人魚島殺人事件_16_一人ではない道のり

「ね、馬鹿様からメール。ちょっと構図みたいから鱗滝君と義勇ちゃんに来て欲しいって」
その時綾瀬の携帯の着メロがなって、メールを確認した綾瀬が顔をあげた。

「二人だけで…ですか?」
錆兎が少し難しい顔で考え込む。

「俺は構いませんけど…」
と言いつつも錆兎は少し口ごもった。

室内は快適な温度に保たれているが外は暑い。
着いたばかりなだけで疲れているであろう義勇にさらに着物で暑い中を歩かせるなど無理はさせたくないと秘かに思う。

そんな彼にしては珍しく歯切れの悪いその言い方に、おそらく空気を読むタイプらしい綾瀬は
「じゃ、水野さんに行ってもらおうか。
やることなくて暇でしょ。
衣装できてないから撮影にはならないし、構図撮るだけなら彼女で充分じゃない?」
と、すでに水野にメールを打っている。

水野はすぐ来た。
だが何か顔色が優れない気もする。

「やっぱり…私が行きましょうか」
それを見て取って義勇が言うが、水野はそれに慌てて首を振った。

「ううん、行かせて。ちょっと…外の空気吸いたかったし。
行きましょ、鱗滝君」
と、水野は錆兎に向かってぎこちない笑みを浮かべて外に促す。

強引なタイプではなさそうな…どちらかというと気の弱そうな水野の断固たる態度に錆兎は少し意外さを覚えた。
それでもあまり性質の良い相手とは言い難い古手川と義勇をあまり近づけたくないという気持ちが勝つ。

「そうですね…。じゃあ宇髄、炭治郎、義勇のことを頼む」
と、錆兎は水野と共に古手川達の待つ別荘の裏側の遊歩道をずっと行った先にある岬に向かった。


考え事をしながらスタスタと歩く錆兎。
その後を水野が小走りについて行く。
その足音に錆兎はツと足を止めた。

「…?」
急に足を止めた錆兎を水野が不思議そうに見上げる。

「すみません」
錆兎は謝罪した。
「歩くの速かったですね」

歩幅が違う…というのもあるが、錆兎は元々同じくらいの体格の人間に混じっても早足気味だ。
本来景色を楽しむという習慣をあまり持ち合わせない人種なので、歩くというのはあくまで移動手段の一つであり、それだけならゆっくり歩く意味もない。

義勇がいればそれでも義勇が楽しげに周りの景色について解説するのを聞きながらゆっくり歩いたりもするのだが、その時は大抵義勇は錆兎の腕につかまっているわけで…。

腕に重みがない、それはすなわちゆっくり歩く意味がない時と、頭で考えるより体がそう認識していた。


「あ、ううん。気にしないで。私が遅いのが悪いんだから」
水野はちょっと気まずそうな笑みを浮かべて答える。

その自意識の低そうな…自信のなさそうな様子はなんとなく錆兎に憐憫のようなものを感じさせた。
水野はこのところ錆兎と居るといつも機嫌よく楽し気な義勇と違って、どこか寂しげで悲しげな…一口で言うなら薄幸さのようなものを漂わせていた。

「よければ…どうぞ」
どこか怯えたような印象を受けるその水野を脅かさないようにと、錆兎はつとめて静かに言うと、ソッと腕を差し出す。

水野はそれにちょっと驚いたように大きな目をさらに大きく見開き、それから少しはにかんだような笑みを浮かべて
「…ありがとう」
と素直にその腕にソッと手をかけた。

こうすると義勇よりもさらに小柄な水野は若干ぶら下がる様な体勢になり、腕に重みがかかる。
これで加減できるな、と、錆兎は再度、今度はゆっくり歩を進めた。








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