こうして炭治郎達と共に上弦を警戒しながら救助作業に勤しむ村田。
一応後輩3人を暴走させないというのが一番の仕事だったりするのでその場を離れられないわけなのだが、錆兎達の方が気にならないかと言うとそんなはずもなく、チラチラとそちらを目で追っている。
ビリビリと空気が震えるようなすさまじい応酬。
上弦の参は確か武闘派で、血鬼術よりも格闘の色合いが強い。
そんな上弦の参が放ってくるすさまじい攻撃をほぼ防いでいるのは錆兎ではなく義勇の方だ。
正直意外だった。
前世の義勇ならとにかく、今生の義勇は錆兎に保護されておっとりぽわわ~んと生きているものだと思っていたので、こんな風に対上弦戦で普通に戦えるとは想像もしていなかった。
義勇は可愛いけどどこか頼りない…村田以上にそう思っている不死川とかがこの場面を見たならば、また自分は義勇以下だから柱を辞めるとか言い出しそうだ…などと不謹慎な考えが脳内をめぐる。
では錆兎は何をしているかと言うと、上弦の参が攻撃に専念できないように相手に攻撃を加えていた。
…水の呼吸で。
以前村田に見せてくれた実家の奥義を使っていないということはこの場で倒すつもりはなく、本当に夜明けまでの時間稼ぎのつもりなのだろう。
それでもその水の呼吸の型の攻撃は上弦相手でも十分通用するくらいには練度が高い。
正直、水柱である村田より…というか、比べるのが申し訳ないほどの威力である。
なんと何回か刀をかわしたあとに上弦の参からいきなり
「お前も鬼にならないか?
その闘気、練り上げられている。
至高の領域に近い」
と、手放しで褒められて、あまつさえ自勢力にスカウトされる有様だ。
しかし続く
「見ればわかる、お前の強さ。
お前は柱だな?」
の言葉に対して錆兎はあっさり
「いや?俺は柱ではないぞ。
柱は後方で乗客の支援をしている男だ」
とやめて欲しい余計な言葉を吐いて、相手を驚かせている。
「なんと!お前ほどの者でも柱ではないのかっ!!
今の鬼狩りは強者が揃っているなっ!
素晴らしい!!」
と、その錆兎の言葉に鬼は何故かとても嬉しそうな顔をした。
もうわけがわからない。
普通は敵は弱ければ弱いほどいいものなんじゃないだろうか…。
そして柱じゃなくてもいいらしい。
その才能を老いや死で失わせるのはあまりにも惜しいと、上弦の参は錆兎をひたすら勧誘を続ける。
それに義勇がむぅっとした顔で
「錆兎は鬼になんかならないっ!」
と口をはさむのを、
「義勇、危ないから黙っておけ」
と錆兎が慌てて止めた。
義勇が空気を読まないのはいつもの事なのだが、今は強い敵と対峙している最中だ。
余計なことを言って相手を怒らせれば、せっかく自分の方に向いている敵の注意が義勇の方に行きかねない。
義勇を危険に晒したくない。
そんな錆兎の考えを
「安心するがいい。俺は女は殺さないし食わない主義だ。
そんなことを心配する暇があったら俺との戦いに集中しろっ!
全力で戦えっ!!」
と、鬼はニコリと笑顔で否定した。
………うん、そう見えるよね、やっぱり。
…髪にリボンつけてるし、隊服の上着もスカートみたいに裾広がりだし、なにより顔が圧倒的に可愛いしね…
思わず生温かい笑みが浮かんでしまう村田。
炭治郎達はもとより鬼と同じく義勇の性別を勘違いしているので単に義勇の身の安全が保障されていることに安堵の息をつく。
唯一義勇本人はそれを否定する気になったらしく口を開きかけるが、錆兎が慌ててその口を手で塞いで
「義勇、余計なことを考えず防御に集中してくれ」
と、あえて黙れとは言わずに役割を与えることで気をそらせる。
「そうだな。俺に対する誤解なんてどうでもいいな。
それより錆兎を守る方が大切だ」
と、あっさり気をそらされる義勇。
そうしてホッとした様子で、
「そういうことで、戦闘を再開しよう」
と、本当なら時間稼ぎなので戦う時間はなるべく短い方がいいはずなのだが、義勇がこれ以上余計なことを言い出さないうちにとさっさと戦いに戻ろうとする錆兎。
だが鬼の方はふむ…と顎に手を当てて何やら考え込んだ。
「どうした?戦わないのか?」
と、その様子に錆兎は焦る。
「いや…物は相談だが…」
と、結論が出たらしく鬼は顔を上げて錆兎に視線を向けた。
「察するにお前は後ろの女とは恋仲なのだろう?
飽くまで鬼にならぬと言うのは、女と離れがたいからか。
ならば女も一緒に鬼にしてやると言ったならどうだ?
そうすれば二人で永遠に共に生きられる」
あ…なんか脱力してるな、錆兎…。
と、村田は内心苦笑した。
何故切迫した上弦戦でこんな話になっているのかもうわけがわからないと言ったところだろう。
「…そういう問題ではない…。
確かに俺達は一生共にあろうとは言いあっているが、それは人として生まれて人として共に人生を全うするというものだ。
鬼として生きるつもりはない」
はぁ…と思わずため息を漏らしながらも答える錆兎に、鬼は、なるほどっ!とポン!と広げた片手の手の平をもう片方のこぶしで叩く。
何がなるほど?
また何か明後日の方向のことを思いついたのか?
と、村田は思ったし、錆兎もきっと思っている。
「それではあと2年待ってやろう!」
突然の宣言に錆兎はよくわからないと言った様子で眉を寄せた。
もちろん村田にもその発言の真意はわからない。
「…その2年と言うのはなんだ?」
と錆兎が思わず問えば、鬼はドヤヤっとした顔で胸を張った。
「鬼になれば子が作れないからなっ!
好いた女との子孫を残したいということだろう?!
早急に祝言を挙げて子を作り、子が産まれて1年ほど経って離乳してからならいいだろう!」
…この鬼はぁぁ~~!なんなんだ、いったい!
脱力したのは当然村田だけではない。
当事者である錆兎は誰よりもあきれ返っている。
そう、呆れるあまり言葉のない錆兎が唖然としていると、錆兎の後ろで義勇が再度口を開いた。
「錆兎は俺だけのモノだし、俺では子どもは産めない」
前半はむぅぅっとした顔で、しかし後半は声も小さくなってうつむく義勇。
「ふむ。病か何かか。
気にすることはない。
俺の知己の鬼にどんな石女でも…それこそ老女やなんなら男でも一時的に子を孕める体にできる血鬼術を使える奴がいる。
お前達が子が出来て嬉しいと言うだけではなく、これだけ強い男の血筋が続けばいずれ俺の好敵手になってくれるだろうし、俺も楽しいっ。
全員楽しくてめでたしめでたしだっ」
と、それも満面の笑顔で言う上弦。
おいおいおいおい…と思っていると、錆兎も我に返ったらしい。
しかし
「そういう問題じゃっ……」
とまた反論しかけたところで、長い夜が明けかける。
「しまったな。
もう少し戦いを楽しみたかったが残念ながらそろそろ夜があけそうだ。
戦いの続きはまた後日だっ」
と、一人で饒舌にわけのわからない話をし続けた鬼はそう言って鬼特有のすさまじい身体能力を駆使した跳躍力で止める間もなくあっという間に後方の森へと消えていった。
…前世ではあんなのに煉獄さんがやられちゃったんだ…
と、半ば呆れつつも鬼が消えた森の方に視線を向ける村田。
錆兎もしばらくは警戒するように鬼が消えた方向を見ていたが、やがて
「…変な鬼だったな……」
と、もう身も蓋もない感想を述べた後、列車に乗っていた乗客の救護に加わった。
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