不死川実弥は自分が柱とは認めていなかった。
風柱の座を拝命した時、断固として拒絶した。
一緒に戦って情けなく血鬼術にかかった自分を救って、最後の最後で命を落とした兄弟子が倒したも同然だ。
その兄弟子が死んだからと一緒に戦っていたということでその手柄を自分のものにするほど落ちぶれてはいない。
それは不死川の矜持でもあり良心でもあった。
しかしそんな個人の心情を組めるほど鬼殺隊も人材には恵まれてはいない。
まずは古参の柱に、次に少しでも自分を知っている方が良かろうとお館様の補佐役である錆兎に説得を受けた。
だが不死川は説得されることはない。
錆兎は古くから続く鬼退治の名家の家の嫡男で、幼い頃から剣技を学び、呼吸の型は元水柱の育て手に引き取られて学んだそうである。
見た目は唇から右頬にかけて大きな傷があるが、同じ傷があっても不死川と違ってどこか品よく凛々しく眉目秀麗。
元の才能もそれを開花させる環境も全て持ち合わせた上で、早くからお館様に召し上げられたために一緒に育った兄弟弟子を危険に晒すことなく自身の手の内で保護できている。
別に錆兎は悪い奴ではない。
彼自身はそんな鬼殺隊どころか神からも特別待遇を受けているような環境に居てもなお驕ることなくむしろ腰が低く皆に親切で、愛想がないどころかハリネズミのようにとげとげしい不死川にすら非常に友好的に接してくれるいい奴だ。
それでも自分がどん底の時にそんな恵まれている人間を目の当たりにするのはとてもつらい。
大勢の人のためにと言われても、そんなん自分の数百倍も恵まれているお前が頑張ればいいと返したくなる。
どうせ不死川がちまちま狩ったところで、たぐいまれなる才能を持ってさらに英才教育をされたような彼には敵わないのだ。
そんな風にわめき散らすと彼が心底悲しそうな顔をしたので、不死川は何故だか罪悪感にかられて走ってその場を後にした。
そうして一日ばかり藤の家に引きこもっていたが、それでも任務は命じられるし、命じられるからには行かねばならないと、不死川は不承不承刀を引っ提げて二人任務の相方を待つ。
最後の任務が匡近との二人任務だったこともあって二人任務は避けたいと思っていたが、そういうわけにも行かずイライラしていたところにやってきたのは、これまたイライラする旧知の相手、村田だった。
村田は癸の頃から知っている1歳年上の隊士である。
穏やかでなんのかんので面倒見のいい性格で、目立って強そうということはないのだが、実は強いらしい。
なにしろ錆兎の親友で、その昔錆兎が世話になって助けられたのだという男なのだ。
弱いわけがない。
そのくせ謙遜なんだか自分が弱い弱いというのが気に障って見かけるたびに勝負をふっかけたのだが、相手にされず。
そうして弱い弱いと言いつつ、一緒の任務に就いた他の隊士からは優しく強く冷静な理想の上官などと言われて、気づけば柱になっていた。
やっぱり弱くねえんじゃねえかっ!…と思いつつ、いつか秘かに超えてやろうと思っていた相手だった。
だが今にして思えば別に錆兎に一緒に任務に行ってもらっていたわけでもなく、一人淡々と任務をこなして当たり前に水柱に就任していた村田は本当に強くて、匡近の犠牲の上でなんとか柱の条件を満たしたような才能も実力もない自分がそんな相手に勝負をふっかけていたのはたいそう身の程知らずだったんだろう…。
そんなことを色々思い当ってしまえば、村田は今会いたくない人間第二段かもしれなかった。
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