寮生は姫君がお好き914_木は森の中に…

錆兎が今回ずっとしていた銀狼寮の寮生が揃いで身につけている黒地に銀の狼の絵柄のついた手袋を外し、真っ白な花嫁の衣装とはデザインは全く同じだが色違いの淡いブルーの衣装を着たメイドのヴェールをめくる。

薄く頼りなく見えるそれは、世界屈指の警護会社が開発した防護性に優れたもので、花嫁とメイド達をしっかりと守ってくれていた。

物理的な事柄からも、そして情報的な事からも……

そう、錆兎がめくったヴェールの下に隠されていたものは、銀狼寮の宝物、つまり銀狼寮の姫君だった。


「気づかれたら危険だからフォローを入れられなかった。
ごめんな?疲れただろう?」
と、額に口づけるのにかがんだ視線を保ったまま、さらにその額にコツンと軽く自分の額を押し当てる。

普段は鋭い眼光を放つ藤色の眼が柔らかく細められ、愛おしいという気持ちを全く隠す気のない表情で銀狼寮の寮長はちょうどある切り株に自らのマントを脱いで敷くと、姫君を座らせた。

そしてその前に膝をつくと白く細い足を取って、
「…高くはないがヒールだし、足、大丈夫か?」
と、靴を脱がせて丁寧に足を確認する。

そして、
「本当はこんな距離歩かせるべきじゃないのはわかってたんだが、馬車を出させるわけにもいかないし、おぶったり横抱きにしたりして運べば姫君だってさすがにバレるからな」
と言う錆兎に
「いや…一緒に行きたいって我儘言ったのは俺だから、錆兎が謝るところじゃない」
と、義勇がふるふると首を横に振って言った。

「いや…姫君の要望は全てきちんと叶えた上で、姫君に負担をかけないようにイベントを進めるのは寮長の責務だから…」
と、延々と続きそうな二人の会話に終止符を打ったのは、事情を全く伝えられていなかった金狼寮の寮生だった。

「あの…結局今回のイベントって…俺らは銀狼と組んでるって知ったのも今日なんだけど、不死川はいつ、どこまで知ってんの?」

まあ、他寮で同級生なので普通にタメ口でそう聞いてくる金狼の寮生の1人に、錆兎は、あ~…と少し考え込む。

「計画はたぶん…だいぶ前だな。
陣地の改造の発注かける前だったから。
言い出しっぺは銀竜な。
まあ、周知の通り、当日よりも当日前の情報戦がモノを言うから、このイベントは。
銀竜は元々3年生組に同盟の誘いをかけられてたんだけど、あそこの同盟はうち銀狼を潰すためだけのもんで、俺が倒れたら普通に食い合うやつだからな。
真っ先に喰われる銀竜にメリットはない。
ということで、どこかと同盟ってことになった時に、一番守ってもらえそうだからということでうちに来る途中、なんかで不死川と会ったらしい。
それで金狼もソロじゃきついし、うちと近すぎるからという理由で3年生組の誘いもこないから、じゃあ、いっそのことうちに3寮同盟を持ちかけるかってことで落ち着いたらしい。
それで金狼と銀竜が揃ってうちに打診に来たのが始まりだ。
最初は姫君3人ともうちの陣地に置くという計画だったんだが、俺は攻城にでかけて陣地留守にするし、いくら不死川でも別寮の寮生の中にうちのお姫さんを置くのは不安が残るから、不死川が残って俺が出る代わりに兵隊は交換しようということになった。
そうすれば万が一不死川の気が変わっても炭治郎を含めたうちの寮生全員を相手にするのは厳しいだろうしな。
ちなみに…銀竜の村田は今別動隊で金竜を見張ってるが、そっちにはうちの信頼できる寮生をフォローと言う名の見張りにつけてる」
と、錆兎がそこまで説明したところで、──質問…と、金狼の寮生の1人が手をあげた。

確か、田原一郎。
不死川とわりあいと仲が良いクラスメートである。

「それは不死川から言い出したこと?
それとも錆兎から?」
と聞かれて錆兎は

「俺から。
姫君を預けることになるのは俺の方なんだから、不死川の方が持ち掛ける理由はないだろう?」
と即答。

「でも…無理だった。
どうしてもお姫さんを自分以外に預けるのが嫌になってな。
たぶん、今ここにお姫さんがいることは不死川も知らん。
銀狼の陣地は兵隊部屋の奥に銀竜と金狼の姫君部屋。
そこに不死川も詰めてる。
で、その奥に隠し部屋があって、本来はそこにお姫さんを保護しておくことになってたんだが、俺が離れるのが無理すぎて、連れてきた」
と、そのあとにそう続けて、義勇の小さな頭にちゅっとリップ音をたてて口づけを落とす。

「一応な、本来は花嫁部隊は銀狼寮の陣地から注目を逸らすためのフェイクだったんだが、まあ周りもそれがフェイクかどうかに気がいってるから、花嫁が姫君じゃなかったって時点で、ああ、フェイクだなって判断して、メイドまでは確認しないだろ。
信用させるためには嘘はつかず、ただ、言わないことはあるという形が一番だ。
だから今回も花嫁の顔は見せた。
で、3年寮組はそれで花嫁がお姫さんじゃないから俺が今回は連れ歩いてないと判断した。
俺はメイドがお姫さんだって言っていないだけで、嘘はついてない」

言われて金狼寮の寮生達はぽかんと呆けたあとに、一斉にため息をついた。

そして
「物理で強い上にこれだもんなぁ…。
そりゃあ誰も敵わねえよ」
と、互いに苦笑しあっている。

「でも気づかれていなかったとは言え、よく他寮の人間の中に姫君を放り込んだよな。
やっぱり自寮の兵隊で固めようとか思わなかったのか?」
と、田原にさらに問われて、錆兎は3人だけ混じっている銀狼寮の3人に視線を向けた。

「あ~…銀狼寮から3人だけ連れて来てるあいつらはな、自称モブらしいんだがただのモブじゃない。
推しである姫君の事は絶対に守るマンでな、俺がモブ三銃士と名をつけたすごく信頼してるうちの姫君の親衛隊なんだ。
でもって、花嫁とお姫さん以外の4人のメイドもうちの寮生だしな。
俺のすぐ後ろにいるわけだから、俺が異常を察知して振り向くまでの間くらいはなんとでもしてくれる」

「なるほど」
と、その錆兎の説明に田原は少し考えて頷いた。

そして最終的に
「それで?
いつまでここで休憩を?」
と聞いてくるので、錆兎はこのやりとりの間にまとめた考えを元々の計画のように口にした。

「金竜を追ってる村田から金竜の寮長が虎寮に捉まって倒されたという連絡が来るまで?
金竜も銀狼寮の陣地に向かってるんだろうからお姫さんが巻き込まれないように念のためな?
不死川と炭治郎が奴を返り討ちにしても良し、そうじゃなきゃ勝負自体はすでに脱落してる虎2寮が倒して奴が持ってるブレスは近くにいる村田あたりに渡してくれるだろうからうちのものになるし、ちゃんと金狼も3位にはなれるから安心してくれ」

「…ああ、わかった…」
というその説明に、田原はそれでもどこか複雑な表情で頷いた。








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