人魚島殺人事件_19_不遇少女の初恋と懺悔

「鱗滝君は…すごいね…」
もう少しだけ周りを見て行くと言う高井と古手川と分かれての帰り道、それまでずっと萎縮して黙りこくっていた水野が少し笑顔を見せた。

錆兎は恋人である義勇以外の容姿にははっきり言って興味は持っていないし、水野自身もまあ可愛いと言ってもせいぜい10人並み以上と言った感じなのだが、その笑顔は素直に可愛いなと思った。

いつも俯き加減に話す水野が自分よりかなり背の高い錆兎を見上げて目を合わせる。

錆兎自身は基本的には目を見て話すタイプなのだが、なんとなく視線をそらしたい気になった。

相手に敵意があるわけでもなく、悪意があるわけでもない。
むしろ善意は感じるのだが、それが妙にきまずい。
しかたなしに錆兎は会話を先に進める事にして聞く。

「すごい…ですか」

女子のよく使うこの抽象的な表現も錆兎は苦手だ。
主語と述語がないと本当にわからないと思う。
それでも水野は若干嬉しそうに頷くと、楽しそうに話し始めた。


「自立してて…他人に流されなくて強くて…。
だからかな、他人にも優しくできるの」

「優しい…という事はないと思いますけど?
恋人以外にそんな事言われた事ないです」

錆兎は元々キツい顔立ちの上、言葉に装飾をつけず端的に物を言うため、どちらかというと取っ付きにくい人と言う印象を持たれる事が多い。

「他人に流されない…という事もなくて…
俺が今警察庁目指してるのも、警察関係者の親を見て育っているということが大きいので。親しくしているOBにも警察関係者がいますし、東大にストレートで入ってそのまま順調に22で卒業して警察庁入れば恋人を経済的にも物理的にも守れますしね」

さらに錆兎がもう一点についても、そう否定すると、
「そうなんだ…」
と、水野は小さく吹き出した。

それからふと俯いてつぶやく。

「いいなぁ…鱗滝君の彼女さん。こんなに優しい彼にそんなに大事にしてもらってて…」
「う~ん…世間の評価は逆だと思いますけど?」
「そんな事ないよ。私ね…歩く速度なんて気にしてもらったの初めてだよ?」
「普通…誰かと一緒にどこかへ行こうと思ったらどちらかが合わせないとですし…」

「だから…ね、私がいつも合わせる方なの」
水野は俯いたまま少し悲しげな表情で笑った。

「自分の意見なんて通った事ないし…強く言われて流されて…すごく悪い事した事もある。
今でもたまに怖くなるよ…」

そう言って水野は自分で自分を抱きしめるように両手で自分の身体を抱きしめると身震いした。
それからホロリと涙をこぼす水野に錆兎はぎょっとする。

「どうしよう…私変われない…のかな?」
「それ…現在進行形ですか?」
錆兎が聞くと、水野は涙でうるんだ目で錆兎を見上げた。

「助けて…くれる?」

この手のシチュエーションはできれば宇髄あたりに任せたかったなぁと思いつつ、ここで突き放す訳にも行かず

「事情を聞いてみないとなんとも…。安請け合いは無責任だと思うので。
ただ、力になれるかなれないかは別にして聞いて悪用したりはしない事は約束できます。
話すだけでも少しは気が楽になるかもしれないとは思いますよ?」
と促してみると、水野はまたハラハラと涙をこぼして、それを袖口でぬぐった。

それに苦笑して錆兎は
「どうぞ」
とハンカチを差し出す。

水野はまたぽか~んとして、次の瞬間少し微笑み
「ありがとう…」
とそれを受けとった。


「あのね…これなの」
水野は小さなバッグの中から自分の携帯を取り出して一通のメールを錆兎に見せる。

それは…斉藤からのメールで、禰豆子と義勇に対しての悪意と、自分がすでに一度短剣を落とすという攻撃に出ている事、そしてこれからは水野にも攻撃に協力するようにという要請の言葉でしめられている。

あきらかな命令口調。
おそらく…断れば嫌がらせされるとかそういう事なのだろうか…。

「水野さんは…どうしたいんです?」

まず本人の意志を確認してみない事にはどうすることもできない、と、錆兎が聞くと、水野は錆兎が貸したハンカチで涙を拭いながら
「離れたい…」
とだけ言った。

それなら簡単にできるんじゃないだろうか…と錆兎には思えたが、難しいんだろうか。

「離れては…だめなんですか?」
と、あえて聞くと、水野は両手で顔を覆ってフルフルとかぶりをふった。

「手遅れだよ…。私…色々取り返しのつかない事とかもしちゃったもん」
そう言ってさらに泣く水野。

「亜美とは小学校から一緒で…仲間はずれになるのが怖くて高校の時に無視とかしていじめに加担した事とかもあるし…その子学校来なくなって最終的にやめちゃったりとか…。
それだけじゃない。
亜美が電車で何か注意されたおじさんとかに腹立てて痴漢だって嘘ついて騒ぎ立てた時とかも、脅されて確かにそうですって証人になっちゃったりとか…。
今回だって古手川君が選んだモデル役の子何人かに嘘ついて辞退させちゃったりとか…いっぱい色々しちゃったから…」

どれも褒められた事ではない。中には軽犯罪に当たるものもある。
毅然とした態度で拒否するべきだと錆兎個人としては思う。

ただそれを出来ない人間もいると言うのも歴然とした事実で…水野みたいな気の弱いタイプはえてして拒否した事で自分がその犠牲者になるというパターンはあまりに想像に難くない。

まあ禰豆子はとにかくとして義勇に関してはこうして誰が悪意を持っているかがわかってしまえば自分が守り切ることは出来ると思うので問題はないだろうと錆兎は思う。

しかしだからといってズルズル引きずっていても良い事はない。
今回の事は良い機会だ、と、錆兎は提案した。

「過去については、どれも水野さん告発すれば斉藤さん自身も困る事でしょうから、放置で大丈夫では?
それより今回に関しては現在のメンバーに危害を加える前に拒否する事が重要です。
今の時点で水野さんが今回のメンバーに何か悪さしてないなら、充分断れますよ。
一人が怖ければ禰豆子と一緒に炭治郎や善逸達といるか遥さんあたりに一緒にいてもらいましょう。俺が頼んでおきますね」

「ありがとう…鱗滝君」

錆兎の提案に水野はホッとした様に息をつくと、手をかけていた錆兎の腕にスリっとすりよってくる。
その水野の態度に錆兎は内心混乱した。

例えば…今年の春休みに善逸と善逸の女友達数人と旅行に行った時もその女友達にまとわりつかれたりしたのだが、彼女達の場合半分ノリというか、皆でまとわりついてはしゃぐ事を楽しんでいただけというのは何となくわかる。
錆兎が興味なさげな態度を見せれば、すぐ別の相手に同じようにまとわりつくのだ。

しかし水野はそういう類いの女ではない。
本来は内気で男に対して一歩引いて接するタイプだ。

…と思うのだが…これはなんなんだ?!

錆兎の脳裏を混乱した考えがクルクル回る。
ノリで意味もなく密着してくるような人間じゃないとすると、そこになんらかの意味があるはずで…何か企んでる?
いや、今の時点でそういう疑いを持てるような材料が見当たらない。

高すぎるスペックと鋭すぎる洞察力ゆえに錆兎は自分の理解の範疇を限りなく超えた事態に出会った事がなかった。

いや、過去に一つだけ…そう、最愛の恋人である義勇に出会った時から続く義勇の行動がそれで…。
それ以来義勇は錆兎にとって絶対的強者となって、彼の上に君臨している。

義勇に関してはもう完全に理解する事自体は諦めて、義勇の行動、要求、全てを受け入れる事で自分的には平和的解決を見たのだが…今回の不可解さはそれともまた違って、どう反応して良いやらわからない。






2 件のコメント :

  1. あからさまな誤記とかでは無いので個人的な引っかかりです^^;「どうしようもできない」→「どうしようもない」でひとつの言葉だった気がします。「どうすることもできない」が混用されている…?

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    1. ご指摘ありがとうございます。修正しました😀

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