勝てば官軍桃太郎_32_役立たずの桃太郎

──錆兎殿、邪魔です!あちらでおとなしく待っていて下さい!

かつて桃太郎相手にここまではっきりきっぱり言い放った人間がいただろうか…

錆兎の尊敬する師範や、上司であり彼女の夫であるお館様ですら、錆兎相手にここまでの言い方をしたことはない。
だが、天下無敵の桃太郎も、お産の支度に入った奥方様には敵うはずもなく、顔面蒼白のまま寝室から追い出され、居間でおとなしく正座をして待っている。

4月10日の夕方…義勇が産気づいた。
鎹鴉で連絡をいれれば、すぐ駆けつけてくれる奥方様と産屋敷家の産婆。
その他にも宇髄の家から3人の嫁たちが手伝いに駆けつけてくれた。
本当にありがたいことだ。

お産の現場では男は役にたたないどころか邪魔だと言われ、錆兎は無力感に苛まれながら、義勇のいる寝室の隣の居間で男連中に囲まれて慰められているというわけである。


「まあ、初めてのお産とくれば、長丁場だ。
今からそんなに緊張してたらもたねえぞォ」
と、ぽんぽんと震える肩を叩く不死川。

「お茶でもいれてきましょうね」
と、駆けつけてくれた千寿郎がお茶をいれに台所へと立つ。

嫁を送りついでに自分も来た宇髄が
「お前、嫁のお産くらいでそこまで青ざめてどうするよ。
これからは最終決戦だって控えてんのによぉ」
とニヤニヤと言うのに、錆兎は相変わらず青ざめた顔で

「無惨戦の方がマシに決まっているだろう。
アレは危険なのは俺で義勇じゃない」
と、ぶつぶつとこぼす。

そんな今までみたこともないほど余裕のない師範を前に、
「まあ…俺の母は身体の弱い人だったが、それでも無事俺たちを産むことが出来たのだから、産屋敷家専属の優秀な産婆も来てもらっているのだし、大丈夫だろう」
と、煉獄はそっと自分の好物の芋ようかんの皿を錆兎の方へとよせた。

本当に…義勇以前に錆兎の方がどんどん青ざめていく。


そしてお産が始まって数時間も経つと、二郎が義勇を含めた全員分の食事を抱えて母屋からやってきた。

「…義勇は…物が食えるような状態なのか?」
と、それまで彫像のように動かなかった錆兎が顔をあげて聞けば、二郎はにこやかに

「初産だとだいたい10から12時間くらいかかるからね。
食べとかないとお腹すくんじゃない?」
と言って寝室の方へと消えていく。

「…半日もかかるのか……」
と、頭を抱える錆兎。

それを見て
「…これは…最終決戦と重なったら姫さんよりも錆兎がむりだったんじゃないかァ?」
と、実弥が苦笑した。

「あれだけ何でも平気な錆兎が女房の出産になるとここまでダメダメになるとはなぁ」
と、宇髄も笑う。

しかしそこで煉獄は
「いやいや、宇髄だって自分の嫁の出産だったらわからんぞ。
俺の父も柱だったが、俺が生まれる時は見事に取り乱しまくったらしいからな」
と、自分の親の経験からそうフォローをいれた。

「どちらにしてもまだまだ長くなりそうですし、皆さん食事にしましょう」
と、そこで1人甲斐甲斐しく立ち働く千寿郎が新しいお茶を手に台所から戻ってきて、二郎が作ってきた料理をテーブルに並べていく。

「お前の弟、すげえ出来た子どもだなぁ」
と、それを見てしみじみと言う宇髄に

「そうだろう?やらんぞ」
と答える煉獄。


「錆兎、ちゃんと食っとけよォ。
男は赤ん坊は生まれてからが本番だからなァ?
女は産んでクタクタなんだから、乳やる以外は母親以外の家族がやってやらねえと。
なんならオムツ替えもゲップさせんのも俺が教えてやるからなァ」
と、不死川は目の前の食事にも手を付けることなく彫像のように固まっている錆兎の手を取って箸を握らせた。

「ああ、俺もオムツ替えなら出来るぞ。
千寿郎の時にやってるからな」
と、それに煉獄も手を上げる。

「錆兎、お前は?」
と、そこで宇髄が聞くと、錆兎は
「客の多い家だったから子どもの相手をしてやったことはあるが、赤ん坊ほど小さな子どもに関しては使用人に任せていた」
と、首を横に振り、それに

「なんだァ、やっぱり錆兎もお坊ちゃんだったのかよ」
と不死川がため息をついた。

「いや、単に古い家で客がそれなりに多かったからな。
特別に良い家柄とかではないと思うぞ?」

錆兎のその言葉に不死川はさらにさらにどデカいため息をついてみせる。
ため息しか出ない。

「古い家だろうがなんだろうが、使用人いる時点で普通じゃねえってのがわからないレベルで使用人がいるのが当たり前なあたりで、すでにとてつもなく良いお育ちってことだ。
せめて自覚はしとけェ」
と言う不死川の言葉に

「まあ、そうだな。頼光四天王の子孫と言う時点で、すでに普通の家ではない」
と、煉獄が言葉を重ねた。

それに宇髄がピタと箸を止め、
「え?あれって噂じゃなくて本当のことか?」
と聞くと、錆兎はこっくり頷いて
「ああ、本当だな。
ただし綱が居た頃からもう900年以上経っているし、うちは普通のボロい神社だったぞ」
と、言うので、宇髄はパシっとその後頭部を叩いて
「それで普通の家とか言ってんじゃねえ!
どこまでも一般庶民の不死川に土下座しろっ!」
と、不死川の方を指差した。

「宇髄…てめえのその言い草も、それはそれで土下座して欲しい程度にはムカつくわぁ」
と、ヒクヒクと顔を引きつらせる不死川。

「いや、煉獄の家は言うまでもなくだし、俺もごめんな、忍者とは言え頭領の家だからなぁ」
「お~しっ!売られた喧嘩は買ってやるぜェっ!中庭にでろっ!」

「中庭は先生が作られた遊具があるから壊したら大変だ。
元水柱の本気をみたくなければ、喧嘩は裏庭でやっておけ」

と、どこか楽しげな宇髄と不死川に錆兎は淡々と注意をうながしたあと、そんな柱2人に青ざめる千寿郎に、

「あ~、単なる暇を持て余した柱のじゃれ合いだから、気にしないで大丈夫だぞ」
と、フォローを入れた。


その時である。

バタン!と寝室の襖が開いて宇髄の嫁の一人の須磨が飛び出してくる。
「お湯!お湯沸かして下さいっ!
間に合わなかったらまきをさんにどつかれちゃいますぅ!!」
と、わたわたと手を上下に動かして叫ぶ須磨に、千寿郎が

「ああ、はい、大丈夫ですよ。
いつ必要になっても大丈夫なように熱いお湯を用意しているので、それに水をいれて適温に冷ませばすぐ産湯を用意できますから」
と、腰を浮かせて立ち上がる。

「え?え?千寿郎君、すごいですっ!神ですぅ!!
お産で男は役立たずって言いますけど、千寿郎君以外の男はと、認識改めますねっ!」

「良いから須磨、もう要るのか?!
要るなら運ぶからっ!!」
と、脱線していきそうな嫁の言葉を遮って本筋に戻そうとする宇髄に、須磨は

「あぁっ!!そうでしたぁああーー!!!
もう出そうなんですっ!早く下さいっ!!!」
とまたワタワタと慌てて見せるので、千寿郎と杏寿郎が台所へと走る。

そうしてすぐ38度くらいに薄めて冷ました湯が入った桶を杏寿郎が抱えて戻ってきた。

そんな間にも寝室の方からはまきをの
「須磨あああーー!!グズグズしてないっ!!早くしなあっーーー!!!」
という叫び声が響く。

「あ、ああ、すみませんっ!!今もっていきますうぅぅーーー!!!!」
と、その声に身をすくめて、須磨は煉獄から桶を受け取ると寝室へと舞い戻っていった。

そしてそれから数秒後である。

ふぎゃああーーーーというまるで猫の子のような泣き声が寝室から響いてくる。
うおぉぉーーー!!と、こちらは居間で男たちの歓声。

「生まれたかっ!!」
と、その声でなのか匂いでなのか、生まれたことを察した鱗滝がぎりぎりまでおもちゃ作りをしていた掘っ立て小屋から出て居間へと飛び込んできた。

そうしてさらに数分後、宇髄の嫁三人が寝室から赤子を抱いて居間へと出てきた。
そう…3人が一人ずつ…っ!!!!

「「「「へっ?!!!!」」」」

生まれたばかりだというのにふさふさの髪は宍色で、キリッとした眉もやや吊り目がちの藤色の瞳も、なにもかもがそっくりな三つ子。

硬直する男たちの中で、まず最初に我に返ったのは宇髄だ。
ぷはぁ!!と吹き出して
「派手に三つ子かよっ!!しかもこれ、一卵性だなっ!!
さすが桃太郎、二百万分の1の奇跡を起こしやがったかっ!!」
と、言う。

そして
「一卵性?二百万分の1?」
と、訝しげに眉を寄せる不死川に説明をする。

「おう。双子、三つ子つってもそっくりなのとそうでもないのがいて、医学的な事はまあ置いておいてわかりやすくそっくりな方は一卵性って出来かたしてんだけどな、この、そっくりな一卵性の三つ子ってのが生まれる確率は二百万分の1、奇跡って言われてんだよ。
しかもあれか?錆兎をそのままちっこくしたのかよってレベルで似てやがんなぁ、おい。
義勇の血はどこいったよ」

という言葉通り、錆兎から傷を消してそのまま小さくしたような顔が3つ並んでいるのがなんだかもう不思議なレベルだ。








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