寮生は姫君がお好き916_裏切り判明

「義勇、疲れただろう?
浴槽に湯を張って疲れの取れるハーブ系のバスソルト入れたから、ゆっくり入ってこいよ」

錆兎は寮の部屋についてまず、義勇の好きな紅茶を淹れてやり、それを飲んでいる間に風呂の用意をして着替えを用意する。

そのうえでそう言ってやると、
「疲れたのは錆兎もじゃないか?
錆兎だって風呂に入った方が…」
などと、慣れぬ靴で頑張って歩いて疲れているであろうに、けなげにそんなことを言ってくれる優しく可愛いお姫さんに感動しつつも、錆兎には実はそこで譲れぬ理由があるのだ。

だから、
「ん~一緒に入りたいってお誘いか?」
とクスクス笑いながら隣に座ると、案の定、錆兎の可愛い姫君は
「そ、そうじゃなくてっ!!」
と、真っ赤になって首を横に振る。

ああ、可愛い、愛おしい。

「冗談だ、冗談。
上がったら足をマッサージしてやるから、ゆっくりあったまってこい」
と、そう勧める錆兎に、義勇は
「入ってくるっ…」
と、赤くなった顔を隠すようにパタパタと足音を立てて浴室へと飛び込んだ。

そうして浴室のドアが閉まったのを見届けると、
──さて、と、最後の報告会か…
と、笑みを消して立ち上がり、自室へと急ぐ。


来訪を予想して窓を開け放していたのだが、部屋に入ると案の定、思っていた通りの来訪者がちんまりと椅子に座っていた。

「とりあえずお姫さんが風呂に入ってる間にちゃっちゃとすませたいから、結論から言うぞ?」

と、錆兎がそう言うと、来訪者、金狼寮の不死川は
「あ~…やっぱりなんか気づいたことあったのかァ?
錆兎に任せて正解だったかァ」
と、言葉の軽さとは裏腹に随分と複雑な表情でそう言ってくしゃくしゃと頭を掻く。

そう、今回の同盟者はそれぞれ特別な事情があるので、実はイベントは二の次だった。

不死川的にはそれより、錆兎に任せた金狼寮の寮生の動向を知りたいだろうし、聞きに来るだろうなとは思っていたので、この状況なのである。

他のことならまた後日というのもありだが、暗殺は明日どころか今晩にだって行われないという保証はない。
だから何か情報を得られるなら一刻も早くと言うところなのだろう。

銀狼寮の陣地から出る時に握らされたメモには──あとで話聞きに行く…とだけ書かれていたので、錆兎もそのつもりで待っていた。

「田原一郎が寮生交換を俺とお前のどちらが提示したのか気にしてた。
何故、じゃなく、どちらがというあたりが俺はひっかかる。
一応俺が攻めに行くこと考えると金狼だらけの中に姫君を残したくなかったから、俺から同盟の条件として提示したって言っておいたぞ。
ついでに陣地に戻るタイミングもとても気にしていて、なんだか早く戻りたそうだった」

「…それ…グレーに近い黒だなァ…」
はあぁぁ~と大きくため息をついて言う不死川に一応
「それ言うなら黒に近いグレーじゃないか?」
と突っ込みを入れると、不死川は
「いや、マジ真っ黒だわ。
何もなきゃ兵隊チェンジしたのが俺でも錆兎でもぜんっぜん気にしねえ奴。
元は細かい奴じゃねえから……」
と、頭を抱える。

「不死川?」
裏切りなどには落ち込むよりは怒りそうな不死川の様子がいつもと違うことに錆兎は眉を寄せるが、そんな錆兎の表情の変化にも気づかない様子で、不死川は黙りこくって俯いたままだ。

そうしてどのくらいそうしていたのだろうか。

やがて顔をあげた不死川はひどく憔悴したような顔で
「協力しないでもいいんだけどな…錆兎だけは裏切んの勘弁な?」
と言う。

「あ、ああ?
元々俺はその手のしがらみはないしな?
お前の方がうちのお姫さんに害を与えようとしない限りはこっちから何か仕掛けはしないぞ。
自分で言うのもなんだが実家も力があるから、やるなら陰でとかじゃなく堂々と叩き潰すと思う」
と、わけがわからないなりに言うと、不死川は
「あ~、それがイイよなァ」
と、泣きそうな顔で笑う。

正直どう反応して良いかわからず錆兎の方も複雑な表情をしていると、不死川が苦笑した。

「わりぃ。
一郎は実は同郷で幼馴染で同じ奨学生組なんだわ。
今回のことでちょっとヘルプ持ち掛けようとか思ってたら大どんでん返しで途方にくれかけた的な感じか…
ま、でもあっちは俺が気づいたって気づいてないならまだ最悪ではねえし、逆に利用させてもらうかァ…。
大丈夫っ!俺はぜってえにここで名を挙げて兄弟全員大学出してやらねえとだからなぁ」

なるほど。
信頼して頼ろうと思っていた相手が実は敵方だったとなれば、不死川でもさすがに落ち込むのだろう。

それでも浮かない表情だったのは一瞬で、
「じゃ、さんきゅうなァ!
今回は我妻守るだけでオッケーだったわりにイベント2位だし敵の情報も入ったしウハウハだったわ。
大丈夫。実際には色々順調なほうだ」
と、無理やり立ち直って、窓から帰って行った。

…一般人にしてはかなり強いよな、不死川も…
と、そのタフさに感心しながらも、錆兎は最愛の姫君のマッサージのために、急いでアロマオイルの準備をして、お姫さんが風呂から上がってくるのを待つ。

ああ、うちは平和だな…と、自分が銀狼寮の寮長であったことを心の底から感謝しながら…


──9章完──








0 件のコメント :

コメントを投稿