ともあれ、村田の予想を軽く裏切って錆兎は激昂したりすることもなく、かなり平静に見えた。
「ああ、勝手に連れ出したことに関しては耀哉には説教しておかないとだが、村田が何かしたわけではないだろう?」
などと苦笑交じりに答える。
「それにまあ…ついていった義勇自身にも責任はあるからな。
そのあたりは本人にもきっちり話をしておかないと…」
と、その後、そう続ける錆兎に、湯呑を錆兎と村田の前に置いていた義勇の手がピタっと止まった。
「だ…だってっ、弟弟子のためだったからっ!
錆兎だって炭治郎の事は特別に目をかけてるだろうっ?!」
こちらも錆兎に叱られるのはとても悲しいらしい義勇が少女の姿のせいと言うわけでもないだろうが両の手を胸の前で揃えて握る、実に女の子らしいポーズと共に訴えるが、錆兎はそれにも淡々と
「お前が一般隊士なら本部からの命令に従うのが筋だが、継子の場合は師範の命が絶対だ。
だから師範の命令は、隊則と同様だぞ。
私情に流されて命令に背くのは論外だ」
と言う。
その言葉に義勇の大きな青い目からポロリポロリと涙がこぼれ出た。
そしてひっくひっくとしゃくりをあげ始めた。
それでなくても義勇には弱い錆兎だが、今は義勇が少女になっているだけあって、余計に哀れを誘う。
一瞬の間のあと
──義勇…
と半身に声をかけた時には錆兎の淡々としていた声音も少し温度を取り戻していた。
普段より一回りは細くなった腕を取り傍に抱き寄せると、言葉を続ける。
「以前から言っているが、俺は親を含む親族、その後に出会って交流の深かった兄弟弟子など全ての身内を亡くしているから、お前だけは失くしたくはない。
だからこそお前の身の安全について俺の判断の及ぶ範囲で管理できるようにお前を一般隊士ではなくわざわざ継子として俺に付けてもらったんだ。
それを超えて俺の目の届かない任務に就かれたら意味がない。
今回だって食らった血鬼術がたまたま命に別状がないものだったから良かったが、攻撃を食らったということは、状況によっては死んでいたということだからな?
俺の人生は常にお前と共にあるのだから、そうなれば俺は黄泉の道をお前と歩くために急いで後を追わねばならん。
お前が死ぬ時は遅れてはぐれないよう、俺もそれを把握しておかねばならんのだ。
それをゆめゆめ忘れてくれるな」
「…錆兎…♡」
あれ?さっきまで叱り叱られな時間じゃなかったっけ?
なんで一瞬でこんな雰囲気になってるの??
あっという間に漂うなんだか甘ったるい空気に村田は居たたまれない気分になる。
元々距離が近すぎる二人だったが、今は義勇が少女になっているのでもう欠片も不自然さがない。
むしろ自分がここにいるのが間違いなんじゃないだろうか…と村田は思う。
「…もしかして…俺、邪魔?」
と聞いてみると、
「「いや?なぜ??」」
とキョトンとした目の二人からそう聞き返される。
もうどう反応していいのかわからない。
そこで村田はとりあえず無難に…と、
「なんだか命に別状がなかったのは良いけど、女の子になっちゃったのは問題ないの?」
と、現状を問うてみれば、錆兎からは
「別に?
とりあえず性別はどっちでも義勇は義勇だしな。
一人で過ごせない赤子や幼児になったとかならば少しばかり考えねばならないが、女になってしまっただけなら全く問題はない。
……これはこれで愛らしいしな」
と、錆兎が、そして義勇は
「全く問題ないなっ!
女性の所作は幼い頃から妹も欲しかったという姉に教わってきたから、錆兎の隣にいても問題ないくらいにはきちんと女出来るぞ」
と言ってくる。
いやいや、そういう問題か?
性別が変わるってもっと大変なことじゃないの?と、村田は思うわけなのだが、二人はそれぞれ二人で過ごすのに問題がなければ全く気にならないらしい。
それどころか、
「もしこのまま術が解けなければ、錆兎に責任を取ってもらって嫁にしてもらえばいい」
とどこか嬉しそうに言う義勇。
いやいや、錆兎がダメって言うのを義勇が勝手に行ってこうなったわけなのだから、錆兎は責任取る義務は全然ないと思うけど…と、村田は思うわけなのだが、普段は聡いはずの錆兎は義勇の事になると思い切り馬鹿になるらしい。
「ああ。万が一そうなったらちゃんと責任を持ってもらってやるから安心しろ」
と、今こうなっている経緯をすっかり忘れたのか、そう請け負っている。
ダメだ、こいつら…
と呆れ返りつつも、とりあえず錆兎に今回の諸々を伝えると言うお館様の依頼はきちんと果たしたので、村田はその場を辞することにした。
しかし恐ろしいことに一難去ってまた一難。
義勇が女になったことで、また未来がとんでもない方向に転がっていくのである。
0 件のコメント :
コメントを投稿