村田の人生やり直し中_38_やさぐれ実弥

──ひぃい~、きっつっ!

村田が水柱になって早3か月が過ぎようとしていた。

それまでもなるべくなら単独任務を回してほしいと我儘を言う代わりに件数を多くこなしていたので多少の忙しさは余裕かと思っていたが、それがとんでもなく甘い考えだったということを就任1週間もすれば思い知る。

それまでの任務は急を要するものも少なくはなかったが、火急というほどのものはそう多くなく、無理そうならその旨を言えば他に打診をしてもらえた。

だが柱に回ってくる任務は他の隊士ではこなせなかった任務ばかりなので火急な上に難易度もけた違いに高い。

それだけでも十分きついのだが何より厳しいのは、そうやって救援に向かった先では他の隊士に対して『柱である自分が来たからにはもう大丈夫!』という風に思わせなければならないことだ。

身近で言うなら錆兎はそれが抜群にうまかった。
前世で一度は死んでいることがわかっている最終選別でさえ、そばにいれば絶対に大丈夫という安心感を感じさせてくれた。

まあ実際に他よりとてつもなく強いわけなので、当時のまだ少年期の未熟さで平静さを失わなければ、それは真実であったのだろう。

だが自分は違う…と村田は自身を振り返る。
特別な血筋なわけでもなく特別な才能があるわけでもなく、ただ過剰に評価されて振られる役割のせいで死なないためにコツコツと鍛錬を積み重ねていたら、いつのまにか柱にまつりあげられてしまっただけの凡人だ。

周りをみれば古参の柱達はもちろん、若手でも自信満々に見える宇髄、苦境の中でも笑顔を絶やさないカナエ、体格も良く居るだけで頼もしさに満ち溢れている悲鳴嶼など、みんな強そうに見える。

この地位に場違いな自分に地味にストレスを感じながら、村田は毎日難関任務に駆り出されてひきつった笑みを浮かべ続けた。

任務についていない時でも次の瞬間また呼び出されるので、心も体も休まらない。
少女のカナエですら楽々こなしているように見える役割をこなすのに、村田はすでにつぶれてしまいそうだ。

そんな風に立派な柱の中で押しつぶされそうな気持になっていたある日、彼は来た。
村田にとって初めての後輩柱。
それは旧知の男だった。

不死川実弥…風柱に就任。
それを村田が知ったのはその月の柱合会議の1週間前である。


あれだけ自分にライバル心を抱いていた男だ。
自身も柱になったことで鼻高々だろう。

まあ…あるいは今度は自分の方が就任が遅いことが気に入らないと突っかかってこられるかもしれないが、そこはぜひしんどい任務をガシガシこなしてもらって、さすが凡人の自分とは違い風柱様はすごい!…とおだてておこうと思う。

まあ実際彼は前世でも風柱で一般隊士で終わった自分よりは確実に強いのだから嘘ではないし問題はない。

そんなことを思って柱合会議を待っていたのだが、なんとその前日にお館様に呼び出されてしまった。


──いきなり呼び出して申し訳なかったね。
とにこやかにおっしゃるお館様の後ろには当たり前に錆兎が控えている。
そしてこちらは少し難しそうな顔だ。

その対比に、ああ、なんだか面倒ごとが起こっているんだなと、村田は嫌でも察してしまった。

──耀哉様、私から説明をしても?
と、錆兎が少し前に身を乗り出してお館様にお伺いを立てる。
それにお館様が頷くと、錆兎は改めて心底困った顔で村田に向き直った。

──実弥が…やさぐれ中なんだ。
──はぁ???

なかなか衝撃的な言葉選びで始まった錆兎の話を要約すると、今回不死川が柱になる条件を満たした下弦の壱討伐だが、その際に共に倒した不死川の兄弟子の粂野匡近が戦死したのだそうだ。
そのことで不死川は粂野を犠牲にした下弦の壱討伐は自分の手柄ではないし、自分に柱になる権利はないと言い張っているらしい。

──その説得を頼みたくて今回お前を呼び出したわけなんだ。
──ええ?!!無理無理!なんで俺?!
──不死川の師範は昨年亡くなっていて、兄弟弟子は粂野以外にいないから、奴を知っている人間が他に居ない。
──居るじゃん。
──俺の事を言っているならすでに失敗した。
──なんでっ?!!お前そういうの得意じゃんっ!!

お館様の代理も務めるくらいの人間が説得できないなら、自分ごときが説得できるわけがない!
そう主張すると、錆兎は大きくため息をついたあと、
──俺は…一般の人間が何故鬼殺を続けるのかわからないんだ…
と、ぼそりと呟いた。

──だいたいが家族が鬼に殺されたからとかじゃないの?
村田自身もそのために鬼殺隊に入隊したのでそう思っていたのだが、何がわからないんだろうか?と首をかしげる。

すると錆兎はそれに対して
──きっかけはな。
と、一言。

──きっかけは?
──そう。それはきっかけだろう。実際は辛いであろう生活の中で心が折れることなく続けられる理由はそれだけでは足りないと思う。
──う~ん……

悩む村田に錆兎は続ける。

「俺は実家が剣術家で刀を振るうのが当たり前の家だった。
遠い先祖は鬼退治で有名だったしな。
祖父は鱗滝先生の継子だった人で、あるいは俺も家族が殺されなくても年頃になれば先生の所に預けられていたかもしれない。
そんな環境だったからそれまで刀に無縁だった人間が刀を握る大変さが知識として理解できたとしても経験的にはわからない。
さらにこれは実弥にも指摘されたが俺には義勇がいるから。
今の俺の生きる理由で希望で…義勇が居ればたいていのことは耐えられるしな。
実弥にも義勇が居るお前にはわからないと言われたんだ。
唯一無二の存在が生きているだろうと、そこを指摘されるともう俺にはお手上げだ。
あとはもう全てを失った一般人というところから努力して苦労して柱にまでなったお前に任せる以外に本当に思いつかない。
もちろん自分に出来なかったことをお前が達成できなかったからと言って責めたりすることは絶対にない。
ただ鬼殺隊と実弥自身のために話してみてはもらえないか?」

ぜんっぜん自信はないが、そういう事情とそれこそ前世の記憶…つまり彼が無惨戦を最期まで現役で乗り越えて生きながらえたたった二人の柱の一人だと思うと、ここで戦線離脱させるわけにはいかないだろうと村田も諦めた。

これはおそらく今生で無惨を倒す難易度を決める正念場だ。

「一応やってみる。だけど説得できるかはわからないからね?」
と仕方なしに引き受けると、錆兎も…そしてそれまでは余裕の笑顔に見えたお館様もどこかホッとした表情を見せた。











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