人魚島殺人事件_31_敵意と動揺

「恋人っていうより親子みたいだよね。」
食事が終わって錆兎にデザートを口に運ばれている義勇に水野がクスリと笑う。

「あ~、なんていうか、そうだね、保護者と被保護者って感じだよね」
と、それを受けて笑う綾瀬。

そんな会話が交わされた時、それまで黙っていた炭治郎が唐突に…本当に唐突に口を開いた。

「水野さん、義勇さんは本当に良い人ですよ?」

いきなりのその発言に、宇髄と善逸がほぼ同時に口に含んでいたコーヒーを吹き出してむせる。

炭治郎は別に怒っているでもなくからかってるでもない、まるで子どものような無邪気さを感じるような声音で言うので皆困ってしまって反応をできずにいた。

「え?あ、あの…別に…」
焦る水野。
周り中の人間がポカ~ンとしている。

「今の発言で嫌な奴だと思っているってとるのって謎な発想だと思うけど?」
そこで淡路がようやく口をはさむと、炭治郎は
「そうじゃなくて…」
と首を横に振った。

「言葉じゃなくて嫌ってる雰囲気が…えーっと、つまり…たとえば淡路さんも俺達の事を好きじゃないと思うんですけど、それよりもっと強い敵意みたいなものを感じるんです。
生理的にとか言うのを超えたかんじの。
でも俺はとにかくとして義勇さんは良い人だからわかって欲しいなと…」

「これほどまでに空気読まない男もすごいな。」
宇髄が感心してつぶやく。
「う~ん。それこそ炭治郎自身の言葉じゃないけど、炭治郎もいい奴なんだけどね…」
と、それに善逸が答えた。


「お前ホントにそんなとんでもない事考えてるのかっ!最低だなっ!!」
シンとする中古手川が非難に声を荒げ、水野が真っ青になって震えるが、それにも炭治郎は
「でも…誰しも好き嫌いってあると思いますよ。
古手川さんだって俺の事嫌いみたいですし」
と他人事のような口調で返す。
それに言葉を詰まらせる古手川。

そんな炭治郎の空気を読むどころかぐっしゃぐっしゃにかき混ぜて読める人間にも読めない状態にするような発言に善逸は小さく首を横に振った。


「すごいな、炭治郎。
もしかしてここにいる全員のそれぞれの感情の流れわかってたりすんのか?」
と、そこで宇髄が場の空気を変えようと思ったらしく、冗談めかして口を開いた。

「ありえないけど、そんなんだったらめっちゃ便利よねっ」
綾瀬もノホホン組らしい。宇髄の言葉に少しはしゃぐ。


少なくとも…綾瀬は誰に対してもことさら隠さなければならないような感情を持っていないらしい…と、錆兎は再認識した。
逆に今青くなって考え込んでいる面々は要チェックということだ。

その時…錆兎が会話に気を取られて手を止めたため自分で食べようとした義勇がチョコケーキを高級そうなワンピースのひざ元にポロリした。

うああ~~!!
と慌てる錆兎。

「すまんっ!宇髄っ!!」
と慌ててナプキンで零れたチョコケーキをふき取って、しかし染みになっているワンピースに青ざめる錆兎。

それに宇髄は
「ああ、服はかまわねえから。
それより着替えて来いよ。
気持ち悪いだろ」
と、手をヒラヒラさせながら笑って見せる。

「ああ、そうさせてもらう。じゃあ俺達はこれで」
と、ぼ~っとしている義勇の代わりに錆兎が言って二人で部屋に戻っていく。


急に慌ただしくなる室内。
「俺も何か雑用あるようなら猫の手になってきますね」
と炭治郎も立ち上がって禰豆子と共に錆兎達を追った。

そんな4人を見送って
「俺はここで明日以降のスケジュールの相談しとくわ」
と宇髄はつとめて冷静にそう言ってまた椅子に座り直す。

そして
「成田さんもできればこのままで。
メイドが飯温め直してるから」
宇髄はそう成田に声をかけた。
何にかわからないが…なんとなく成田が酷く苛立っている気がする、と感じたからだ。

そういう人間を一人でフラフラさせておくと面倒な事が起こる確率が高い、と宇髄は思う。
成田は一瞬不満げな顔をしたが、渋々宇髄の指示に従った。



そして…水野は動揺していた。

もし自分に思っただけで相手を傷つける能力があったとしても、今回の事は確実に自分ではないと思う。
錆兎が心惹かれる人間がみんないなくなれば…と漠然と思いはしたが、それも体調を崩してとかそういう系ではなく、他とくっついてくれればと思っただけだ。。
それもさきほど投げかけられた炭治郎の言葉に動揺しすぎて、それまで色々な相手に持っていたはずの敵意などふっとんでしまった。

ただ自分の敵意を知られたのがひたすら怖かった。

なのに…自分が相手に敵意を持っていると指摘されたすぐ後にこんな自体になって、あの皆に愛されている少女が動揺してケーキを落としてしまったなどと思われでもしたらと思うと、ひどく恐ろしい。
世界中を敵に回してしまった感じだ。
震えが止まらない。

この状況で自分を救えるのはまぎれもなく当の少女だけだ…。
水野は救いを求めてフラフラと立ち上がった。








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