勝てば官軍桃太郎_30_お嫁さまとお父さんと家族達

そんな中で義勇はと言うと、大きくなってきたお腹を抱えてせっせせっせと赤子の着物やオムツを縫っている。

そうして錆兎がいない間は時間が許す限り居る二郎や鱗滝に
「…無惨戦までに…出産間に合わないかな…」
などと言って
「やめなさいっ!お前の仕事は戦闘じゃなく赤子の世話だ」
「あのね、赤ちゃん生んだあと1ヶ月は安静にしておかないと、身体壊すからね」
と、止められて
「でも…錆兎の姫の座を他に渡したくない」
と、頬をふくらませていた。

そして
「義勇が同行しなくても、錆兎は他の子を後ろに置いたりしないから」
「本当にお前は昔から錆兎を好きすぎる。
それだけ好きならもう少し錆兎を信じてやれ」
と、それに二人にさらにそう諭される。

わかっている。
錆兎は自分が同行できないからといって、その位置に他を配置するような男ではないのはわかっているのだが…できればついて行ってその目で見て安心したいのと、錆兎には自分がいるのだとそれとなく示したい。

他の戦いならともかくとして、無惨との戦いは最終決戦、最後の戦いだ。
良くも悪くもその後の記憶に残るだろう…そう思えば、そこに同行できないのが悲しい。


「記憶に残るって言うなら、錆兎の子どもの母親って時点で十分記憶どころか物理で錆兎の人生に食い込んだものを残してんだろうがァ」

「うむ。世にどれだけ女性がいようとも、自分の妻、そして自分の子の母親というものは特別で替えが聞かぬものだぞ。
俺の父などその死で全てに対してのやりがいを失くしてしまったほどだ」

「こんにちは。お加減いかがですか?
これ…つまらないものですが、私達の母が好きだった和三盆の菓子で…父が土産にと申しまして…」

「身重の妻がいて浮気をするような男のモノは斬り落として犬にでも食わせれば良いとは思うが、俺の師範がそのような男のはずもない。
そもそもお前は胎教というものを知っているか?
メソメソと落ち込むよりは師範の子が健やかであるようにもっと……」

「あ~、はいはい。伊黒もそこでネチネチとトドメ刺さないでね」
と、そこに顔を出したのは、村田に案内された継子柱3人と煉獄の弟の千寿郎だ。


「腹に子がいるんだ、もっと暖かくしとけェ」
と、離れの居間に入るなり、有無を言わさず煉獄の羽織を引っ剥がして義勇の肩からかける実弥。

「よく来たな。いま、茶を…」
と、立ち上がりかける義勇を煉獄が制して、弟の千寿郎が

「お茶なら私が煎れてきます。
大事なお体ですし、転んだりしたら大変です。
ゆっくりなさっていて下さい」
と、何度か見舞いに来ていてかつて知ったる離れの台所へと足をむけた。

「じゃ、俺そろそろみんなの食事の支度してくるね」
と、皆がきたことで大丈夫だろうと二郎がパタパタと母屋に戻っていくのを見送ると、杏寿郎がウズウズとした目でじっと自分の方を見ているのに気づいて、鱗滝が

「少し打ち合いでもするか?」
と、声をかけると、杏寿郎の顔がぱぁあ~っとわかりやすく輝く。
それに鱗滝は仮面の下で小さく笑った。


こうして大抵は、煉獄はとにかく目上に稽古をつけてもらえるのが嬉しいらしく鱗滝との稽古に励んで、実弥と伊黒は時折り稽古をつけてもらうものの、たいていは義勇の相手をしていて、伊黒は錆兎と任務に出るときも多いので現状の話をし、実弥は7人兄弟の長男ということで腹に子がいる母親の手伝いや子どもの世話などに意外に慣れていることもあって、時に義勇に注意を与え、時に子ができてからの世話などについて教えている。

義勇が縫っているオムツも実は実弥が縫い方を教えたものだ。

容姿と態度で風柱様はおっかないと敬遠している隊士達がそんなことを知ったらさぞや驚くことだろうと、錆兎も義勇も、また、他の継子柱達も思っている。

そしてそんな継子柱達とともによく義勇を尋ねるのが、以前一緒に観劇に行った杏寿郎の弟の千寿郎だ。

少年がこんなところに来てさて楽しいのやらと義勇は思うのだが、杏寿郎いわく、千寿郎はぎゆうを母か姉のように感じているらしく、赤子が生まれてくるのをとても楽しみにしているのだと聞いて、それならと歓迎している。

実際、年の割にかなり家のことも色々できる子で、全体の家事に忙しい二郎の代わりにどんどん腹が重くなってくる義勇の身のまわりのことを手伝ってくれるのでかなり助かっているし、どこか優しげな少女のような物言いの千寿郎といると、おだやかな気分になって気持ちがやすらぐ。
今日も二人でお茶を飲みながら、優しい甘みの和三盆の干菓子を口に含んでほっこりとした時間を過ごした。

その間に実弥は当たり前に朝方に訪ねた時に干しておいた布団を取り込み、伊黒と二人で部屋の中を埃一つないくらいに完璧に掃除をする。

実弥と違い家事経験がなかったらしい伊黒は最初は床の雑巾がけもずいぶんとへっぴり腰で実弥に笑われたが、今では滑るように素早く綺麗に雑巾がけするようになった。


現在大きなお腹の義勇を中心に水柱邸は回っている。
外では未だ鬼がいて、隊士達は日々戦いに身を投じているわけなのだが、この水柱邸の中だけはそんな殺伐とした世界が嘘のように、柱の住む場所というよりはとてつもない大所帯の家と言う感じだ。

「で?今日は桃太郎はどこ行ったよ?」

よく錆兎の任務に同行する村田も伊黒もここに居るので、これは珍しいと掃除を終えて一段落とばかりに不死川が義勇の正面に腰をおろして聞くと、義勇は千寿郎がいれてくれた温かい麦茶をすすりながら、

「…お館様のところだ。
あるいは無惨について何か情報が入ったのかも知れないな」
と、大きなお腹をさする。

その言葉に、義勇の横にちょこんと正座をしている千寿郎が
「出産と重ならないと良いですね」
と、気遣わしげに眉を寄せた。

「どうだろうなぁ…上弦の弐と参を倒してから半年弱、陸を倒してから3ヶ月ほど経ってるし…そろそろ…なのか…」

義勇も少し眉を寄せるが、それに出産にも慣れた風に不死川が
「お産の現場なんて、桃太郎と言えども男は役立たずだぜェ。
おぎゃあと生まれてから帰って来たほうが互いに良いってもんだァ」
などと笑ってみせる。

「それはそうかもしれないけど…」
と、それでも義勇はうつむくが、不死川はそれに苦笑して

「だから頼りになる父ちゃんが山から駆けつけてくれたんだろ?
何かあっても鱗滝師匠がいれば安心安全だ。
だから万が一重なっちまったとしても、大丈夫。
気をしっかり持って桃太郎にそっくりな元気な赤ん坊を産めよォ。
旦那の方は殺られるような男じゃねえが、危なくなっても俺が絶対に無事返してやるからなァ」
と、義勇の肩を叩いて言った。

「…確かにそうだな…。
錆兎にはお前達、継子柱達がついているし、俺には先生がついている」

できれば重なって欲しくはないが、重なったら重なったで仕方がない…と義勇は思い直す。
自分はそんじょそこらの居ても居なくても戦況に影響しないような男ではなく、鬼殺隊を背負って立つ桃太郎の嫁なのだから…と。







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