人魚島殺人事件_26_もしも彼女がいなければ?

「成田…様子変じゃない?」
リビングで相変わらず居残って綾瀬の指示通りミシンをかけたりボタンを縫い付けたりしていた遥は、遥の護衛と称してやはりリビングに残っている別所に声をかけた。

「そうか?」
「うん。なんかピリピリしてたよね、さっき」
パチンと縫った糸の端を始末して切り離しながら遥はうなづく。
「義勇ちゃんが…気分悪いって言い始めたあたりから?」

「あの人…近藤さんの事好きなんですよね?」
その遥の言葉に、同じくリビングに残って衣装作りを手伝っていた水野は先ほどから感じていた疑問を口にしてみた。

大人しく…ほとんど口を開かなかった水野の声にちょっと遥は驚いたようだ。
しかしすぐ微笑んで
「遥でいいよ?みんなそう呼ぶし」
と言った後、水野の質問に答えようと少し考え込む。

「好き嫌いで言ったら”好き”な方なのかもしれないけど…別に私のこと女として特別に好きってわけじゃないと思うけど?」
そう遥は同意を求めるように、顔を別所にむけた。

「う~ん…。そうだなぁ。
遥ちゃんに対するのも俺に対するのも態度を特に変えない感じか?
なんだろう…元々淡々とした奴で…良くも悪くも感情的にならない奴だと思ってた」

「だよね…」
別所の言葉に遥はうなづく。


そして
「でもさ、」
と言葉を続けた。

「確かに義勇ちゃんに関してはなんか特別ぽ?
さっきの剣幕すごかったよね?
確かに私が言った事も不謹慎だったけど…あんなに成田が感情的になったの見た事ないもん」

「あ~そうかもなぁ…。
あいつも妹いる長男だしさ、ああいう守ってあげたい妹タイプってのが実は好きなのかも。あいつ1浪してるから遥ちゃんでも1歳下なんだけどさ…やっぱし冨岡さん現役高校生で4歳も年下なだけじゃなくて、なんつ~か…ちょっと線が細くて儚げな感じだし。
ま、そうだとしても思いっきり不毛な片思いだけどな」
別所がそう結論づける。

「うん、鱗滝君がライバルじゃねぇ…勝ち目ないね」
遥も苦笑した。

「あのスーパー高校生じゃなあ…絶対に無理っ!
海陽の元生徒会長なんてちょっと格が違いすぎだろ」
別所が苦笑する。

「やっぱり…鱗滝君と冨岡さんってすごく仲いいんですか?」
錆兎の名前が出てきた所でまた水野がボタンをつけていた布地から少し顔をあげた。

「すごく仲が良くて親も公認って聞いてるけど?」
その言葉に遥がそう言ってニコリと微笑む。

「実はね、今回鱗滝君はあまり乗り気じゃなかったらしいんだけど、それでも来てくれたのは、禰豆子ちゃんのっていうよりも、禰豆子ちゃんが二人の共通の友人の善逸君に頼んで、善逸君が義勇ちゃんに頼んで、義勇ちゃんが友達の頼みなんだから聞いてあげるよね?って当たり前に言ったことで、鱗滝君がNoって言えなくなったって経緯があるらしいよ?
彼は完ぺき男で何でもできて自分の考えもしっかり持ってるんだけど、唯一義勇ちゃんの言うことは断れないんだって」

「うわぁ…愛だねぇ…」
と、禰豆子と共に義勇を部屋に送ったあと仮縫い組に加わった綾瀬がそれを聞いてはしゃぐ。

しかし水野はどこか悲し気な顔で
「そう…なんですか…」
と、彼らから視線を放してまた布に視線を落とした。


手が震える。

「っつ…」

指に針が刺さってプクっとできた血の玉が布地を汚しそうになって、水野は慌ててそれを口に含んだ。

(あの優しいけど淡々とした彼が…彼女に対してはそんな感じなんだ…)

なんとなく泣きそうな気分になってくる。
水野は涙の代わりにため息をこぼした。

始めから…わかっていたはずだ。
彼女は3歳も年上の自分と違って年齢的にも釣り合う女子高生で…お育ちも良くて可愛くて…すでに彼は彼女が好きでつきあっていて…彼女より自分を選ぶなんて要因はどこにもない。
そう…彼女がいなくならない限り…。

そんな考えがふと頭をよぎった瞬間、水野は焦ってあたりをみまわして、成田がいない事を確認した。

彼は…怖い。
ただ心の中で思っただけの事を全部知られている気がする。

そしてそこに自分と遥と別所、それに綾瀬と松坂しかいない事を確認して初めて今度は水野は安堵のため息をついた。

「まあ…確かにすごい美少女ではあるな…
まあ実家も鱗滝会長の方が気にしないと言うなら資産家である必要はないだろうし…」
そこに古手川と高井が戻ってくる。
ドカっとソファに座る古手川を見て、水野の胸に少し緊張が走る。

宇髄の”財産が”好きな古手川…彼がもし…

「美少女なだけじゃなくて…お嬢様なんじゃないですか?
鱗滝君の希望で転校したけど元は下から聖月に通ってたって言ってたし…」

ぽつりとつぶやく水野に、古手川だけじゃなくて遥や別所の注目も集まって、水野は少し焦って付け足した。

「だ、だから…お育ちが良くて可憐さがより増してるんだと思います…。
彼女、おっとりとしてて見るからにお嬢様育ちって感じですもん」
それで遥や別所はごまかせたような気がする。

「そ、そう言われればそうだなっ!」
と、目をギラギラさせて乗り出す古手川に、遥達の注目は向けられた様な気がした。

「確かに可愛いなっ。うん!やっぱり女は年下がいいなっ」
と、さきほどとうってかわった古手川の態度に、遥が少し警戒の色を見せる。

「まあ…鱗滝君みたいな完璧な彼氏に守られてるしね。
おかしな奴がよってきても見向きもされないだろうけど…」

「わからんだろっ。
男が女は年下が良いと思うのと同様、女は年上の男に惹かれるものだしなっ」

「それは…”包容力”って意味ででしょ。
でもそういう意味では鱗滝君ほど包容力ある男はいないからっ」
遥と古手川の間でバチバチと火花が飛ぶ。








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