荷解きを終えて集合場所となっているリビングに最初についたのは宇髄だった。
今回の撮影はこの島の名前にちなんで人魚姫をイメージした服をメインに扱うらしいが…
(人魚姫ってガラじゃあねえよなぁ)
と、彼は綺麗な髪をかきあげながらため息をつく。
男を水に引き込むセイレーンという意味ならわかるが…。
禰豆子も別に清らかでないというわけではないのだが、どちらかと言うと”清く”のあとに”正しく美しい”と言う言葉が続きそうな、しっかり者の気丈な少女という印象だ。
そう、数ある童話の中で唯一ハッピーエンドになれずに海の泡となって消えてしまう人魚姫の儚げなイメージではない。
そんな事を考えていると、耳障りな笑い声と共にきつい香水が何種類か入り交じった香りが近づいてくる。
古手川とモデル3人娘である。
「宇髄君、もう来ていたのか」
と、3人を放り出して近づいてくる古手川からスっと距離を取る宇髄。
「今回の主役は君と僕と斎藤達だからね。
仲良くしてくれたまえ」
と愛想笑いを浮かべてくる古手川に、宇髄は呆れた視線を送った。
「違うだろうよ。
モデルが主役っていうなら俺と会長様と禰豆子嬢ちゃんとうちの姫さんだぜ?」
冷ややかな宇髄に少し言葉に詰まる古手川。
しかしそこでふと気づいたらしい。
「…うちの…姫さん?」
「あ~、聞いてねえのか?」
と、首をかしげる小手川に説明しようとした時、船が船着き場に到着するのが見えて、宇髄の顔がぱ~っと明るくなった。
「ああ会長様が来たなっ!ちょっと出迎えてくるからっ!」
と、宇髄は古手川を放置でその横を通り越して、ドアに駆け出していく。
途中で炭治郎達とも鉢合わせするが、宇髄は
「悪い!会長様達がきたからちょっと迎えに行ってくるっ!」
と機嫌良く言ってまた駆け出した。
「なんだか…嬉しそうだね?会長様って宇髄君と仲いいの?」
遥達の後ろでは宇髄の満面の笑顔に綾瀬&平井の家政大コンビが目を丸くしてそれを見送る。
「ええ。唯一くらい無条件に心を開く相手なんじゃないかな?ね?」
善逸はそう言って炭治郎に同意を求める視線を向け、炭治郎もそれにうなづいた。
「宇髄は…出来過ぎな奴だからな。皆の方もなかなか気軽に近づけないし…。
話してみれば気のいい奴なんだけどな」
と、その様子に宇髄と小等部時代親しかった松坂も苦笑する。
そんな話をしながら素材のチェックをすると部屋に戻る松坂と分かれて古手川達の待つリビングへ入る炭治郎達。
「監督~、やっぱりさ、監督がモデルもって無理があるから宇髄さんの友達?使うよ。
あの宇髄さん並みってことならかなりの美形だろうし?」
デザイナーの綾瀬が言うのに、古手川が嫌~な顔をする。
「ま、まあ…見てからだな。友人だからそう言っているという可能性もあるし…」
その古手川の様子に善逸と禰豆子は顔を見合わせてこっそり笑った。
あの一般人のレベルを超えたキリリとしたイケメンと古手川ごとき比べるまでもないと思う。
が、モデル3人娘の斉藤は例によって
「やっぱり見栄え良くないとだしね~。
監督がモデルもって大変かもしれないけど、古手川君使いましょうよ~」
と、古手川にすりよった。
部屋に落ち着いた時に脱いだのか、例の派手なオレンジのジャケットは着ていなかったが、それでも充分勝ち気で意地の悪い印象をうけるのは、やっぱり顔立ちだろうか…。
どちらにしても、そのダルそうなベタベタした言い方が善逸は少し苦手だった。
そういうタイプの人間の傍にいてロクな目にあったことがない。
早く錆兎と義勇が来て話が全て落ち着いてくれるといいなと、思っていると、廊下でガヤガヤと声がきこえてきた。
来たらしい。
「待たせたなっ!」
と、笑顔で宇髄がリビングに入ってくる。
「あれ?錆兎達は?」
炭治郎がドアの所にそれらしき人影を見いだせずに言うと、宇髄はにやりと笑った。
「あ~、もうちょっと待ってくれ。
姫さんが早く移動できねえからな」
と、その言葉に全員が首をかしげる。
そう、宇髄と錆兎と当の義勇以外はその理由を知らないのだ。
「…義勇、大丈夫か?」
「…うん、大丈夫…」
しっかりとした錆兎の声。
それに答える義勇の声はいつもにもまして小さい。
義勇は性別を隠して参加ということまでは炭治郎と善逸と禰豆子も知っているため、慣れないヒールか何かで戸惑っているのかとも思ったが、ゆるゆるとようやくたどり着いたらしい部屋の前でドアを開けて入ってくる二人を見て、皆絶句した。
もうそこだけ世界が違う。
派手な色合いの宍色の髪。
なのに顔立ちは精悍で日本男児らしい凛々しさを感じさせる青年。
炭治郎も善逸もいい加減何度も会っているのに何故か見惚れてしまう。
ただのイケメンではなく、常人離れしたオーラがある。
そんな錆兎が着ているのは海陽学園の制服。
夏なので生徒会役員だけ着用のマントはないが、真っ白なシャツに役員経験者だけ着用を許された白ジレ。
そしてリボンタイをつけたカラーはきっちりと首を覆うスタンドカラーだが、そんな美丈夫が身に着けていると真夏だと言うのに暑苦しさがなく爽やかさに満ち溢れている。
「遅れてすまなかったな。宇髄。
うちのOBの春日さんの依頼でルージェスト社のCEOとの会合があって…。
明日にはフランスに帰国してしまうらしくて今日じゃないとと急に言われてな」
と、当たり前に説明がなされた遅刻の理由に、宇髄以外のその場に居るメンツは皆、驚きに目を見開いて固まった。
「え?ええ??世界的大企業のCEOと会合って…彼は何者なんだ?!!」
と声をあげる小手川に、宇髄が呆れたように、
──さっき言っただろ。うちの元会長様だ。
と言う。
いやいや、高校生がなんで??とさらに言いたげな彼に、今度は松坂が
「海陽は日本でもトップと言われている高校で、その生徒会長と言えばいわば日本の高校生のトップだからね。
その中でも鱗滝会長は小等部時代から首席から落ちたことのない天才で人望も厚く各種武道の有段者という文武両道を旨とする海陽の全生徒が目指す理想を体現したような人なんだ。
創設から150年以上の歴史を誇る海陽学園の歴代の学生の中でも5指に入る逸材と言われているんだよ。
だから日本のみならず世界に散った政財界の重鎮のOB達から今から卒業後のスカウトが後を絶たないらしい。
今回もその一環だろ?」
と海陽に在籍していたことのある学生らしく、どこか誇らしげに熱く語った。
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