それがとても心休まった。
凄惨な戦の様子をあかりに聞かせる事はやはりためらわれたが、何か気を使わないで良い相手に話をしたかった。
「景虎の大変さが身にしみて分かった」
つるぎの言葉にあかりが少し小首をかしげる。
「なんも考えずに特攻する大将のお守りは本当に気を張るし、大変だった」
つるぎは差しさわりのない部分で伝えようと考え考え言葉を続けた。
「うちの軍は大将があれだから、みんな防御とか何かあった時の備えとか考えてないからさ…その勢いをそがないようにしつつも、暴走させないように、と思うとすごい神経使う。
それをずっと続けてる景虎はすごいと思う。
私は今回1戦だけでボロボロになった」
ボロボロになった、その言葉を言える相手がいるだけで、気が少し休まる。
景虎は…今まで、そして今も一人で抱え込んでいるんだろうか…ふとそんな事を考えて、つるぎははっとした。
「そいえばあかり、景虎の所に行かないで良いのか?」
一応あかりは所属は景虎の下であるはずだ。
つるぎの言葉にあかりは軽く首を横に振ってにっこりした。
「景虎様は戦から帰っていらした日は自分は色々事後処理もあるので、恐らく疲れて戻って来られるであろうつるぎ様のお世話をするように、と、戦に向かわれる前日に…」
言われてつるぎは下を向いた。
「つるぎ様?」
そういえば戦が終わった後も景虎には一方的に気を使わせるばかりだった。
一番大変で一番疲れているはずなのに…胃痛で眠れないくらい気を張っているのに出発前日からあかりに対してだけじゃなく、自分の事も気にかけてたのか…
なのに自分は景虎に並ぶどころか、今の今まで自分の事で手一杯で、他の者の事など気にかける余裕すら持っていなかった。
「あかり!」
「はい?」
気遣わしげにつるぎの顔を覗き込むあかりに、つるぎは言った。
「今からすぐ景虎のところに行け。忙しくても飯取る時間くらい作れるだろうし…何か言ってきたら、私のせいにしていい。
どうせ飯も取らずにいるんだろうから、もって行けって私が言ったって言っておけ」
少し悩むあかりを見て、つるぎは
「私もちょっとサルの様子見てくる。一応あれの直属の配下扱いになってるしな」
と続けて立ち上がった。
0 件のコメント :
コメントを投稿