人魚島殺人事件_45_泣くバカ者に怒る被害者

一方で強引にダイニングから一階にある別室に連れ出された善逸はまだボロボロに泣いている。

それに宇髄は呆れた顔をしながらも、笑って室内にあるミニ冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをぴたりとその頬に押し付けた。

──ひゃっ!!
とその冷たさにびっくりして悲鳴を上げて泣き止む善逸。
その上に今度はひらひらと白いハンカチが落ちてきて、慌てて両手でそれを受け止める。

──お前なぁ…
と、それを確認すると宇髄ははぁぁ~とため息をついた。

──なんで他人事でそこまで感情移入して泣けるんだよ
と思わず聞く宇髄に、善逸は
──自分の時は怖くて泣けなかったから…
とまだしゃくりをあげながらハンカチで目元を押さえる。

──自分の…時?
とそれにさらりと音がしそうなくらい綺麗な髪を揺らして首をかしげる宇髄に、善逸は頷いた。

「…俺さ…なんていうか…人に好かれないのね。
爺ちゃん以外に親切にされる時ってたいてい裏があってさ。
それでも優しくされたりすると信じたくなっちゃうわけ。
錆兎達と出会ったネットゲーを始めたきっかけもさ、当時好きだった女の子をデートに誘おうとなけなしのお金でその子が行きたがっていたテーマパークのチケット買ったら他と行くからチケットありがとね~とか言われちゃって…。
こんなんならその金で爺ちゃんに美味いもんでも食わしてやった方が良かったのかもとか少し後悔しちゃって。
そのゲームってクエストクリアするだけで賞金出るし、金稼ごうかなっていう理由でさ。
うん、もしかしたら彼女は俺を騙そうとか思ってたわけじゃなくて、俺が勝手に期待して勝手にがっかりしたのかもしれないけど…」

「いや、普通チケット二枚出されたら相手と行くか断るかどっちかだわ。
そこで2枚とも強奪されたのに勝手に勘違いしてたかもって思うお前がおかしいわ」
と、思わず突っ込みを入れる宇髄。

ついさっきあまりに衝撃的な出来事があったのだが、善逸の独白がわけがわからなさ過ぎてなんだか気を取られてしまって落ち込む気も起きなくなっている。

こいつある意味すげえな。
としみじみと思う。

そして気になり過ぎて
「んで?」
と促してみると、善逸は続けた。

「うん…やっぱり一般的にはそうなんだと思わなくはないんだ…」
「思わなくはないじゃなくて、思えよっ」

なんだか善逸の独特な空気に引き込まれてついついまた突っ込みを入れてしまう。

それに対して
「うん…。でもさ、俺の人生っていつもそんなだったからさ…」
と、善逸は少し困ったように眉尻を下げた。

あ~、なんなんだ!イライラするっ!!
怒れよっ!キレていいだろ、それっ!!

と、あるいはなかなか衝撃的だった数少ない友人の裏切りからの現実逃避なのか素なのかよくわからないが、宇髄の関心は今、松坂綾太郎よりも目の前の気弱を絵に描いたような一般高校生に向けられていた。

そう言えば…思い返してみれば今回のこのイベントに関しても、自分に話を振ってきたのは確かに善逸だが、彼には何のメリットもない。

友人の炭治郎の縁で知り合った炭治郎の妹の禰豆子の意地の張り合いに当たり前に巻き込まれて、そういえば自分達と違って普通に受験勉強もあるであろう貴重な高3の夏休みを潰してここにいるんだった。

宇髄は親しい人間に手を差し伸べることに関しては別にやぶさかではないと思う人間だが、それは自分が余裕があるからであって、自分の身を削ってまで何かをするつもりはない。

というか、普通はないだろう。

いつも騙され裏切られ踏みつけにされてなお、自己犠牲を払ってこうして他人に手を差し伸べ続けるなんて、本当に馬鹿なんじゃないだろうか。

そんなことを思いながら、宇髄は、はああぁあ~~~と大きく息を吐き出した。

「あのなぁ…それで?何か困ってんのか?
ここでも誰かに何か騙されたか?
しかたねえからこの天元様が助けてやるから言ってみろ」

てっきりそんな話なのかと思えば、善逸は慌てたように首を横に振る。

「そうじゃなくてっ!!」
「ああ??」
「えっと…俺ね、つまり慣れっこなわけね、そういうの。
だからいちいち落ち込んで見せたりしないし、またか~って笑えるようになってるんだけど…」
「笑うなっ!怒れっ!!」

もういちいちイライラする。
善逸にマイナスの感情を感じているわけではないので、おそらくこの苛立ちは自分の周りがそうやって理不尽な目にあっていることに対してなのだろう。

ガシガシと頭を掻きながら言う宇髄に、善逸は少し俯き加減に笑った。

「へへ。やっぱり宇髄さん優しいよね…。
えっとね、でも本当に違って……俺さ、笑えるんだけど痛くないわけじゃなかったのね。
諦められるし消化は出来るんだけど、心が痛くないわけじゃないんだよ、毎回。
でさ、もう慣れっこの俺の、そんな大したことのないことでも心が痛むのに、宇髄さんみたいにさ、そんな扱いされることなさそうな人が命狙われるとかそんなすごいレベルのこと起きて、すごく心が痛いだろうなって…。
悲しくてなんだかそれ考えると俺も心がズキズキしてきちゃって…」

「あ~~~!!そっちかよっ!!!」

なんだか拍子抜けした。
それと同時に思った。

善逸は自分の事ならもう騙されても踏みつけられても笑って流せるのに、宇髄のことでは号泣するのだ。

もう本当に馬鹿だ。
馬鹿すぎるだろう!

おかげで宇髄は落ち込むことすらできない。
これで宇髄が落ち込んで見せたら泣きすぎて過呼吸でも起こして倒れるんじゃないだろうか…

「あ~…腹は立ってる。
俺はお前ほど優しくできてはねえから奴に次会えばマジギレすると思うけどなっ。
俺にはあいにく…嫌でも真っ正直におせっかいを焼いてくる会長様や、自分のことは流すくせに他人事になると号泣するような馬鹿なお人よし野郎が居るからなっ。
まあ去る者は追うつもりはねえし、ブチ切れるだけだ」

そういって宇髄は
「とりあえず気分治しに東京戻ったらまた肉食いに行くぞっ、肉っ!!」
と泣く善逸の頭をガシガシと乱暴に撫でまわした。









0 件のコメント :

コメントを投稿