「ごめんなさい、私、冨岡さんに対してひどいこと思ってた…」
水野が言うと、義勇は大きな目をきょとんと見開く。
そこで水野は少し迷って、それでもそれまで思っていた事を打ち明ける。
「つまり…たんなる焼きもちなの。
鱗滝君の事だけじゃなくて…何もかも持ってる冨岡さんが、鱗滝君君に優しくされてたから…。
何も相手が鱗滝君じゃなくても、それだけ色々持っているなら誰が相手でも大切にされるだろうし、それなら小手川君とか別の男性とくっついてくれればいいのに…って思っちゃって」
と締めくくった。
「何もかも持っている…傍から見るとそう見えるんだ…」
まるで他人事のように心底感心して言う義勇。
「実は私…錆兎と出会うまで恋人や友達はおろか家族すらいなかったんです」
少し昔を懐かしみつつ苦笑する義勇に水野は目を丸くする。
「小学生の時、姉が私をかばって亡くなって、それ以来両親は私の顔を見たくなくてあまり自宅に帰ってこなくなりました。
それで私が義務教育を終えて高校生になった時に海外勤務に出て私だけ日本に残されて、そんな時にまた別のトラブルに巻き込まれて、その時助けてくれたのが錆兎だったんです。
姉が亡くなってからいつ死んでもいいやって思ってたんですけど、その時に錆兎が助けてくれたから…ああ、私も生きてていいんだなって思えて…」
その、自分よりはるかに不幸だった一見幸せそうに思えた彼女の事情に水野の心は癒された。
性格が悪いと言われればそれまでなのだが、この世で不幸なのは自分だけじゃない、そう知るとホッとする。
まあ…その後はあの完璧な彼に守られて幸せなのだろうが、元々全て欠けることなく持っている人間がそのまま当たり前に幸せになるよりも、元は不幸だった少女が幸せになる方が受け入れられるし好ましい。
こうして彼女の過去を知ってしまえば元々恐怖で霧散してしまった敵対心など欠片もなくなってしまった。
むしろ伏し目がちに語るその横顔が儚くて綺麗だななどと思える。
ああ…守ってあげたくなる人ってこういう人の事を言うんだ…
水野はいつもの悲しい気分ではなく穏やか気分でそう思った。
そんな風に久々に落ち着いた気持ちで思っていると、横から
「結局…水野さんは冨岡さんに謝りたかったってことで良いのかな?」
と綾瀬が問いかけてきて水野はハッとした。
そうだ、謝罪はある意味手段で目的は別だった。
「そうっ!それなんだけど……」
と、水野は顔を上げて身を乗り出す。
そして元々水野が持っていた気持ちと言うのは敵意と言うにも足りないくらいの完璧に幸せに思える相手へのやきもち程度で、それも炭治郎に指摘された時点で驚きと焦りが勝って霧散してしまうほどのものだったのだが、炭治郎が水野の気持ちを口にした瞬間、自分の方がもっとキツイ殺意のようなものを向けられた気がしたのだということを伝える。
「実は…殺意かどうかわからないけど、成田君にはなんだか何も接触してないのにすごく嫌われてるみたいで、すごい目で睨まれていたから、彼からなのかな…と…」
と付け足すと
「そうなの?
彼は良くも悪くも感情的な人間じゃないように感じてたんだけど…」
とそれに綾瀬がきょとんと首をかしげた。
義勇はと言うと、そもそもが錆兎以外に興味がない上に人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、どの人が成田なのかもわからない。
「それで…一人でいるのが怖くって…。
言葉には出してないから揉めるというほどのことも起こってはないと思ってるんだけど、義勇ちゃんと和解しましたって伝われば大丈夫なのかなって…」
と言う水野に自分も人づきあいが得意ではないので相手に敵意を向けられたら成すすべのない義勇は大いに同情した。
「私は…実害ないし…。
でも人づきあいがすごく下手だから二人きりじゃなく綾瀬さんが一緒に居てくれるなら3人でいる分には構いませんけど…」
と、それでもそこはコミュ障な自分の性質は如何ともしがたく綾瀬にじ~っと視線を送る。
こうして水野と義勇、二人の縋るような視線を向けられて、綾瀬はニコリと笑みを浮かべて
「うん。私は別に良いけど。
とりあえず成田君の事は遥ちゃんにもそれとなく聞いてみるね?」
と請け負ってくれた。
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