鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_02_宍色の髪の少年

その夜は綺麗な満月だった。
そんな月明かりが照らす中、義勇は紫の花…藤の咲き誇る山を登った。

そこはその名も藤襲山。
鬼が苦手とする藤の花に囲まれた、鬼殺隊最終選別が行われる場所である。



その場に集まったのは係の者の他に二十数名ばかりの少年少女。
彼らは義勇と同じく最終選別を突破するべく集まった鬼殺隊入隊希望者たちだ。

さて、誰が強くて生き残るのか…それとも皆もろともに命を落とすのか。
それは神のみぞ知る…だ。

命の未来が知れぬのは、義勇自身も例外ではない。
義勇の正体が知れないように、ひとたび外に出れば一切の特別な配慮はしない…
それが無惨の意志なので、藤に囲まれたこの地の鬼は義勇のことは知らないし、当然他の候補者に対するのと同様に襲いかかってくる。

全てにおいて特出しないように…と、それも特別な扱いを嫌った無惨の方針で、松庵のもとでも普通の弟子に対するように学ばされたので、剣の腕も格段に強いわけでもない。

つまり義勇自身、ここで命を落とす可能性は多々あるということだ。

だからここでもまた、”怖い”と、思う。
そして死の瞬間もまた、そう思うのであろうと、義勇は最終選別が始まりもしないうちから震えが止まらなかった。



──大丈夫か?…寒いのか?

そんな声をかけられたのは、係の人間に最終選別についての説明を受けている最中のことである。

たまたま隣に立っていた頭に狐の面をつけた少年。
綺麗な宍色の髪にこの山の麓に咲き誇っていた藤の花のような色合いの瞳をしている。
強い意志をもって輝くその瞳は、鬼を滅するための鬼殺隊の隊士にふさわしいように思えた。

誰しもが緊張して身を固くする中、そんな風に他人を気づかえるなど、なんて心の強い人間なのだろうか…と、義勇は眩しさに目を細める。

そんな義勇に彼はきりりとした眉を少し寄せて、

「体調が悪いのか?なら…選別は見送った方がいいと思うぞ?
7日間の長丁場だ。途中で倒れでもしたら命取りになる。
選別を受けるのが一年伸びるのは厳しいかも知れないが、命を落としたらなんにもならないぞ」
と、案ずるように義勇の顔を覗き込んできた。

久々に感じる温度。
彼はどこか暖かかった。

──…大丈夫…体調は悪くない。ありがとう…

”怖い”…と思う感情は消えることはなかったが、それでもどこかホッとしたような気持ちで顔をあげてそう言うと、彼はやはり気遣わしげに言う。

──では、寒いのか?
──…少し……

理由がわかるまで問われそうな気がして、義勇がとりあえずその問いかけに肯定して頷くと、彼は

──…そうか…
と、少し考え込んで、そしておもむろに自らの羽織を脱いでそれを義勇に羽織らせた。


──選別が始まってしまえば動くことになるから嫌でも暑くはなるだろうが、説明の間はそれを羽織っておくといい。

少年の言葉は暖かくて、羽織以上に義勇を温めた。
いや、言葉だけじゃない。
存在自体が温かい気がした。

白い羽織は少年の無垢な優しさをそのまま現しているようだと思う。
義勇はこんなに心根が綺麗な人間をみたことがなかった。


こうして説明が終わり解散と相成って義勇が羽織を返すと、ふわりと真っ白なそれを着込む姿が、なんだか神々しい。

思わず凝視する義勇に、少年は力強い笑みを浮かべると

「互いに生き残ってまたここで会おう!
俺は錆兎だ。お前の名は?」
と、聞いてくるので、義勇は

「…義勇…。さっきは羽織ありがとう」
と、答える。

すると少年は最後に
「ぎゆう…そうか、ぎゆうか。良い名だな。
俺はおそらくあちこちを走り回っていると思うから、困った事があればでかい声で呼んでくれ。
もし近くにいるようなら駆けつけて助けるから!」
と、そう言うと、軽やかに走り去っていった。

なんだか不思議な少年だ。






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