人魚島殺人事件_29_ディナータイム1

「義勇、確かに野菜も良いけどちゃんと他にも身になるもの食え」
「だって…」
ひたすらサラダに手をつける義勇にため息の錆兎。

「別に何から食べてもいいんじゃない?」
と言う綾瀬に、錆兎は

「ああ、食べる順番だけならいいんですけど、義勇は食べる量が少ないんです。
で、野菜から食べるとそれで満足して終わるのが日常なんで」
と、苦笑した。

そんなやり取りをしながらも、錆兎は不器用に零す義勇の口に自分のフォークでポンポン食べ物を放り込む。
そして…そうやって口に放り込まれた義勇はもう自分で手を動かすのを放棄して、ただ咀嚼して飲み込み始めた。


その2人の行動を凝視する一同…。
それに宇髄がフォローをいれた。

「会長様は長期休みは自宅で義勇と暮らしてるしな。
もう家族みたいなもんでお互い距離感0だから」

「なるほどね…。もうゴールイン間近って感じ?」

「そそ。一応保護者公認で、義勇は会長様の要望で会長様と暮らすために高校転校してるからな。
会長様も相手の人生を完全に変える提案するからには丸ごと抱える覚悟はしてる」

「マジッ?!」
宇髄の会話に高井が乗ってくる。

「人生決めるのめっちゃ早くね?」

「良いものっていうのは結局早い者勝ちです。
自分と状況を客観視して最良の選択をできる自信があるなら、良いと思ったら即確保というのは正しい選択だと思っていますよ、俺は」
と、錆兎は照れることも否定することもせず、それを思いっきり肯定した。


「その判断の根拠はなんだったの?
…直感?」
普段は自分から話に入ってこない水野の唐突な質問に錆兎は視線だけチラリと水野に向ける。

「そうですね」
「…鱗滝君…あまり衝動的に色々を決めるように見えないよね…。
そうやって決めたことで、冷静に考えたらちょっと違ったかなって言うことはないの?」

これが綾瀬あたりからの質問なら他意はないのだろうが、相手が水野だけに色々聞いていた善逸は青ざめ、宇髄が間に入ろうかと口を開きかけた。

が、それを制して錆兎は笑顔で何事もないかのように答える。

「宇髄とかはそのあたりすごく勘が良くてアバウトに決めてもあまり間違っていたとかいうことはないんですが、水野さんがおっしゃる通り俺はあまり勘が働くほうじゃないですね、確かに。
たいていのことは直感を感じても吟味してみないと踏み出せない性格だと思います。
でも義勇の時はなんというか…絶対に間違いない、運命の相手だっていう確信を持ててしまったんですよね。俺にしては珍しく」

まあここまでで終わるだろう…と宇髄も善逸も思ったのだが、普段控えめな水野にしては本当に珍しくあと一歩踏み込んできた。

「…きっかけはなんだったの?
出会いとか、この人だって思った……」

一応性別とか諸々を隠している状況なので、錆兎本人よりも善逸や宇髄の方が『うわ…それ聞いちゃう?』と焦ってしまう。

だが錆兎はやっぱり冷静だ。

困ったように眉尻を下げて微笑むと
「プライベートすぎる質問だと思いません?」
と質問には答えず、逆に水野に問いかける。

その言葉に水野は踏み込みすぎたかと焦る。
錆兎は淡々としていて…しかし不思議と許容してくれる感じがしていた。
でも言われてみれば確かにぶしつけだったかもしれない。

「…ああ、別に怒っているとかじゃないですよ?念のため。
いきなり黙り込まれると俺の方が動揺します」
色々考えがグルグル回って無言の水野に錆兎は冗談めかしたように言ってまた苦笑する。
そして何事もなかったかのように、また錆兎は義勇に視線をむけた。

「一緒に生きていきたいと思ったのは、義勇と知りあってすぐくらいにちょっとした事件がありまして。
それで義勇が危険な目にあいかけた時に生きた心地がしなかったというか……ああ、失ったら生涯後悔するな…と思ったのがきっかけです。
これ以上はこれだけの人の前で自分の恋愛感情を晒すのは俺もさすがに恥ずかしいので勘弁してください」
と、錆兎は笑いながらそう締めて料理の皿に注意を向けつつ、義勇の口に料理を運ぶ作業を再開する。


最近の高校生は大人だな…水野は錆兎とのやりとりで思った。
どう考えても踏み込み過ぎて恐らく不快感を与えたであろう言葉に対して許容ぎりぎりまで答えてはくれて、自分が不安にならないようにやんわりと怒ってはいないからと言って気遣ってくれる。
包容力…という意味では確かに今ここにいる大学生達を上回っている気がする。

穏やかで丁寧な物腰で…でも少し踏み出すと引いてしまうというか…踏み出させてもらえない。
もう少し向こうから来てくれれば完璧なんだけど…と漠然と思って、それから水野はハッとした。

何を考えているのだろう。
常に選ぶのは自分ではないはずなのに。
そして…選ぶのが自分でない以上、相手から選んでもらえる可能性など0に等しい。

水野は錆兎に、そして次に古手川に目を向けた。

(古手川さん…頑張ってくれないかな…)
チラリと思う。

隣では淡路がその古手川の機嫌を取っていた。
普通よりは若干整った顔をしている有名な小説家の2世…。
自己顕示欲が強い斉藤や淡路にとってはそれだけで充分魅力的に映るのだろう。
そして今ライバルの斉藤がいないため淡路が必死になっているというわけで…。

古手川の方はその気がなさそうだから良いと言えば良いが、古手川の視線を義勇に向けるにはこの人も邪魔だな…と水野は思った。

いつも怖くて嫌いだった斉藤がいなくなればいいのにと思っていたらいなくなって、これで今邪魔だと思っている淡路がいなくなったとしたら面白いな…と、水野はさらに少し思う。
高田がそう思っているらしいように、自分の悪意が思うだけで相手に影響してくれたら…。
子供じみた空想だとは思うが、水野はしばしうっとりとそんな空想に浸った。







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