そして夜…そこは昼より夜の方が賑わう遊郭街吉原。
「そこの素敵なお兄さん、寄っていかない?」
宇髄と二人で歩けば左右の見世から遊女たちがひらひらと真っ白い腕を伸ばす。
甘いおしろいの匂いや酒の匂い。
継子柱達は場所柄に慣れず戦いにくいだろうとお館様には言ったわけだが、考えてみれば前世で上弦の陸と戦ったのは無限城でのことなので錆兎自身も吉原にくるのなど初めてだ。
そこにいきなりの遊郭街で、見世の格子から伸びてくる手がなんだか恐ろしく感じる。
一般人が鬼の触手などを伸ばされた時にはこんな気持になるのだろうか…。
だが錆兎は鬼の触手なら斬り落とせるので、そちらの方がまだ良いと思う。
何か触れたら引きずり込まれそうな魔に見えて、手が伸ばされると思わずびくりと身がすくんでしまうのを、隣の宇髄が気づいて笑った。
「お前…もしかして女が苦手なのか?」
と言う宇髄の言葉はさすがに心外だ。
だがムキになればよりからかわれるのがお約束というものだと言う意識はある。
なので、
「こちらを取って食いそうな勢いで手を伸ばしてくるような女は…な。
なにごとも控えめな相手がいい」
と答えれば、
「はいはい。義勇のようにな?」
と、宇髄はそれに肩をすくめた。
「もちろん!ぎゆうに勝る嫁などいないしな。
しかもその嫁の腹に己の子がいると思えば、浮気などする気もせん」
と、そこで話を打ち切って、錆兎はようやく目に見えてきた堕姫が務める京極屋の看板にまっすぐ目をむける。
何度も時を遡っているお館様の情報で上弦の陸の妹、堕姫が京極屋に居ついていることはわかっていたので、隠数人が豪商として京極屋に通い詰め、今日はその知り合いということで堕姫を座敷に呼べる事になっていた。
なので京極屋で宇髄が名を告げると、当たり前に先に来ている隠のいる座敷に通される。
外よりもさらに甘い匂いが充満したその部屋には数人の着飾った女達。
そしてその中央にひときわ美しい…だがキツイ感じの顔立ちの女がいる。
これが蕨姫花魁…つまり上弦の陸、堕姫だ。
錆兎が前世で対峙したのは遊郭ではなく無限城でだったので、こうやって着飾っているのを見るのは初めてのことである。
錆兎と宇髄が座敷に入ると、女達が浮かれるのがわかる。
なにしろ二人して若く男前だ。
仕事で日々男の相手をしている女達だってたまにはいい男の相手をしたい。
わらわらと寄ってくる女に錆兎が一瞬足を止めて臆するのに気づいて宇髄が苦笑。
「あ~、こいつは無理に連れてきたんだが、家で待つ嫁以外興味のない奴なんで放っておいてやってくれ。
その代わり俺は派手に遊ばせてもらうから」
と、間に割って入ってくれる。
「あら、それならなおさらに、たまには他の女の良さも試してみられても…」
としなだれかかられかけて、錆兎は
「どうせ試すなら俺はこちらを試させてもらおう…爪を…貸してもらえるだろうか」
と、置かれていた琴の方へと逃げた。
「え?お前、琴なんて弾けたのか?」
と、それに目を丸くする宇髄に
「まあ、琴を弾ける殿方なんて素敵!」
と、喜んで爪を用意してくれる女達。
それを受け取って装着しながら、錆兎は
「子どもの頃以来だから上手く弾けるかどうかは自信はないが…」
と言いつつも、美しい曲を奏でていく。
実家が古くから続く家だったこともあり、子どもの頃に琴や笛などは教えられていた。
それがこんなところで役に立つとは思わなかったが…。
とにかく女性にまとわりつかれるのは苦手というのもあるし、なによりおしろいの香りなどさせて帰るなど、己の子を腹の中で育ててくれている義勇に申し訳ない。
あとは上弦の鬼を前にして過度に酒を飲むのも避けたいというのもある。
弱い方ではないが、やはり影響が全くでないとは言い切れない。
色々な面で不都合な状況を避けるのに、良い理由付けだ。
こうして世にも奇妙な宴席となったわけだが、場は宇髄が上手に盛り上げてくれている。
これは…宇髄を選んで正解だった。
継子柱達ではこうはいかない。
話さないで良い分観察する余裕が出来たが、蕨姫花魁…堕姫は口元には笑みを浮かべているが、錆兎と宇髄には鋭い視線を向けている。
おそらく柱だということは気づいているのだろう。
「今日はせっかくだから宇髄の相手をしてやってもらえないか?」
という豪商に化けて通い続けた隠の言葉に、ギラリとした視線を宇髄に向けて、ぜひにとその申し出を了承した。
こうして夜も更けて宴席はお開き。
宇髄は蕨姫花魁と、隠は別の遊女と別室に消えていくが、錆兎は嫁が待っているから…と早々に辞して京極屋を出ると、そこからは屋根の上で待機だ。
そこでようやく一息つける。
どうも自分は女性に迫られるというのが苦手らしい…と、錆兎は今更ながら改めて思った。
いや、男なら良いというわけではないのだが、そういう意味で男に迫って来られたことはないので、まあ女性限定になるが、結局、実家も師範の家も山の山育ちなので、基本的には人慣れないところがあるのだろうと思う。
まあ本人がストレスを感じていたとしても表に出さないので、ほぼ気付かれはしないのだが…。
悪気なく迫ってくる女よりは悪気があって迫ってくる鬼の方が気が楽だ。
鬼は斬ることができるし、斬ったら綺麗に消えてくれるが、女はそうはいかない。
今もしばらく座敷にしただけで、甘い匂いが移ってしまった気がする。
自分も気持ち良いものではないが、子が出来てから義勇が匂いに敏感になっているので、勘弁して欲しいと思った。
帰りに藤の家で風呂でも入って匂いを消すか…と、そんなことを考えていると、気配が動いた。
1体分だった気配が2体に増えた。
おそらく堕姫の中から妓夫太郎が出てきたのだろう。
そこで錆兎は即屋根を突き破って部屋に飛び込む。
「さすが早えな、錆兎」
「早くないとまずいだろう?分かれるぞ」
土煙の立ち上る中、そんな会話をかわして、錆兎はキラリと目立つように刀を振り上げた。
「おめえも…いい男だなぁ。
おまけにお前の方がなんだかこっちの男よりも正義の味方っぽい感じがするぞぉ。
キラキラしてて、きっと皆にちやほやされてんだろうなぁ。妬ましいなぁ…」
錆兎の姿を認めてそう言う妓夫太郎の言葉に、そんな時ではないだろうに宇髄が小さく吹き出した。
「ああ、そいつぁすげえ人気者だぞ?
なにしろお館様までそいつのことは大の贔屓で、鬼殺隊にいる隊士でそいつに憧れない奴はいないってほどの大人気だ」
「腹立つなぁ…そいつは本当に腹が立つ。
妬ましいなぁ、妬ましいなぁ」
「嫁さんも鬼殺隊でも評判の美人で、今度可愛い子どもも生まれるときてる」
妓夫太郎の気を錆兎に向けるべくさらに重ねる宇髄の言葉に、
「そこまでかよぉ!!許せねえなぁぁああ!!!!」
と、とうとうそこで妓夫太郎がキレて錆兎に向かって血鬼術、飛び血鎌を飛ばして駆け寄ってくる。
もちろんそれは計画通りではあるので、慌てることなく、
「じゃ、俺は場所を変えるぞ!」
と、錆兎は外へと飛び出していき、妓夫太郎はそれを追ってきた。
残りの二人、堕姫と宇髄はそのままその場でやりあっている。
こうしてほぼ計画通りそれぞれ分かれての戦闘に持ち込めたことでとりあえずは一安心。
あとは攻撃をくらわずに倒すだけだ。
まあそのあたりは錆兎も一度倒していることもあって、お手のもの。
もちろん一撃食らったら終わるので油断はできないが、前世よりは身体能力がかなり勝っているのもあって、わりあいと危なげなく倒せた。
妓夫太郎の首を落とした瞬間、堕姫が倒せるまでは復活されないように首を持って移動していようと駆け寄りかけるが、妓夫太郎の身体がさらさらと崩れ落ちる。
どうやら宇髄の方が先に堕姫の首を落としていたらしい。
「本当に…安心と信頼の宇髄先輩だな」
と、その仕事の速さに思わず笑みを浮かべると、
「そいつぁ、お互い様だ。
さすが桃太郎。無事、攻撃をくらわずに倒したか」
と、宇髄が機嫌よく走り寄ってくる。
そして互いに笑顔でお疲れを言い合って、まだ夜があけないうちに帰途へとついた。
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