勝てば官軍桃太郎_38_決戦

「…なんだか…ほどよく緊張がほぐれるね…」
ずず~っと茶をすすって言う産屋敷に、

「肉体疲労と精神疲労…どちらがまずいかと言えば、少なくとも不死川の場合は肉体疲労は気合と根性で乗り越えると思うので…」
と、やはり意図的だったのだろう。宇髄が同じく茶をすすりながら言う。

「無惨の件も…緊張がほぐれる方向で片がつけば良いんだけど…」
ほぅ…と湯呑に顔を埋める産屋敷に、今度は錆兎が

「まあ…第二の作戦が功を奏すればそういう結果になることもあるかもだが…どうだろうな…」
と、湯呑に視線を落とし…そして…

「…来たな」
と、顔をあげた。



静かなその言葉に、しかし全員門の方へと視線をむける。

…鬼舞辻…無惨……

錆兎と産屋敷は数度目の…そして宇髄と不死川、そして九郎は初めて見るその姿。
前回と違うのは、その後ろに6つ目の侍のような鬼を連れている。
言うまでもない、上弦の壱だ。


「今日…来ると思ってたよ。初めましてだね、無惨」

にこやかにそう言う産屋敷。

それに対して無惨は
「貴様だけは私自身の手で殺そうと決めているからな」
と、淡々と言う。

張り詰める空気。

それを破ったのは
「へぇ~あれが鬼舞辻無惨ですか。意外に普通の人なんですねっ!
もっとすごい化け物かと思ってましたっ。
むしろ後ろの鬼の方が鬼っぽいです」
と言う緊張感のない声。

その九郎の頭を不死川がつかんで、ゴン!と床に押し付けて黙らせるが、無惨は思い切り眉をしかめてそちらを見ている。

「…ずいぶんと…質の低い隊士を雇っているようだな」
と、険のあるトゲトゲとした口調で無惨が言うのに、産屋敷のほうは飽くまで穏やかに

「子どもは素直なものだから…失礼なことを言って申し訳なかったね」
と、応じて、さらに無惨の眉間のしわを深くさせた。

青ざめる不死川。
無反応な上弦の壱。
錆兎はどう反応していいやらわからず警戒はしつつも無言。
宇髄は震えている…笑いをこらえすぎて……



「まあ、いい。
その程度の者しか付き従わせられないのだろう」
コホン…と一つ咳払いをして話が始まるかと思いきや、九郎が不死川の手から抜け出して

「俺程度じゃない!鬼殺隊には村田さんていうすごい隊士がいるけど、雑魚は相手にしない主義なんだっ!
だからお前ごときのために出てこないだけだ!」
と、言うものだから、不死川が頭を抱え、錆兎は片手で顔を覆い、そして宇髄は完全に床に突っ伏して吹き出した。

プルプルと怒りに震える無惨。
今まで彼にこんな暴言を吐いた輩は鬼殺隊側にですらいなかっただろう。

「私は鬼の頭領であり、雑魚ではない」
と言う声はすでに怒りの色を隠してはいない。

「はぁ?自慢の上弦の一人は柱ですらない村田さんがプチっと捻り潰して、他も鬼殺隊の桃太郎、錆兎様に倒されて、今お前が連れてるのはたった一人きりだろ。
上に立つ才能なさすぎじゃないか?!」

「おのれえぇぇーーー!!!」
と無惨が叫んだ時点で、後ろの上弦の壱が静かに
「斬り捨てますか?」
と、聞いてくるが、無惨は
「お前は手を出すなっ!あいつだけは私が倒して、そのあと奴が言う村田とやらをバラバラに刻んで下級鬼の餌にしてくれるっ!!」
と、怒鳴りつけた。

そこで
「御意…それでは控えております」
と、上弦の壱は一歩後ろに下がったところで、黒かった無惨の髪が白く伸び、その背から腕の他に9本の蔓のようなものが現れて、それがまっすぐ九郎に伸びてくる。

「宇髄っ!!」
「承知したっ!!」

錆兎の声で宇髄が動いた。

庭から無数の罠が発動して無惨の身体をマキビシが襲う。
さらに鎖に繋いだ苦無で身体を拘束し、そんな中でいくつかのマキビシは無惨の身体の中に食い込んで吸い込まれていった。

そこで上弦が刀に手をかけるが、
「この程度の雑魚の攻撃などで言葉を違える必要はないっ!!
この程度でお前は動くなっ!!」
と、無惨に怒鳴られて、また動きを止める。


九郎に向かった蔓は不死川が斬り続け、錆兎は無惨に向かって走り、宇髄は産屋敷を守りながら鎹鴉達を残りの柱に向かって飛ばした。



──弐ノ型、白虎!!

錆兎はいくらかは自分にも向かってくる蔓を避けながら無惨に接近し、その身体に小さな剣戟を入れていく。

「鬼殺隊の桃太郎か。名ばかりだな。全く傷すら負わないぞ」
と、無惨はあざ笑うが、元より傷を負わせる技ではない。

神経を分断することによって蘇生をするのを遅らせ、斬っても斬っても再生する蔓のほとんどを1人で受けている不死川の援護をしているにすぎない。

無惨の毒を受けた時の血清は前世で珠世が完成させていたものを今生ではすでに量産はしているが、鬼とは違って受けた傷は普通に瞬時に癒えることはない。
他が駆けつけるまでは実弥に踏ん張ってもらうより他はない。


おそらく本格的に危機に陥れば、上弦の壱が動かされる。
それまでに柱の誰かが着いてくれなければ、かなり厳しい戦いになるだろう。

「おまたせしましたっ!!」
と、最初に駆け込んできたのは胡蝶カナエ。

「宇髄と代われっ!!」
とだけ言うと、胡蝶は建物内に飛び込んで宇髄の代わりにお館様の前に立った。

そして
「逆でっ!!」
と、飛び込んできた宇髄に、場所を譲る錆兎。

音で無惨の体内の変化を感知して神経攻撃を出来る宇髄の存在が本当にありがたい。
正直この手の繊細な剣技は錆兎はあまり得意ではないのだ。

こちら側がそうやって色々体制を整えていることにようやく気づいたのだろう。

「黒死牟!何をやっているっ!貴様も戦えっ!!」
と、さきほどまでの主張とは一変したことを怒鳴る無惨に文句をいうこともなく、刀を抜く上弦の壱。

とりあえず…本当は前世のように無限城に飛ばされて順番に対峙する予定だったのだが、いきなりここで1人でも辛い二人を同時に倒すことを余儀なくされた時点でかなり辛いわけなのだが…

上弦の壱を1人でなんとかするのか…それ辛いな。
せめてもうひとり柱が来て欲しいのだが…と思いつつも、動き始めてしまったものは仕方がない。


無惨の側から離れて錆兎は1人、黒死牟の側に走り寄る。
そうして刀を構えた時、それまで無惨の言葉に対する応え以外に口を開かなかった黒死牟が6つ目で錆兎をじっと見据えながら、初めて口を開いた。

「…お前も…この世の理の外側にいる、どこか、他の者とは違う何かを感じる…。
私は過去に1人だけそう感じた者がいて…その者は剣技の才能も命の在り方も神に特別愛されていると感じていたが、お前はそれ以上だな。
その者は剣士として生きるのに必要な物は全て与えられていたが、人間として生きるのに必要な物はほぼ持ち合わせなかった。
最後の最後まで剣以外のものは持ち合わせなかったというのに、お前はどうだ。
組織では御旗よと崇められ、慕う多くの弟子や同僚を持ち、妻子に恵まれ、何一つ捨てることも失うこともない。
何も捨てずに何故それほどの剣の腕を持ちうるのか…」

世の理の外側にいるというのは、確かにそうだ。
なにしろお館様と共に時を遡って現在2回めの人生で、2回分の修業を続けている。

それでは自分は強いのだろうか…というと、錆兎自身にはわからない。
ただ二度目の人生では確かに敵と剣を交わして死を間近に感じたことはないように思う。
一度目の人生とは何かが違う。

人としての心は臆することはあるが、それとは全く違う何かが身体を突き動かし、正確に敵に刃をいれていく。

上弦の弐…童磨を倒した時も、一太刀目で避けられて気持ちは不安を訴えているのに、いざ技を繰り出す段になると嘘のようになめらかに身体が動いた。

──…斬る……

すぅ…と心が天に昇るような…それでいて何かが天から降りてくるような…ひどく凪いだ気持ちで、錆兎は刀を手になにもかもが透明な世界を走り出す。

──鬼滅剣…
と言う自分ではないものの声が頭の中に響いたと思えば、黒死牟の首が目の前で落ちた。

そして…あ…まずい…と、思う。

あっけない勝利に喜びも安堵も感じない。
全ての感情が遥か彼方にあって戻ってこれない。

異変に気づいた宇髄が無惨の対応をしながらも何か叫んでいるが、それも聞こえない。
その声に状況に気づいた胡蝶もなにか言っている。

戻らなければ…と思うのに、自分で戻り方がわからなくなった。
それに一瞬焦るも、その焦った気持ちさえどんどん遠ざかっていって、感情が薄れていって……


──錆兎っ!お前何してんのっ?!馬鹿なのっ?!!無惨まだ生きてるよっ!!あれ倒さないと義勇と子ども達が安心して暮らせないでしょうがっ!!!

パン!!となにかが弾けた。

「…あ…村田…来てたのか…」

気づけば村田が目の前で怒鳴っている。

「来てたのかじゃないよっ!!何呆けてんのっ!!
さっさと加勢しろよっ!!
悔しいけど俺じゃあ瞬殺だから、俺は胡蝶さんとお館様の護衛代わるから!」

その言葉にハッとして、再度無惨の方に走り出すと、宇髄が

「勘弁してくれよぉ~!桃太郎に何かあったとか、色々終わっちまったかと思ったぜ!!」
と心底安堵したように言う。

「あ~、すまんな。
なんだか天から地上を眺めてる気分になってた。
先祖の声でも聞いてたのかもしれん」

「は?渡辺綱か何かのか?
で?なんて言ってた?」

「ん~鬼滅の剣?
正直に言うと、黒死牟を倒した記憶が俺にない」

「なんだ、そりゃあ?ご先祖様が倒してくれたってか?」

「否…とは言い切れんのが恐ろしいな」


互いに剣を振るいながらの会話。
他から見ると、なんだこいつら余裕かよ…と思えるが、本人たちは結構必死である。

村田と護衛役を変わった胡蝶も蔓を斬るのに加わって、そうしているうちに他の柱達も駆けつけた。








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