こうして本来の上弦の弐担当組と合流した村田と錆兎は共に今度は悲鳴嶼、不死川兄弟、カナエ、カナヲ、無一郎が上弦の壱と対峙しているであろうあたりへと急いだ。
悲鳴嶼、不死川兄弟、無一郎は前世で上弦の壱を倒しているが、その時は不死川玄弥と無一郎が戦死、不死川実弥が指を失っている。
これにカナエとカナヲが加わったことでどのくらい犠牲が抑えきれるかということが今回一番の課題ではあったのだが、思いもかけず上弦の参と弐が早く倒れてくれたことによって、炭治郎達と共に上弦の陸に向かっている煉獄以外の柱が勢ぞろいだ。
そして駆け付けた村田達5人。
確かに飛んでもない圧を感じるその部屋に駆け込んだのだが、そこではなんだか不思議な光景が広がっていた。
上弦の壱、黒死牟と鬼殺隊側6名が何故か向かい合って正座をしている。
黒死牟は表情がよくわからないが、鬼殺隊側は悲鳴嶼の隣に座らされている不死川実弥がひどくイライラした顔をしていて、胡蝶カナエは笑顔。
カナヲと無一郎は興味なさげの無表情で悲鳴嶼と玄弥は何とも言えない複雑な表情をしていた。
「…これ…どういう展開だよ…。
お前ん時と違って拳で語り合って仲直りとかでもなさそうだよなぁ?」
と、まず宇髄が微妙な顔をして錆兎を見下ろして言う。
「…少なくとも熱さは感じられないな……」
と、そう言われて錆兎も困った顔だ。
そんなやりとりをする二人だが、今の状況について部屋にいる面々に聞いていいやら悪いやら、相手が上弦の壱だけに戸惑っているようである。
そんなやや戸惑いと緊張を含んだ空気を破ったのは当の上弦の壱、黒死牟だった。
「よく来た…。まず最初に…いきなり攻撃を仕掛けることはないから安心しろ。
詳しい説明はその娘が引き受けるそうだから聞くが良い」
言われて胡蝶カナエが笑顔で振り返った。
「錆兎さん、お疲れ様。
そちらの状況は黒死牟さんから窺ったわ」
で始まる言葉に、村田達5人の混乱はますます極まる。
え?え?黒死牟とも何か和解しちゃったの?!
鬼とも仲良く…を実践出来ちゃったの?カナエちゃん。
なんだか頭がくらくらしてきたが、続く言葉で村田は正確にはそうではなかったことを知る。
「えっとね…黒死牟さんはずっと強い剣術を追い求めて鬼になった方でね…」
と言うあたりで不本意ながら察してしまった。
「…もしかして…錆兎と勝負してみたい…とか?」
「あら、よくわかったわねっ。その通りよ」
と、ややうんざりした声音の村田の問いに、カナエはポン!と胸の前で手を打ちつつもやはり笑顔でそう答える。
そこで自分でも説明を加えたくなったらしい。
「…猗窩座とのやりとりで、頼光四天王の渡辺の直系と聞いている。
ぜひその秘伝を有した男と手合わせをしてみたい」
と、黒死牟が口をはさんだ。
(…おいおい、大人気だな、筆頭…)
と錆兎にはニヤニヤと言いつつも、宇髄はそこは抜け目がない。
「当然他は手を出さずに秘伝の技を見せろってことなんだろうが、そうすると、だ、こっちは無惨戦の前に切り札を見せるってことになるよな?
それなら一か八か全員で普通にかかるほうがマシかもしれねえって選択肢も考えられると思わねえか?」
奥義を全て使って全力でと言うなら、それなりの条件を…などと、今は大人しくしているものの、鬼の中で一番強いのであろう上弦の壱相手に交渉をしかける度胸はすごいと思う。
鬼の中で一番強いと言うことは気位もそれなりに高いのであろうと思われる相手にそれで村田はヒヤヒヤとしたが、黒死牟の方は不快感を見せることもなく
「…それは当然だな。
だから今居る者たちにはすでに説明した」
と言って、その後の説明役をまたカナエに戻した。
戻されてカナエは当たり前に続ける。
「えっとね、鬼は皆自分が経験したり見たりした情報を無条件に無惨に伝達するようにつながっているらしいんだけど、黒死牟さんはそれを切ることが出来るんですって。
だから私たちが来た時点でそれを切っていて、ここで起こった事はここにいる人達以外にはわからないようになっているの。
それで宇髄さんの言う奥義を使って戦うことと引き換えにする条件なんだけど、まず勝っても負けても錆兎さん以外には攻撃行動を取らないし、一切手を出さない。
錆兎さん以外はここに残って勝負を見届けても良いし、先に無惨の元へ行ってもいい。
黒死牟さんは傷の再生はしない。
極力人間に近い状態にして純粋に剣術の腕のみで戦う。
…そんなところですよね?」
と、説明の最後でカナエは黒死牟に確認をするように笑顔で視線を向け、黒死牟はそれに頷いた。
──それなら…断る理由はないな。
と、錆兎が一歩前に出る。
いやいや、一人で上弦の壱とか、お前上弦を舐めすぎっ!と村田はさすがに焦った。
しかし上弦の壱対応組はもう納得しているのだろうし、本人も納得しているのだろうし、止めるのなんて村田一人だ。
なのでせめて猗窩座の時と同じく立会人として残ろうと思ったが、それも錆兎に
──無惨に対峙するのなら一人でも多い方がいい。ここに居て何ができるわけでもないだろう?
と却下される。
──いやいや、俺は義勇に……
とそれでも食い下がるも、
──猗窩座の時は邪魔されたから、もうこれが生涯に一度きりの俺の我儘だ。
とまで言われてしまうと言葉がない。
「これが終われば俺は筆頭家の渡辺錆兎に戻るし、良き家庭人、良き社会人、良き上司として生きることになる。
それになんの不満もないし、それは幸せなことだと思うし、これまでもそう生きてきたつもりだった。
だけど本当に一度だけでいい…剣士としての欲を満たしてみたい。…許せ」
そう頭を下げる錆兎に何故か黒死牟は共感しているらしい。
「…私もかつてはそうだった…。
私は剣のために全てを捨ててしまったが…。
…勝負はする。私の方も全力で戦う。それでなければ意味がない。
もちろんその過程で命を落とすことは当然ある。
しかし無益な殺生はしない。
互いに全力で戦って勝敗を決した時点で息があるとすれば、その時は意味なくとどめを刺すことはしないでお前達に返すことは約束しよう」
………
………
………
上弦は剣術オタクの集まりか?
猗窩座だけじゃなかったのか……
まあ確かに…
毒攻撃をしてきて攻撃を受けると致命傷になる無惨と戦うのと、人に近い状態で純粋に黒死牟と剣術で戦うのと、どちらがより危険かと言うと、もしかしたら前者の方が危険なのかもしれない。
なにより自分以外の全員が賛成している状況で村田一人ごねたところで、全く状況は変わらないだろう。
「うん、わかったよ…。
万が一早々に決着がついたようだったら追って来てくれよな」
村田はそう諦めのため息をついた。
こうして村田は錆兎を置いて、代わりに加わった悲鳴嶼たちと共に無惨の元へと急ぐ。
錆兎には悪いが…可能な限り無惨を早く倒せれば、黒死牟を含むすべての鬼が消えるわけだし…と思いながら。
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