人魚島殺人事件_11_口論

こうして不穏な空気に染まるリビングを後にする宇髄と錆兎と義勇。
それにあそこに置いて行かれるのはちょっと怖いから…と善逸もついてきた。

「まあ確かに…色々ありそうな面々ではあるな」
と、古手川の発言やら彼に対する禰豆子の言葉やらで色々を察っして苦笑する錆兎。

そこで善逸を臆病とは言わず
「人の感情に敏くて色々気遣いすぎる善逸にはしんどいよな」
と言葉を選んでくれるのが相変わらず錆兎らしいな…と、善逸はなんだかホッとする。

善逸達はすでに先ほど部屋に案内されていてそれぞれにあてがわれた部屋に荷物を置いていたので、残りの二部屋並んだ部屋を錆兎と義勇にと宇髄が言うが、錆兎は少し考え込んで
「あ~…宇髄、一つの部屋にエキストラベッドをいれるとかは出来ないか?」
と聞いてきた。
それに宇髄が苦笑する。

「ま、今までが今までだけにそうなるかぁ…
じゃ、いっそのことシングルルームじゃなくてツイン部屋あるからそっち使ってくれ。
丁度端から2番目の部屋の対面の部屋な」
「悪いな」
「いやいや、前回のことがあるから滅多にないとは言っても気になるよな。
ま、あの馬鹿様は物理攻撃するような度胸はなさそうだが」
「違いない」

ハハっと笑ってそんなやり取りをする宇髄と錆兎。
そんな風に冗談のように笑い飛ばす二人に、用心しているのかしていないのかよくわからないな…と善逸は思った。


荷物を置くと宇髄、錆兎、義勇、禰豆子は採寸に入る。
もっとも義勇に関しては性別がバレないように宇髄が予め等身大のマネキンを用意しているのだが…。
義勇だけだと怪しまれるかもしれないので禰豆子の分も同じく用意されている。
ということで残りの宇髄と錆兎のサイズを測ってる綾瀬とそれを手伝う平井、服に使う素材のチェックをしている松坂以外はリビングに集合している。
その中で一人こない斉藤に気付いて古手川が言った。

「亜美はどうした?」
その言葉に水野と淡路が顔を見合わせる。
「一応声かけたんだけど、出て来なくって…」
淡路にうなづいて水野がそう言うと古手川は
「あの馬鹿っ!何やってんだっ」
と舌打ちした。

『なんか…いつも無駄に偉そうな感じだよね、あの人…』

ボソボソっと小声で言った禰豆子の言葉は、当人に聞こえていたようだ。
ダン!とグラスを乱暴において威圧すると、古手川はギロリと禰豆子を睨みつける。

「俺は監督だから、”偉そう”ではなく”偉い”んだ。覚えておけよ、そこの足りない女子中学生」
ニヤリと悪意のある笑みを浮かべてそう言う古手川に思わず立ち上がりかける禰豆子を制して、遥がそれにニッコリと対応する。

「私達全員居候の分際なわけだから…”偉い”のは宿主である宇髄君だけなんだけど?
あとはせいぜいその宇髄君の口利きで忙しい中を来てもらった錆兎君と義勇ちゃん?
その偉い人達が誰のために動いてくれたが脳みそから抜け落ちてなければ禰豆子ちゃんに偉そうな口聞ける立場なのか少し考えた方がいいと思うわ。そこの足りない大学生」

うっあ~と青くなる善逸と炭治郎。

当の禰豆子はドヤっとした顔をして、炭治郎に無言でたしなめられている。

「なんだとっ!この馬鹿大学の馬鹿女がっ!」
青くなったり赤くなったりした挙げ句に怒鳴って立ち上がり遥に迫る古手川の前に、炭治郎が立ちふさがる。

「何があっても女性に暴力は絶対にダメですっ!」
「ふん!馬鹿馬鹿しい!本気なわけないだろうっ!」
古手川はそれで渋々また席についた。

「ごめんね、禰豆子ちゃん」
にっこりと言う遥に禰豆子はブンブン首を横に振る。
「いえ、私こそご迷惑をおかけしてすみません」
と、古手川には好戦的だが他には素直で礼儀正しい禰豆子は遥にぺこりと頭を下げた。

微妙な空気がただよう室内。
「馬鹿と顔あわせていても不快なだけだっ!ロケハン行くぞ!ロケハン!高井!」
古手川がガタっと立ち上がった。

高井もそれに倣って立ち上がると、ペコリと他に向かってきまずそうにお辞儀をしたあと、部屋を出た古手川の後を追う。

二人が出て行くと、水野と淡路も顔を見合わせて部屋を出て行く。
そこでようやく空気が動き出した。

ハ~っと息を吐き出す炭治郎と善逸。
遥も小さく息をつき、禰豆子はソファに身を投げ出した。
そんな時、どうやら大方のチェックを終えたのであろう、松坂が戻ってくる。

「あれ?他のみんなは?」
キョロキョロと周りを見回す松坂に、遥が
「馬鹿様が暴走してね」
とだけ言って、両の手の平を上に向けてお手上げというように肩をすくめた。

「あ~、彼はなぁ…、スペックに似合わない高いプライドの持ち主だから」

どうやら違う大学に通う松坂でもこの企画で関わった短時間でその性格を悟ってしまうくらいには古手川は問題な性格をしているらしい。
遥の短い言葉だけで納得したように、松坂も困ったような顔をする。

「とりあえず…採寸終わって裁断始めるから、遥さん手伝ってもらっていいかな?
炭治郎君は…少しくらいは裁縫できる?」
と、松坂は手にした袋から型紙を取り出した。

その言葉に炭治郎は
「もちろんですっ!長男ですからっ!!」
と何故かドヤ顔で頷いて見せる。

そこで禰豆子は呼ばれて採寸組の部屋に戻っていって、部屋には古手川達と家政大組以外の大学生達と炭治郎、そして善逸が残された。



「足りない大学生な、それいいなっ」
型紙を取って松坂が指定した通り裁断をしながら遥がそこで起こった話をすると、松坂は笑って言った。

「だいたい…古手川は城上大を馬鹿にしてたけど、尚英なんて政経以外はそれ以下だしな」
「そうなんだ?」
「ああ。政経だけ飛び抜けているんだ。
だから高井はともかく馬鹿様は文字通り”馬鹿”様だよ?」
クスっと笑って言う松坂に遥も笑みをもらす。

宇髄の高校時代の友人…と言うだけあって、最初こそ穏やかで…しかし少しお堅い人間かと思ったが、やっぱり少しシニカルで、なのに気さくな感じは少し宇髄に似ている…と炭治郎は松坂と遥のそんなやりとりを聞いて思った。

「そういえば…尚英の政経は私立の政経としては早慶に並ぶくらい難しいみたいですね。
確かに高井さん、すごいです。
でも松坂さんも東栄美術大ってすごくないですか?
日本5美大の一つですよね?」
と、そこで炭治郎も大学の話題には興味を惹かれたらしい。
会話に加わる。

それに松坂は苦笑した。

「でもまあ…俺は東栄の名誉教授の三条幽谷先生の弟子だから入れたところがあるし。
その先生の弟子になれたのも本来弟子になるはずだった奴が辞退して代わりにって感じで…まあ受験だったら補欠合格みたいなものだったからね。
高井のほうがすごいよ」

「えっ?!東栄大の名誉教授なんてすごい先生の弟子を辞退される方もいるんですね…」
炭治郎が受験生らしい驚きを見せると、松坂はさらに苦笑する。
「自分はその道に本格的に進むわけじゃないからって…ね……」
と、その言葉でなんとなくピンときた。
「宇髄さん…だったり?」
炭治郎の問いに松坂がうなづく。

「宇髄はさ、元々最終進路って決められてるだろ。
だからあんまり経歴にこだわりをもってなかったんだよな。
でも俺の家は俺が中3年の時にちょっと経済状況が苦しくなってさ、画塾を続けるどころかそのまま海陽に行くこともできなくなったのもあって、そんな時に先生の内弟子を募集してたんだ。
それで最初は天元に話があったんだけど、天元は…自分はどうせ実家継ぐから美術を極めても仕方がないし辞退するから、俺がなってなんならいずれ宇髄財閥の広報にでも関わってくれって。
もうおかげでそれからは必死に絵画に打ち込む日々だよ」

宇髄らしいエピソードに思わず微笑む炭治郎達。
ようやく空気が完全に和んだ頃、メイドが紅茶をいれてくれて、穏やかな空気がリビングを満たした。






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