「よく来たね、大志。これからは水柱としてよろしく頼むよ。
水の呼吸は使う子も多いから手本になってあげてね」
そう、お館様がにこやかにお声がけされる。
ありえないことに凡人の自分に、だ。
あの錆兎達と一緒の任務の日、たまたま斬った鬼が十二鬼月だった。
そして間が悪いことに現在自分が使う水の呼吸の人間の最高位である水柱が空席であったので、錆兎が言ったのである。
──ああ、おめでとう!たぶん明日には水柱だ。……と。
まさかと思った。
だってあるわけがない。
自分は凡人中の凡人で、柱になれるような人間ではないのだ。
半分は錆兎の冗談かと思って流していたのだが、なんと任務の帰り道に通達がくる。
そう、自分を水柱に昇進させるという通達が……
運悪くそれを伝えられた時に不死川も同席していて、まだ齢17歳で柱に就任とか、さんざん一般隊士で人生を終えるとか言っていたくせに、このほら吹き野郎がっ!と、追いかけまわされた。
それでも最高位に出世なのだから普通なら喜ぶところなのだろうが、村田は2度目の人生なのでよく知っている。
柱は強さも責任もとんでもないし、それを背負える人材がなるものだ。
あの無惨を相手にまるで剣術の博覧会のようにそれぞれの呼吸の型を駆使して戦う柱達は、一般隊士とは天と地との差があった。
無惨とやりあう彼らに比べて自分達一般隊士は無惨に向かっても瞬殺されるだけ。
むしろ柱達の邪魔になるだけなので、必要なら柱を守るために肉盾になるくらいしかできなかった。
今、あの時の無惨戦になって自分があんな風に戦えるかと言うと、絶対に無理だと思う。
自分はやっぱり瞬殺される側だ。
これは断るしかない。
直接お会いする機会に辞退を申し出よう。
村田はそう思って、初めての柱合会議に足を運んだ。
緊張のあまり少しばかり早くついてしまった産屋敷家。
仕方がないので腹心としてその敷地内に離れを建てて頂いて住んでいるという錆兎を訪ねる。
館の裏の大きな庭に建っている離れは現在お館様一家の次の権限を持っている人間の家としてはずいぶんとささやかで質素な感じがするが、それがまた錆兎らしい。
──錆兎~、邪魔するよ?
と、声をかけてガララと戸を開ければ、すでに隊服を着こんだ錆兎に羽織を着せかけようとぴょんこぴょんこ飛び跳ねている義勇がいる。
──義勇…無理に羽織を着せかけようとしないでも……
と苦笑する錆兎に
──いや、錆兎の世話は俺がするんだっ
と身長差で上手く着せられず、しかしなんとか着せかけようとする義勇。
それに
──わかった。少しかがむから危ないからいったん止まれ。
と義勇の手が届くように身をかがめて言う錆兎の義勇を見る視線はなんだかとても優しい。
──できたっ!
と、錆兎にようやく羽織を着せられて満足げな笑みを浮かべる義勇。
なまじそんじょそこいらの女子も真っ青な愛らしい顔立ちをしているので、めちゃくちゃ可愛い。
とっても可愛い。
すっごく可愛い。
……
……
……だが、男だ。
これが女だったらまるで新婚夫婦の夫が出かける前のやり取りみたいだ…などと思いながら、
「義勇は?柱合会議は出ないの?」
と、声をかけると、二人揃ってこちらを向く。
一応村田が来たことにはきづいていたらしく、そこに驚いた様子はない。
まあ…こんな二人のやりとりは最終選別7日間を一緒に過ごした頃から散々見せつけられているので、村田も村田である程度は慣れっこだ。
そうして片手で義勇の肩をしっかり抱きながら、錆兎は村田を振り返って言った。
「あ~…一応柱とお館様の会議だからな。
他に同席していいのはお館様の介助のためのお嬢様二人とお館様の仕事を手伝っていて代わりに伝えることも把握している俺までな。
俺が把握していなくて俺の手伝いをしている義勇が把握していることはまずないから、義勇は留守番。
お館様の跡取りでいらっしゃる輝利哉様ですら同席されないくらいだから」
「あ~、そうなんだ」
と、村田が今度はチラリと義勇に視線を向けると、義勇は何故かドヤっとした顔で
「俺は錆兎専属の補佐役だからっ!
錆兎が鬼狩りに出る時は同行するし、普段は錆兎の羽織や隊服の手入れから下着の洗濯まで全部するし、少しずつ料理も覚えたっ。
風呂で背中だって流すしなっ。
輝利哉様は仕事の話はするし、勉強も教わるが、あとは一緒に遊ぶだけで、錆兎の生活の一切合切は俺が仕切ってるんだっ」
と胸を張って言う。
とりあえず…そうか、嫁だなという感想を持ちつつも、そこに何故輝利哉様が出てくるのかだけがよくわからない。
そこで
「なんで輝利哉様の名前が出てくんの?」
と首をかしげると、義勇がぷくぅと頬を膨らませた。
「輝利哉様はすぐ錆兎をとるからっ。
錆兎の一番は俺なのにっ」
うん、ぜんっぜんわかんない。
そんな思いを込めて錆兎の視線を向けると、錆兎はいつものように片手を額にあててため息をつく。
「お館様ご夫婦は忙しいし、お子様たちは輝利哉様以外みんな女の子だからな。
男の俺が来て嬉しいらしく、仕事以外の時間でもよく遊びに来られる」
なるほど。
確かに立場上普通の子どものように外に友達を作ることもできず寂しいだろう。
「でもさ、それなら義勇と遊んでればいいんじゃないの?」
「あ~なんていうか…自分より大人に遊んでもらいたいらしい。
義勇はなんていうか…ほら、”弟育ち”だから」
「理解した」
確かに前世と違って錆兎の傍で生きてきた義勇は年の離れた優しい姉に育てられたというのも納得できる程度には弟オーラ満載だ。
一緒に遊ぶことは出来ても遊んで差し上げるというタイプではない。
一方の輝利哉様は輝利哉様で、立場上子どもで居ることが許されなかっただけに、そこを離れたら甘えられる相手と過ごしたいのだろう。
そこで互いに錆兎の一番でありたい二人がぶつかりあっているらしい。
「…それ、お館様には相談した?」
「ああ。真っ先に。
だが、輝利哉様は立場上誰かと競争するとかいう経験をすることが出来ずに育ってきたから、そうやって誰かと競い合って切磋琢磨して己の欲しいものを手に入れようとするのは良い経験になるとおもうから、俺には手間をかけさせて申し訳ないがそのままにしてやってくれと逆に頭を下げられて…」
そう言いつつ小さく首を横に振る錆兎に村田は秘かに同情する。
それでなくとも鬼殺隊の仕事でも非常に多忙なのに、子ども二人の世話と仲裁役とは…。
本当なら自分の水柱辞退のことも少しばかり錆兎に口を聞いてもらえないかと思っていたのだが、もうこれ以上面倒ごとは持ち込めない。
そんなことを考えていると、錆兎が
「とりあえず上がれ。
早く着きすぎて時間を潰したくてきたのだろう?」
と、錆兎が少し避けて、村田を中へと促してくれる。
「ああ、なんだか悪いな」
とそれにそう言いつつ上がらせてもらうと、錆兎は
「いや…俺もどうせ行く先は同じだし、一緒に行こう。
愚痴は聞く。
でも辞退は無理だぞ?」
と、恐ろしいことに村田の考えをまるっと読んでいるようにそんな発言をして、台所に茶をいれに行く義勇を見送って村田を茶の間へと案内した。
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