村田の人生やり直し中_68_平和な潜入生活

──旦那さん、頂き物のお菓子、一緒に食べはらへん?
──旦那さん、それより今日着る着物の柄、見繕ってくれへん?

旦那さん、旦那さん、旦那さん……と、今日も錆兎の周りは賑やかである。
なにしろ新しい揚屋の主は驚くほどの男前だ。
遊女達に大人気で、何かにつけて彼女達からのお誘いを受ける。

ただでも良いから抱かれたい…むしろ金を出しても良い…などと、客には塩対応の高級花魁達ですらそんなことを言い出すありさまなので、隣にいる義勇の機嫌が急下降するのが錆兎の今の一番の悩みらしい。

そこで
「はいはい、そういうのは年季が明けて自由になってからね。
というわけで、みんな頑張って稼ぐ準備しようか~」
と、村田がパンパンと手を打ちながら割って入ると、

「番頭さん、いけずやわぁ」
とか、
「情緒足りへんから良い人の一人もいてはらへんのちゃうぅ?」
とか、口を尖らせた遊女達から拗ねたように言われるが、錆兎からは助かったと言わんばかりの視線を送られるので、まあ良しとする。

おそらく村田が敢えてこちらの側の番頭として配置されたのは、その辺の仕事も見据えたものなのだろうから仕方がない。

まあそうは言っても、ことさらモテるということはないが人の良さが全身から溢れ出るような村田のことは遊女達も信用できる気の置けない人物と思ってくれているらしく、口では色々言いつつも基本的には言うことを聞いてくれるし、なんならたまにお茶に呼んでくれたりすることもあるので、関係は悪くないのだと思う。

それに鬼に喰われて死んでしまった初恋の少女以来まったく女っ気のない村田からしたら、錆兎のように遊女達に迫ってこられても困るので、今の立ち位置はまあ気楽でいい。

腕がなまったら困ると、日中に一日3時間ほどは錆兎と交代でお館様が近くに用意してくれた館に鍛錬のため通っていたが、実際、ここに来てからの村田の日常は普通の勤め人となんら変わらない帳面作成の業務で、むしろ普段よりも一般人していた。

今この瞬間も鬼斬りに奔走している他の柱や隊士達、それに敵地に乗り込んで必死に状況を探っている新人3人組と比べると平和すぎて申し訳ないくらいだ。


今日も錆兎が鍛錬に行っている間、護衛がてら義勇と茶を飲んでいる。

上等の煎茶に茶菓子は紅白の梅の形の練り切りで、それを楊枝でちびちびと少しずつ紅を指した口に運ぶ義勇は元男には到底見えない。
まるで良家の令嬢のようだ。

「お前さ、別に座敷に出るわけでもなく部屋に籠っているだけなのに、なんできっちり化粧してんの?」
と、まるで何かの催しにでも参加をするのか?くらいに美しく着飾っている義勇に聞くと、義勇は
「ここの遊女達が錆兎にちょっかいをかけようとするから。
それに負けないようにしなければ…」
と、ぷくりと頬を膨らませる。

いやいや、お前、ここに何をしに来てるの?と聞きたいような言葉だが、そんな問いを投げかければ確実に
「錆兎を遊女達から守るため」
という言葉が返ってきそうなので、村田はその質問は敢えてせずにただ、そうか…と頷いておいた。

そういえば錆兎も錆兎で、自分が鍛錬に行っている間、この揚屋の女の中で一番愛らしい義勇が変な客の目にとまったら大変だから、と言う理由で、自分が居ない間は絶対に義勇から離れるなと、職権を思い切り乱用して村田をここに居させているんだった…と、互いに互いが魅力的過ぎるから他の人間に手を出されたら大変と心配する二人に、とても生温かい気持ちになる。

本当に互いにそんな明後日の方向の心配をするくらいには緊張感のないこの生活だったが、それが続いてだいたい1月ほど経った頃、この平和を破る報は宇髄が3人それぞれにつけておいたうち、善逸に付いていた特殊な訓練を受けた忍獣、通称ムキムキねずみからもたらされた。

…が、その前にちょっとした…と言えるのだろうか…村田の肝を冷えさせるハプニングが起こる……そう、例の変わった上弦によって……











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