それ以上古手川を追いつめると、逆に水野の方に居心地の悪さを感じさせる。
錆兎はそのあたりで事を収めるべく、また短剣をちらつかせた。
俺達が出て来る前、これを2階の窓から外にいた宇髄達に向かって落とした人間がいて、今その件で館内はすごく微妙な空気になってるので。
下手をするとそっちの件に結びつけられて痛くもない腹をさぐられる事になります」
「なんだって?!」
さきほどの事が一段落して、今は悔しさと怒りで赤くなっていた古手川の顔から血の気が引いた。
「俺は…無関係ですっ!ずっとここにいたし、他の奴らとも接触してないっ!」
「あ~、それはそうでしょうね…」
「会長様は俺のせいにするつもりですかっ?!」
「いえ、俺はあまりこのガラスの短剣を館内でちらつかせない方が良いと言ってるだけです。
世の中論理的な人間ばかりじゃないので、物理的に不可能な環境にいたとしても、同じ武器を同じ目的に使用している、それだけで同一人物と決めつけられる可能性がないとは言えません」
その言葉に古手川は不安げに錆兎にすり寄った。
「会長様は…俺じゃない事がわかっていて、それを他にも説明できますよねっ?」
いきなり変わって素直になる古手川の態度と言葉に、完全に何もかも他人任せの甘ったれた2世だな…と、錆兎は冷ややかに思う。
それでも…必要以上に相手を追いつめるメリットは今の所ない。
錆兎はいつもの淡々とした調子で
「そうですね…」
と肯定する。
そして
「で?結局構図がどうのとか言うのは口実ですか?」
と、とりあえずここに今こうしているための理由を求めた。
「あ~、ごめんな。モデルがいるのは本当。
ここの葉っぱさ、監督が撮りたい図を撮るのに邪魔らしくて…。刈りすぎても雰囲気でないし、別に弟君じゃなくても良かったんだけど、だいたいの位置を決めるのに男女二人欲しかったんだ。ちょっとそこ並んでくれる?」
そこで高井がテキパキと指示をし始める。
どちらが監督かわからないな、と、思いつつも錆兎は水野と共に指示された通りの位置に立った。
「ちょっとだけそのままで宜しく!」
と、高井がまたテキパキと枝葉を落として行くのをボ~っと待つ。
音響のヘルプだと聞いていたが、高井は何でも器用にこなす質らしい。
ぼ~っと見ているだけの古手川を尻目にどんどん錆兎達に立ち位置を指示しながら、自らもテキパキと動いて葉を刈り込んで行く。
「鱗滝君…」
やがて古手川から少し離れた場所に立って高井の作業を待っていると、高井がコソっと古手川を盗み見て、向こうが注目していないのを確認すると、小声で錆兎に声をかけたきた。
高井の様子から察するに古手川には聞かれたくない話らしい。
錆兎は
「気付かれたくないなら返って普通にしてた方が良いと思いますよ。
これだけの距離があったら大声で話さない限り聞こえませんし、小声で話して耳をすませるような状態の方が注目をさせます」
と淡々と答える。
その答えに高井はちょっと驚いて手を止めた。
それに錆兎が少し笑みを浮かべて
「手…止まってますよ」
と言うと、慌ててまた動かす。
そして今度は普通のトーンの声で
「さすがに…日本のトップ校の元会長様だな」
と苦笑まじりに言った。
「そんな感じなら余計なお世話かもしれないけど…古手川には気をつけた方がいいよ。鱗滝君」
意外なその言葉に今度は錆兎が驚いてまばたきもせず高井を見つめる。
「あ~…彼は宇髄に近づきたいだけ…なんですよね?」
錆兎はそう聞いていた。
「正確には…宇髄君の財産にね」
錆兎の言葉に高井は一瞬冷ややかとも思える憎悪を見せた。
しかしそれもすぐいつもの人の良い笑顔に埋もれる。
「なるほど…」
と、答える錆兎。
なら別に宇髄に限定したものではないのだろう。
海陽生徒会の会長など一般家庭の子息はほぼいないと言って良い。
親は親、自分は自分と思うものの、自分がそこまで昇り詰めることが出来た背景には紛れもなくそれに相応しい学力や教養を身に着けさせることができるレベルの親の財力があるのはさすがにわかる。
つまり、小手川にとっての寄生したい先に自分も含まれるということか…
それにしても…と、錆兎はちらりとまた高井に視線を戻す。
「高井さんは…そういう古手川さんを実は嫌っている…と。そういうことですか」
「え…あの…」
「まあ俺には関係ない事ですが…」
焦る高井に錆兎はそう付け加えた。
なるほど…憎悪がグルグルと渦巻いているんだな…と、錆兎は漠然としすぎて説明の難しかった自分の感覚に裏付けが取れていくのを感じる。
「念のため言っておきますと、信じるか信じないかは別にして俺は親は公務員なので宇髄の実家のようにすさまじい金持ちとかではないですよ。
継げる家業とかもありませんし。
起業する気もないし、これから東大文1に現役合格して22で卒業後、警視庁に入って警察のトップを目指す予定です」
錆兎はあえて古手川にも聞こえる程度の若干高いトーンでそう宣言した。
それまで興味なさげに海を見ていた古手川がこちらを見ているという事は聞こえているらしい。
これで自分への執着がとりあえず消えて、義勇に悪影響を及ぼされる危険性が解消されるといいんだが…と、錆兎はその様子を見て思った。
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