鬼舞辻無惨の間者は宍色の髪の少年の夢を見るか?_01_序章

──義勇…とうとう今宵だな。

…体温を感じない手が義勇の顎を捉え、上向かせる。
その仕草に視線を向ける事を暗に命じられていることを察して、義勇は深い青色の目を無惨に向けた。

そこには鬼の頭領…そして姉の仇である男がいる。

確かに機嫌よく綺麗な笑みを向けているのに、同時にひやりと冷たい目。
おそらく自分も従順な子どもの仮面の下でそんな空気を見せているのだと思う。
そんなことを思いながら、義勇は促されるまま無惨の目をじっと見つめた。


──お前のその目…身を切るような冷たさを持った青い目は悪くはない。

義勇を見下ろして、無惨が言う。
義勇は鬼ではない。
だから無惨にその心の内が見える事はない。
なのにそんな義勇の心を読んだように、無惨はそう言って楽しげに笑った。



もう7年も前のこと…義勇はまだ6歳で、両親亡きあと義勇を育ててくれた一回りも年の離れた姉は翌日嫁ぐ予定だった。

引っ越しと新しい生活。
義兄になる人は義勇というコブごと姉と人生を歩んで行こうとしてくれるような人だったから、かなりいい人なのだと思う。
だから、義勇自身は不安と戸惑いを感じてはいたものの、姉のためには喜ぶべき…と、そんな風に思っていた。

ところがそんな新しい生活はついに訪れることはなかった。
夜もだいぶ更けた頃に突然に家に押し入ってきたのは、角と牙を持つ鬼と綺麗な男。
姉は義勇に逃げるように言って勇敢にも幼い弟をかばうように立ちはだかったが、か弱い女の身で何ができようか…
あっという間に喉を裂かれて絶命する。

そんな風に姉を目の前で殺されても、義勇の脳裏にまず浮かんだ言葉は”憎い”でも”悲しい”でもなく、”怖い”だった。

大好きだった優しい姉の死を悼むよりもまず浮かんだのは自らの身を案ずる言葉だったのである。
そのことに自分があまりに薄情で下劣な人間なのだと義勇は絶望した。

姉が目の前で鬼に喰われている。
それを呆然と逃げることも止める事もできずに見ている自分を抱き上げたのは、鬼とともに訪れた、ゆるく波立った黒髪の綺麗な顔をした男だった。

ああ、そう言えばその時も、無惨は義勇の心の内を読み取ったように言ったのだった。

──恐ろしさに…情けが消えて、心が凍ったか……
と。

それはまさにその時の義勇そのもので、無惨が義勇を気に入った理由だったと言ってもいい。

──私を恐れるがいい。恐れて役目を果たしている間は殺さずにおいてやろう…

そう言って無惨はゾッとするように綺麗な笑みを浮かべた。
そうして義勇は姉の仇の元で育てられることになったのである。


その後、無惨の館に連れて行かれた義勇が知ったこと…
それは、無惨は人間の中に怪しまれずに入って行ける人間を求めている、ということだった。
もっと言うなら、鬼を狩る鬼殺隊の中に間者として入って情報を流すなり、時には暗殺まで請け負える者。

そのためにすでに様々な手を打っていて、その一環として将来鬼殺隊隊士となる若者に育てようと、義勇を連れ帰ったらしい。

「凍った心を持った凍った水の色の瞳を持つ子ども…
お前は私が自ら育てよう。
そうして私を恐れ続けて鬼殺隊に入り、いずれ柱の元までたどり着け。
そうして鬼狩り共の懐の内をかき回し、内部から奴らを突き崩せ」

そういうわけで、義勇は10になるまでは無惨の元で薬学や心理学など、諜報に必要になりそうな事について学び、その後は無惨の息のかかった水の呼吸の育て手、柳沢松庵という男に預けられ、そこで水の呼吸を教わった。

そうして義勇は無惨に連れられて8年後…13歳のある日、松庵の元から無惨の館の一つに連れてこられた。

昼ではあるが日が射さぬ窓のない部屋の一室で、とても冷たい目をした無惨に温度のない笑みを向けられながら、義勇は冒頭のような言葉をかけられたのである。

無惨が今宵と言ったのは、鬼殺隊の最終選別試験のことだ。
そう、義勇は今宵、松庵から与えられた刀一振りを携えて、最終選別へと向かうことになっている。

それに対しても義勇が思うことは、”怖い”ということ、ただ一つなのである。







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