俺達に明日はある?第12章3節_つるぎ初陣-決戦当日

普段ダラダラと朝の遅い面々も、この日ばかりは早朝から鎧兜をきちんと着込んでいる。
普段屋敷に常駐していない兵士達もいて、見慣れない顔も多い。
つるぎは身支度を終えると大勢の兵に埋もれながら大将である秀吉を探す。

(どこだ~…)
他より背の低いつるぎにとってそれはなかなか困難な作業だった。

「あっちだ…」
人ごみをかきわけていると、後ろからガシっと頭をつかまれ、左方向を向かされる。

向いた先にはひときわ目立つ大将の兜が見え隠れしていた。

とりあえずそれはひとまず置いておいて、後ろをふりむいたつるぎの前にはすでに出陣の準備を終え、馬の手綱を手にした景虎の姿が。

赤地に金をところどころ施した派手な甲冑を着込んだ秀吉とは対照的に、全身黒で
飾りも一切ないシンプルな甲冑。
半ば伝説になりつつある武将にしては地味だな、と素直な感想を持つつるぎ。

以心伝心というのか、考えていることがなんとなく伝わったらしい。

「まあ…本来裏方だからな。黒子というか…」
景虎は肩をすくめる。そして

「約束は守れよ、つるぎ。秀さんのお守りは任せた」
と、にやっと笑って、つるぎの肩をバスッ!っと軽く叩いた。

「景虎様、別働部隊、出陣準備整いました」
景虎直属の部隊の人間が呼びに来る。

「うむ。すぐ行く」
景虎は返事をして、本人の甲冑と同じ、真っ黒な馬に飛び乗った。

「つるぎ、お前の剣は敵を倒すためにではなく、大将に向かう刃を払うために
振るう剣だという事を肝に銘じて臨めよ」
馬上から最後の指示を出す。

「了解した」
つるぎは遠ざかる馬上の景虎に叫んだ。

馬上から軽く手をふり、景虎が消えていく。
つるぎはそれを見送って、秀吉の元に急いだ。


「おお、つるぎ、来たか」
本陣でどっかり腰を下ろした秀吉がつるぎを迎えた。
隣にはやはり鎧に身を包んだ茂助が控えている。

「いよいよ初陣ですね、つるぎさん」
茂助はいつもの人懐こい笑顔で声をかけてくる。

「敵には相手が初陣だろうとそうでなかろうと関係ない。
手加減もしてくれんだろうから何か注意する点があったら教えてくれ、茂助」
つるぎは冷静な口調で言い、自分からも茂助にいくつか質問をする。

昨日までの気負いがなくなった。
そんなつるぎを見て秀吉は思った。

初陣とは思えぬほど落ち着いている。

昨日までのつるぎを思い
「張り切りすぎて前に出過ぎるなよ」
と注意しようと思っていたが、要らぬ心配だったと控える。

秀吉を周りで護衛する予定の面々に立ち位置などを指示する姿は、どこか景虎を彷彿させすらする。
秀吉だけでなく、周りもそれを感じているのだろう。
自分達より経験が少ないどころか初陣のはずの若者の言葉に神妙に聞き入っていた。

打ち合わせが終わって、つるぎは最後に秀吉の前に立った。

「止めてもどうせ聞かないんだろうから、私がフォローしてやる。思い切り暴れろ。
ただし…」
言葉を切ったつるぎを秀吉は見上げた。

「撤退の指示を出したら、絶対に従え。
それを無視されると、お前より護衛の私が命を落とす事になるからな」

(景虎…?)
確かにつるぎなのだが…景虎の姿がそこに重なる。
秀吉は慌てて目をこすった。

「何を呆けてる、しっかり目を覚ませよ。そろそろ行くぞ」
くるりと背を向けて歩きだしたまま声をかけてくるつるぎに
「うむ」
とあわてて立ち上がり、その後を追う秀吉だった。



(冷静に…余計な事を考えずに、気を強く持て)

いよいよ初めて敵と剣を交える瞬間がきた。
敵軍が砂煙を上げて突進してくる。こちらも秀吉の号令が響き渡る。

つるぎは一瞬軽く目をつむって、昨日の景虎の指示を思い起こした。
そして次の瞬間目を見開いて、眼前の敵に目をやる。


(お前の剣は敵を倒すためのものではない)
頭の中で景虎の言葉が響く。

(わかっている…景虎)
つるぎは心の中で答えて、一歩退き、秀吉の右後方に陣取る。

秀吉の武器の槍は射程は長いがその分懐に入り込まれると隙ができる。
切り込みたい衝動を抑え、つるぎはじっと戦況を見守った。

(来た!)
槍が秀吉の右腹をかすめかけるのをつるぎは剣でなぎ払った。

「茂助っ!」
右前方の茂助に声をかける。

「了解です!」
つるぎに槍をなぎ払われて隙のできた敵を、茂助が切り伏せる。


相手が槍の場合は、つるぎの剣は届かない。
それは前方にいる護衛に任せる。事前に打ち合わせしたとおりだ。

そして…やがて剣がやはり秀吉をとらえかける。

キン!とそれをなぎ払い、返す刀で敵を切り伏せた。
初めて人を切るなんともいえない感触。

(冷静に…気を強く持て!不安を表に出すな!)
ともすれば動揺しそうな自分を叱咤し、即体勢を立て直す。


「つるぎ…平気か?」
初めて人を切るつるぎを気遣って振り返る秀吉に、内心の動揺を押し隠した低い声で
「何をしている。気を抜くな。言っただろう、フォローはしてやる。
後ろは気にせず前を見ていろ」
と、景虎ならこう言うだろう、と思う言葉を口にする。

ほぉ…という感嘆の声が護衛の者達からもあがった。

「そうだったな!じゃあ、暴れるとするか!」
秀吉の雄たけびに味方が一斉に勢いづいた。

だんだん感覚が麻痺してくる。
ともすれば手放しそうになる意識を必死に保ちながら、つるぎはひたすら秀吉の周りのみを凝視して、剣をふるう。

そして…気づけば戦は終わっていた。

景虎率いる別働隊が敵の大将の首を討ち取って帰ってきたらしい。
対峙していた敵はクモの子を散らすように撤退していった。
戦勝を祝う雄たけびが遠くに聞こえる。


「つるぎ?大丈夫か?!」
ぼ~っとするつるぎをまず見つけて、秀吉が心配そうに声をかけてくる。

(こんな時景虎なら…)
戦闘中何度も密かに繰り返したその言葉をつるぎはまた心の中で繰り返す。

「眠い…」

立ってるのも限界だった。
晴れ晴れしい気持ちなどわいてこない。

人を切る嫌な感触、大将の護衛という仕事からくる極度の緊張、周りの期待から来る重責。
ともすれば心がくじけそうになる。

しかしここで戦闘で気弱になって倒れそうだなんてところを見せるわけには行かない。
倒れそうになる理由…何かつけないと、と出た言葉がこれなわけで…

「だろうな」
と、救いの手は上から降ってきた。

「トラ~!」
「景虎さん!」
周りの嬉しそうな声。

景虎は周りに集まる面々を制して、つるぎの腕をグイっと引っ張る。

「こいつ借りてくぞ」
と秀吉にいいつつ、つるぎに
「くたばる前に報告が先だろうが」
とことさら厳しい声をかける。

「トラ?」
秀吉が首をかしげるのに、景虎が言う。

「昨日徹夜で軍師のあり方の高説と説教くれておいたからな。
このオレ自らわざわざ教育してやったんだ。結果報告は当然だろうが」

「トラ~~」
秀吉が唖然とする。

「お前、あれだけ言っただけじゃ足りなくてまだ説教なんてしてたのか?!
しかも初陣前夜に徹夜で…可哀相に。せめてもう休ませてやれよ~~」
真剣に同情する秀吉に景虎は
「一日や二日寝ないくらいで死にやせん。そんな根性なしなら要らん」
とにべもない。

「こんな所でうだうだ言ってるより、さっさと報告すませた方が早く休めるだろ」
と、ずるずるつるぎを引きずっていく景虎。


「おに~~~!!」

後ろから秀吉の叫び声が響くが気にせず、景虎はそのまま人気のないあたりまでつるぎを引きずっていって腕を放した。
そのままへなへな膝から崩れ落ちるつるぎ。

「よくやった。よく頑張った」
とたんに厳しい表情を一転させて景虎がつるぎの頭をなでる。

「ウ…」
緊張が一気に解けてつるぎの目からポロポロ涙がこぼれおちた。

「わ…私はちゃんと景虎に言われた事をこなせたか?」
子供のようにしゃくりをあげながら言うつるぎの横にどっかり腰を下ろしながら景虎は言った。

「本隊のやつらは、つるぎはまるでオレのようだったと言ってたぞ。
秀さんも傷一つないしな。
しょっぱなからここまでやるとは思ってもみなかった。
それに…最後までよく弱みを見せずに我慢した」

景虎の言葉につるぎはさらに激しく泣き出した。

「まあ…この後はオレが誤魔化してやるから、ゆっくり休め」
景虎がポンポンと背中をたたく。

その言葉に一気に緊張がとけ、つるぎはコトンと気を失った。


「お前には…つらい道を選ばせることになるな…」

すでに意識のないつるぎに景虎はつぶやく。
しかしこの先、日の国統一まで自分が生きている保証は無いのだ。
自分の死後自分の代わりになれる資質のあるもの…それがたとえまだ幼さの残る子供だったとしても羽芝軍の軍師としては心を鬼にしても鍛えなければならない。


「とら~?」
景虎が深く息をついた時、ガサっと前方の草むらがゆれた。
そして徳利を手にした秀吉が顔を覗かせる。

「ハァ~、またきつい事言ってたのか…?」
コロンと転がっているつるぎの顔に涙の後をみつけて、秀吉は景虎に批難の目をむけた。

「ん~…でも説教の途中で寝やがった」
景虎はうそぶく。

「お前なぁ…相手はまだ16やそこらの子供だぞ。手加減てものを知らんのか」
半分あきれ、半分怒ったような顔で秀吉は景虎に言う。

「時間がない。もう戦は始まっている」
秀吉の言葉に景虎は応え、さらに床に転がるつるぎに目を落とした。
「短期間で使いものにしないと、本人もやばいだろ」
と続ける。

「あのな…もう充分すぎるほど使い物になってると思うぞ?」
秀吉はさきほどの戦を思い起こした。

「トラ、まるでお前が後ろにいるみたいだった…」

フォローをいれてやるつもりで戦場にでたものの…いつのまにかそこにいるのが
初陣の子供だということを忘れていた。

冷静な目が後ろから自分を守っている。
防御を考えずに思い切り槍を振るっても敵の攻撃は絶対に自分を傷つける前に阻止される。
そんな確信めいたものが、わいてくる頼もしい影だった。

時に周りの護衛に飛ぶ的確な指示も、今この場にいないはずの旧友がこの場にいるような錯覚を起こさせた。
最初に敵を切る気配がした時、一瞬つるぎが初陣である事を思い出して気をかけたら、逆に叱責をされた事も脳裏をかすめる。

それからは相手がつるぎだということもすっかり忘れてた。
それは自分だけではない。周りの兵士もみな、その指示に従えば間違いないという確かな安心感のせいか、動きが格段によくなった。

その話をしても景虎はあっさり
「オレ程度で満足してもらっては困る」
と、返した。

しかしまったく変わらないその表情の下では、誰も気づかないその時のつるぎが感じてたであろう重圧を思って、心を痛める景虎がいる。

弱みを絶対に見せるな、と言ったのは自分だ。

秀吉は良くも悪くも顔にでる。
優勢の時は良い。
だが、劣勢の時は大将がそれを顔に出せば兵に不安が生じて動きが悪くなる。

誰かが兵の不安を取り除かなければ、最悪軍が崩れる。

たった16くらいの子供にその役をやれとは、酷な事を言っているのは常にその役をやり続けていた自分が誰よりも承知している。


(すまん…)
景虎は密かに心の中でつるぎに詫びた。

しかし…表面上はただのスパルタ師匠を演じる事が、せめてものつるぎの重圧の
軽減になる事も、もちろんわきまえている。

「自分で望んで戦に来てるんだ、これが最低ラインだな。
だが一日でへばるようじゃ、まだまだだ。
戻ったらとりあえず基礎体力作りだ」

「いや…初陣前夜に徹夜で説教なんて普通途中で死ぬし…」
景虎の言葉に冷や汗まじりの秀吉。

「できない奴ならやらせない。やる気のない奴にもな」
やる気のあるできる奴だからやらせるんだ、という景虎に秀吉は少しためらった後に口を開いた。

「トラ…お前もつるぎも急ぎすぎだ。遊びの部分も持たんと早死にするぞ?
お前らを見てると今にも過労死しそうで怖い」
どこかで聞いたせりふのような…景虎は軽く笑った。

「せんだって…同じ台詞を吐くあかりに京見物に連れて行かれたな」

離れてそうたっていないのに、随分あかりの顔を見ていない気がする。
景虎が京にいた頃は毎日部屋を訪れてあれこれ世話を焼いていたが今頃は何をしているのだろうか。
あの小鳥のさえずりのような声を無性に聞きたい気がした。

一瞬京に思いを馳せる景虎をじ~っと観察する秀吉。

「お前…嫁でももらった方がいい。少し尻にひいてもらえ」
「何を突然?」
「いや、なんとなく…な」

なんとなく…な気持ちを説明するのは難しい。めんどうだ。

「まあいいから、飲め!」
秀吉はグイっと徳利を景虎に押し付けた。

「なんだ、変な奴だな」
景虎は受け取って、一口口に含む。
そして遠くで秀吉を捜す声に気づいて、あごをしゃくった。

「捜してるぞ、そろそろ出発らしい。先に行け」
「つるぎは?」
秀吉は行きかけて、ふと気づいて立ち止まる。

「まあ…ぎりぎり及第点だから、一杯飲ませてやってから出発させる」
「ぎりぎり…なのか?」
「ああ。ぎりぎりだ」

(まあ…今日はあとは帰るだけだしな)
少し気にはなったものの大将があまり座を外すわけにも行かない。
秀吉は後ろを気にしつつ戻っていった。

「さて、と。おい、つるぎ、そろそろ出立だ」
起こすのは可哀相だが、さりとて抱えていくわけにもいかない。
景虎が声をかけると、つるぎはむくっと起き上がった。
しばらくぼ~っとしている。

「寝てたか?」
まだぼ~っとした様子のつるぎに景虎は
「寝てた」
と応えると
「ほら、飲め」
と徳利をつるぎに渡す。
つるぎはグビっと水でも飲むようにそれを一気に飲み干すと、グイっと袖で口を拭いた。

「すっきりした!もう大丈夫だ」
と言ってスクッと立ち上がる。

「行くか…」
景虎も重い腰をあげると、
「京に着くまではサルのお守りしないと!」
と、つるぎは先に駆け出していく。

タフな奴だ…景虎は半ばあきれ、半ば感心した。

一行は一路京へ…
こうしてつるぎの初陣は無事終わりを迎えた。

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2 件のコメント :

  1. 恐らく誤変換だと思います。「即体制を立て直す」→「即体勢を...」
    「一向は一路京へ」→「一行は...」ご確認ください。(*- -)(*_ _)ペコリ

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    1. ご指摘ありがとうございます。
      修正しました😄

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