──お前さぁ、この分担で本当にいいわけ?俺が兄貴を受け持たねえ?
普段は水柱邸にいる同期や継子柱達と一緒のことが多かったため、本当に久々の宇髄との任務。
もしかしたら最初の任務以来かもしれない。
何故?と問えば、お前、子ども生まれるんだろ?と返って来たので、ああそれでか、と、納得した。
そう言えば宇髄も嫁がいる。
自分の身に置き換えたら少しでも危険の少なさそうな方に…というところだろうか。
元忍者で継子柱達に比べれば全然割り切りができる奴だが、それでもとても優しい男だ。
さて、どう返すべきか…と錆兎は一瞬悩む。
前世では…というか、産屋敷が何度か巻き戻っている中では、宇髄はかなりの割合で上弦の陸の兄妹の兄の方に殺されたり再起不能にされたりしているらしい。
死なないで済んでいるときは、義勇が将来助けることになる兄妹の鬼になってしまった妹の方の血鬼術で毒を浄化されているとのこと。
あるいは情報を伝達されていないだけかもしれないが、そうでないとしたら宇髄は上弦陸の兄、妓夫太郎と戦えばどうやっても毒を食らってしまうのだろう。
今回はお館様からの情報という形で彼らの能力や倒し方は錆兎が確かに伝達済みなので、宇髄も当然ながら妓夫太郎の血鬼術に含まれる毒の事は知っている。
それでもなお分担の交換を提案するのは、子が生まれる錆兎への気遣いというのもあるが、元忍者で避けるのが上手く、ある程度毒にも強いという自負があるというのもあっての発言なのだろうから、危険だからというたぐいの言い方はその矜持のようなものを傷つける可能性もある。
だから本当なら言葉も選んだ方がいい。
だがまあ本来ならというのはあって、実際に他の人間相手ならそのあたりかなり気をつけて言葉を選んでいる錆兎だが、宇髄相手なら良いか…と、なんとなく甘えが出てしまう。
特にベタベタと優しい言い方をするわけでもないのだが、なんとなくそうやって錆兎ですら甘えさせてしまうのが、宇髄のすごいところだ。
「あ~宇髄センパイ、可愛げない事言っていいか?」
と、結局錆兎は謙虚さのケの字もないような物言いを選ぶ。
「おう、言ってみろや、後輩」
と、その言葉選びで宇髄も察したようだ。
にやにや笑いながら、あえて”後輩”という言葉を使ってきた。
それに錆兎もそのまま澄ました顔で続ける。
「上弦の陸は両方の首を同時に斬ることが条件だからな、例え自分が妹を担当して兄の側の毒で死ななかったとしても、宇髄が兄を倒せずに死ねば、結果俺自身も死ぬことになる」
「なるほど?でも俺が兄を倒しゃあいいってことだよな?」
と、その言葉に、もう宇髄ならいいかと錆兎は返した。
「宇髄は何故かわからんが毒で死ぬ。
俺は死ななかった実績がある。
今回の分担の理由はただそれだけだ」
「なんだそりゃあ?」
と、当然、わけがわからんという反応が返ってくるのは想定の範囲内で、錆兎は続けた。
「突拍子もない話なんだが…からかっているわけでもなんでもない。
本当の話として聞いてくれ」
「おうよ」
「俺は前世の記憶がある。
正確にはとある時期までに無惨が倒されないと無条件で今から7年ほど前に時が遡ってしまうという呪いを、お館様のご先祖様がかけたんだ。
で、前世まではお館様は1人で時を遡ってしまわれていたが、なにぶんご自身は刀を取られるわけでもない身の上なので、埒があかない。
だが1人までなら一緒に記憶をもたせたまま遡らせることができるということで、その1人に選ばれたのが俺だ。
だから俺は前世で身につけた呼吸その他剣技は全て覚えているし、自身が経験してきた戦いの記憶は持っている。
前世の俺は最終選別で義勇を亡くしてそれ以来義勇の復讐をするため鬼殺隊にも入らず鱗滝先生のお世話になって剣技を磨くこと、鬼を斬ることしかしない生活をしていた。
先生のツテで水の呼吸だけじゃなく、他の呼吸も学ばせてもらったのも前世でのことだ。
その技術を持って時を遡っている。
そのため今生ではそこらへんをすっ飛ばして体作りだけに時間を使えたから、今の俺がある。
つまり…剣士としての経験年数は他の倍以上。
もちろんお館様もそれを知っているから、今の俺にこういう扱いをしているし、継子柱達は前世でも柱に登りつめた人材を早い段階で柱にするためにお館様が指示して俺に育てさせたんだ。
ということでな、俺は前世ですでに上弦の陸の兄の方、妓夫太郎と戦って倒した実績があるんだ。
だがさっきも言った通り、妓夫太郎だけ倒しても妹の堕姫の首を確実に取らないと2人は死なない。
そこで堕姫に逃げ切られたりしたら全てが終わる。
場所が遊郭という特殊な場所だけにな、そういう場に慣れない継子柱達では相方として不安が残る。
だから俺がお館様に頼んで宇髄を指名させてもらったんだ」
自分でも最初に言った通り突拍子のない話だと思ったが、宇髄は黙ってそれを聞き終わったあと、
「なるほどなぁ。納得したわ」
と、言った。
全く疑いもしない。
錆兎は逆にそれに驚く。
「よくこんな現実離れした話を信じたな」
と、思わず口にすると、宇髄は苦笑した。
「お前の存在自体が普通に育ったにしては気持ち悪いくらい現実離れしすぎてんだよ。
13で水の型を完全にものにして全集中の呼吸を常中するだけじゃなく、他に3つの型を全て修めているって方がおかしいだろうよ。
むしろ今のお前の話の方がよほど現実味を感じるわ」
それは確かにそうかもしれないが…。
「まあ俺が上弦の陸の兄の方を分担しないほうがいい理由はわかった。
妹の方はきっちり仕留めてやるから任せとけ」
あまりにあっさりしすぎている宇髄にかえって落ち着かない錆兎に宇髄はそう言ってピッと親指を立てる。
本当に…このあたりの割り切りの良さが宇髄の楽なところだ。
これが継子柱達だと、きっとまずあまりの突拍子のなさに本当かどうかから始まって、最終的に何故最初に言ってくれなかったで当分揉める。
錆兎がそんなことを考えていると、宇髄は、でもな、ちょっといいか?と声をかけてきた。
「ああ。なんだ?」
「万が一…なんだがな」
「…ああ?」
「また時が巻き戻ることになったとしたら、その時は俺と出会った時点で全情報を俺にも流して共有させてくれ。
たぶん今回俺はずっとお前さんに違和感を感じていたし、お前の話を聞いてようやくその違和感がなんだったのかを納得した。
だからたぶん早い段階でそれを打ち明けられていたとしても信じるだろうし、もっと準備や協力も出来ると思う。
あとは…その巻き戻りの条件も一応教えておいてくれ。
期限がどのくらいあるのかも知りたい」
なるほど。
確かに今回の反応を見る限り、宇髄はそれに過度な動揺も暴走もしないし、良い協力者になるだろう。
まあ…義勇との子が生まれる時点で絶対に巻き戻しなどさせる気はないのだが…万が一…そう、万が一だ。
「ああ、万が一の時はそうする。
巻き戻りの条件はお館様が亡くなって一年以内に無惨が倒せなかったときだ。
わかっているとは思うが、これは宇髄を信用して話している。
周知されれば悪用しようとする輩がでかねないから、絶対に他言はするな」
「…了解。こう見えても忍び稼業やってたから口は固い。安心しろ」
と、本人が言う通り出自からくる口の固さも宇髄に色々打ち明けたくなる理由の一つではある。
そう…例えばプライベートなこととかでも……
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