人魚島殺人事件_21_迫りくる恐怖

錆兎達が自室でそんな話をしている間、リビングの方では他とは少し離れて綾瀬と2人で綾瀬のデザイン画と人魚姫の絵本を前におしゃべりをしている義勇を、水野が観察していた。

「人魚姫って…唯一ハッピーエンドにならないお姫様なんですよね…」
女性にしてはやや低いが綺麗な声で言う少女。

ふんわりと笑みを浮かべると、空気がそこから彼女の色に染まって清浄化される気がする。
女の自分から見ても圧倒的に美人で…なのに可愛くてピュアな雰囲気がある。

「可愛い子ですよね」
と褒めてみると、彼女の事もよく知っていてそれが自慢ならしい禰豆子が機嫌良く彼女について教えてくれた。

事情があって…というか錆兎のたっての希望でとある学校に転校したのだが、元はミッション系の名門校聖月学院に幼稚舎から通っていたらしい。
高2の夏に錆兎と出会って恋に落ちてそれからの付き合いだそうだ。

錆兎が転校を希望した理由は教えてもらえなかったが、まあ簡単に言うと普段は寮で過ごす錆兎が長期休みを錆兎の自宅でずっと一緒に過ごせるようにと、普段から鱗滝家に住む関係とのことだ。

なるほど、ミッション系の名門校だとまだ籍もいれられない年齢で親族でもない相手の自宅に住むというのは厳しそうだし、そういうことかもしれない…と水野は暗に察する。

事情を知って改めて視線を向けてみれば、ただ美少女というだけではない、やんごとないお姫様のような…そんなオーラがある。
世の中の汚さとは隔絶された空間で生きているピュアなお姫様…。

今日自分に向けられたような、自分にとってはまるで夢の様に非現実的で…それこそ奇跡の様に思えた優しさを、彼女は普段から日常的にあふれるくらい注がれているのだろう。
あの優しい彼に大切に大切にされているに違いない。

恵まれた環境…ありえないほど可愛らしい容姿…そして…誰もがうらやむような素敵な恋人…。
彼女は自分にはない全てを持っている…。
神様は…不公平だ。
水野は胸の中にドロっと嫌な物が満ちるのを感じた。

そんな自分のドス黒い思いが届いた訳でもないのだろうが、それまで綾瀬と笑顔で言葉を交わしていたお姫様の顔から不意に笑顔が消えた。
少し青ざめて…あたりをみまわす。

「どうしたの?義勇ちゃん」
その変化に気付いた綾瀬が聞くと、義勇は青ざめたままの顔で笑みを浮かべて首を横に振った。
「いえ、なんだか少し気分が…」
声が細くなる。

「義勇さん、平気です?!」
禰豆子が慌てて立ち上がった。
そしてそのまま駆け寄ると義勇の額に手をやる。

「熱は…なさそうですけど、顔色悪いですね。疲れたのかな?部屋に戻りましょう」
と言って義勇を支えるように腕を取った。

こうして禰豆子と部屋を出る義勇。

水野はそれを見送りつつも、別にそれが何か意味があるとか、自分に取って得になるとかではないが、少しスッとする。
何もかも…日常的に心地よい空間で過ごせているのだ。
たまにはそれが体調不良にからくるものにしても不快感くらい感じてもいいはずだ。

そんな事を考えている水野の横では
「さすが美少女二人。並んでるだけで絵になるよねぇ」
とそれを見送りつつ感心したように遥が言う。

「気分悪そうだったしそういうこと言ってる場合じゃないと思うけど?!」
それに珍しく成田が不快の意を示した。

そんな成田に別所が
「別に気分が悪そうなのを笑った訳じゃないし、そんな言い方しなくても良いと思うけど?」
と気色ばんだが、
「ううん、私が不謹慎だったわ。成田が正しい」
と、遥がそれをすぐ止めた。

”彼女”は万人にとって特別なんだろうか…成田進も彼女に特別な想いを抱いているのだろうか…と水野は思って、少し成田に目を向けて、次の瞬間息を飲んだ。

憎悪の目…。
何故?

水野がひたすら混乱していると成田はその恐ろしいほどの目を向けたまま水野の方へと近づいて来た。
硬直する水野。

それを冷たい氷のような、もしくは憎悪に燃える炎のような、とにかく激しい嫌悪の目で見下ろして、成田はただ
「これ以上…何か危害を加えるなら殺すぞ…」
と、低い声でつぶやいて、そのまま自分の横を通り越して部屋を出て行った。

水野は激しく恐怖した。
確かに…悪意を向けた事は確かだ。
でもそれは心の中でのことで…他の誰かに知られようはずもないし、ましてや直接的に相手に悪い影響を及ぼす事などできようはずもない。
なのに成田のその言い方は、まるで自分の悪意があの少女に危害を加え、手を触れるどころか声さえ発してないのに彼女の体調を崩させた様な言い方だ。

得体が知れない憎悪…それがヒシヒシと自分の後ろを追いかけている、水野はそう感じて身震いした。






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