勝てば官軍桃太郎_25_奇跡はAよりもたらされり4

そうしてまずは報告に産屋敷邸を尋ねる。
明け方だというのに産屋敷は病身をおして待っていてくれたらしい。
すぐに部屋に通されて、錆兎は上弦の弐と参が倒れたという報告を済ませた。

もちろんそれ以前の猗窩座の行動についても全て報告をしているので、前回送られてきた小鬼のことも報告しておく。

特に身体は男のまま身ごもっているということは、通常の医者にはかかれないので、そのあたりは産屋敷の人脈を頼るほかはない。

「そのあたりは大丈夫。
あまねに医師を伴って定期的に水屋敷を訪れるよう伝えておくよ。
産屋敷の専属の医師だから話がもれることもないしね。
これは…何が何でも今回で鬼舞辻を倒さないと。
せっかく通常なら授かれない子どもを授かったんだから、絶対に巻き戻しはさせられないね」

穏やかに…しかしどこか優しい声音で言う産屋敷に、普段はその真意を疑ってみることから始める錆兎も、今はなんだか泣きそうな気分になる。

「大丈夫。誰が亡くなっても傷ついても、その責任は君じゃなく命じて戦わせている私にあるものだからね。
君が気にしなければならないのは、私生活、家族、友人のことを除けば、実際の現場のことだけだ。
戦いのことも戦場を離れたら忘れていい。
そのあとのことは全て私が引き受けるから。
君には本当に感謝をしている。
正直前世で君に話をした頃には私ももうぎりぎりだったけど、君が一緒に背負ってくれたことで随分と楽になったよ。
だから…現場に出られない私に出来ることは多くはないけれど、できることはさせておくれ」

言われて前世の実弥の、お館様はまるで親のようにホッとする存在なのだという言葉を思い出した。
当主の座につくのは早ければ5,6歳、遅くとも10歳を超える事はないというから、そんな頃から自分よりも遥か上の隊士達の親代わりをしなければならないなんて、想像もできないほど大変なことだろう。

自分もしっかりしなければ…と、錆兎は思い直してついつい下がってしまっていた顔をグイとあげた。

「義勇の事だけは本当に頼む。
だが、現場だけではなく方針決めは俺も参加させてくれ。
報告は隠や鴉からあがってきているかもしれないが、実際に戦っている人間の方がより正確なところがわかるしな」

一緒に未来をつかもう、と、錆兎がそう〆ると、産屋敷はぽかんと呆けたあと、小さく吹き出した。

「一緒に…か。いいね。
ねえ、錆兎、ちょっと耀哉って呼んでみてもらえるかい?」

「…?…かが…や?」

唐突な要望に首を傾げながらも錆兎がそう口にすると、産屋敷は

「そう、耀哉だ。
私と君は上司と部下じゃなく協力者だからね。
そこにもう一つ、友人という要素をいれてみてはくれないかい?
公では私はお館様で君は柱だけどね」

「俺は構わないが?」

「うん、じゃあそうしよう!
君は友人も多そうだし、なんだかわけがわからないという顔をしているけど、私はねずっと唯一だったから、友人ていうものに憧れていたんだ。
産屋敷の当主であるお館様に仕えてくれる人は大勢いてくれたけど、ただの耀哉に憎まれ口を聞いたり心配したりしてくれる相手は今までいなかったからね」

そう言いながら産屋敷は笑みを浮かべた。

「消したくないんだ。君と二人で相談しながら進んできた今生をなかったことにしたくない。
そうだな、もし鬼舞辻を倒せたなら、あるいは私も長生きを出来るかも知れないし、そうしたら私たち夫婦と子どもたち、それに君たち夫婦と生まれてくる子どもで旅行をしたいな。
もし子どもが女児だったら、うちの輝利哉の嫁にくれないかい?
男の子でも良かったらうちの娘の誰かをもらってやってほしい。
あまねも私より4歳上だが、年上の妻も良いものだよ。
そうしたら君たちとも本当の家族だ」

なるほど…鬼の居ない未来に思いを馳せていたのは自分だけではなかったらしい。
錆兎も笑って言う。

「旅行は良いな。
そう言えば俺も任務であちこち行く事は多いが、子どもの頃から旅行というものには行ったことがないし。
子どもの婚姻については義勇に要相談だ。
命がけで産んでくれるのは義勇だからな。

まあ…その前に無惨討伐だな。
残るは上弦壱と陸。

陸は兄と妹、同時に首を斬る必要があるし、俺とあと1人…できれば宇髄あたりとやりたいとこだな。
前世と違って毒を持つ厄介な兄の方は俺が引き受けるから、遊郭という場所に自然に溶け込めて、さらに女でも斬るのに微塵も躊躇をしなさそうな…と考えれば、実弥や杏寿郎は不向きな気がするし、伊黒でも良いが…どうせなら俺ももう少し宇髄との共闘に慣れておきたい」

「そうだね。上弦の陸は出現場所もわかっているし、天元の準備ができ次第、隠達の手配とかも整えてこちらから出向くとしようか。
そうしたらあとは上弦の壱と無惨のみだ」

「時間をかけなければ…だな。
俺達柱と同じで、上弦も欠ければ補充されるだろうから、ここからはなるべく急いで進めよう」

「うん、そうだね。それじゃあそういうことで…互いにあと少し頑張ろう」


そうやって報告と相談を終えて産屋敷邸を出る。
その後に目指すは我が家。
水柱邸だ。


「おかえり~~!!鴉から連絡があったよっ!!
錆兎、上弦の弐と参倒してきたんだってっ?!!」
「すげえよなっ!さすが俺達の桃太郎っ!!
同期の…いや、鬼殺隊の誇りだよ、お前っ!!」
「なんだかお前がいるとさ、そのうち鬼のいない世がくるって本当に信じられる気がするよ」

玄関を入るなり興奮した同期達に囲まれる。
そりゃあ最後に上弦が倒されたのが100年ほど前なわけだから、先日の錆兎が倒した上弦の伍、村田が倒した上弦の肆に続いて、今日一日で上弦二体が一気にいなくなるなんてとんでもない快挙だ。

現場を離れる直後には沈みきっていた気持ちは産屋敷邸で少し浮上して、そして今、同期達の本当に嬉しそうな笑顔に囲まれてさらに浮上した。

できればこの笑顔が無惨戦で消えて欲しくはない。
最終戦別から早3年以上、1人も欠けていない同期達を誰一人欠けさせることなく、全員一緒に鬼の居ない夜明けを見て、夜に鬼の心配をすることなく皆で夜桜を見ながらの花見宴会でもしてみたい。

産屋敷は、錆兎は友人が多いから…と言っていたが、錆兎だってこうして大勢の友人に囲まれるのは前世にはなかったことで、今生が初めてだ。

自分がこうやって日の当たる場所でこんなに大勢の友人に囲まれて、義勇を嫁にして、なんと子どもまでもうけられる日がくるなんて、前世では想像すらしていなかった。

無惨に破れてまた時を巻き戻して、この幸せな世界をなかったことには絶対にしたくはない。

そのためには……

「近々、残りの上弦のうち陸は倒してくるから、それが終わったら無惨戦になると思う。
もちろんその時には無惨単体ではなく、上弦の壱とその他大勢の手下の鬼を倒すことになる。
その手下もおそらく下弦くらいの能力は持たせられていると思うから、皆も協力して柱抜きでそれを倒せるくらいにはなっていてくれ。
おそらく柱は上弦壱と無惨の相手で他を助ける余裕はない。
だから…下弦並みの鬼の攻撃をかいくぐって自力で生き残ってくれ。
俺は…ここにいる誰一人かけることなく全員一緒に、鬼のいない世界の夜明けをみたい」

錆兎がそう言うと、同期一同が神妙な顔になる。
そうだ、鬼の居ない世にするには決戦は避けられない。

皆顔を見合わせて、そして努力と勝利を誓い合う。
その後、煉獄を中心にこれから最終決戦までは可能な限り鍛錬に時間を費やそうと、殆どがそろって道場の方へ。

それを見送って錆兎は自分たちの部屋のある離れへと足を運んだ。



「…ぎゆう、具合はどうだ?」
と、声をかけて中に入ると、義勇はそれまでは休んでいたらしいが、フラフラと駆け寄ってきて抱きついてくる。

そこで、元々体格の良い方ではなかったがこのところあまり飯を食えていないので随分と細くなった気のする身体を抱きとめると、錆兎は

「無理に出迎えないでも良いから、ちゃんと寝ていろ」
と義勇を布団の方へと促した。

それに特に抵抗はしないものの、義勇はどこか責めるような目で
「…もし…錆兎に何かがあるとするなら、俺だけ生きていても仕方がなかった」
と、口を尖らせる。

それはおそらく誰にも黙って行った今日の猗窩座との決戦を指しているのだろうが、今回ばかりはどうしようもないことだ。

「今回の事は…お前だけじゃなく実弥にも杏寿郎にも小芭内にも言わずにいたのだから仕方あるまい?
お館様に対してでさえ、向かう直前に報告したのみだったんだ。
1対1で正々堂々と…それが猗窩座との約束だったが、場所を知る人間が増えれば増えるほど万が一の確率があがる。
それに…」
と、そこで錆兎はいったん言葉を切って、布団の中で半身を起こした義勇を抱き寄せて、その綺麗な黒い髪に顔をうずめた。

そして言う。

──生きていても仕方ないなどと二度と言うな…お前は何があっても生きなければならない。

その言葉は義勇にとっては不本意だったらしい。
ひどく不満げな顔をして
「俺に1人で生きろというのかっ?!」
と、詰め寄ってくるが、そこで錆兎は小さく笑みを浮かべた。

「1人ではないらしいぞ?」
と、言いながら。

「……?」
不思議そうな顔でコテンと小首をかしげる義勇はどことなくあどけない。
なのにもう半年もすれば親になるのか…と錆兎はしみじみ思う。

「今回…猗窩座に聞いてきた」
「…何を?」
「祝言の翌日届いた祝いについて」
「………」
「赤ん坊を授ける鬼…だそうだ」
「はあ??」
「血鬼術をかけた相手は、抱かれれば子を孕むという鬼らしい」
「いや、しかしそれは……」
「子を生む能力のない老婆や男でも子を孕むというもので、どこぞの寺の坊主が愛人の少年に子を産ませたらしいぞ」
「えっと…じゃあ……あの……」
「うむ。ぎゆうのこのところの吐き気はいわゆるつわりというやつだ。
お前の腹にはあの夜お前を抱いた俺との子がいる。
戯れにでも生きていても仕方ないなどと言ってくれるな」

義勇の目がまんまるになった。
そうやってひたすらに驚いていると、あの狭霧山での無邪気な子どもの頃となんら変わらず愛らしい。

「ぎゆうも親になるんだ。少し心を強く持ってくれ」
コツン…と額を軽く押し当てると、
「さびとの…子が生まれてくるのか…」
と、おそるおそるまだ薄い腹を撫でて、そしてふにゃりと笑って錆兎を見上げた。

「そうか…そうなのか。
俺でも錆兎の血を残すことができるんだな」
と、今度はぽろりと涙をこぼして微笑むので、

「泣~く~な~!お前は本当に…気にするところはそこか?」
と、錆兎がその涙を指先で拭ってやりながら苦笑すると、義勇は当たり前だろうと真剣な顔で頷いてみせる。

「だってこんなに強くて格好良くて何でもできる錆兎の血だぞ?
これを絶やすなんて悲しすぎるだろう?
俺は…錆兎の嫁になれて嬉しかったし幸せだが、それだけは本当に残念でならなかった。
小さな錆兎をこの手に抱けるなんて…そんな幸せなことが他にあるか」

「本当にお前は俺のこと好きだな」
と、もう今に始まったことではないが、半ば呆れ混じりにそう零せば
「当たり前だ!錆兎を好きにならないなんて人間として何かがおかしい」
とまで断言してみせるので、錆兎はもう可愛さ半分呆れ半分で笑うしかない。

錆兎は義勇を抱き寄せて、その愛しすぎて困ってしまう己の嫁のつむじに口づけを落とした。

「そういうわけでな、俺は最愛の嫁と子と共に鬼の居ない世で楽しく暮らさねばならんからな。
少しばかり鬼と戯れてくるのは許してくれ。
絶対に無事に戻っては来るから。
大丈夫。おとぎ話はいつだってめでたしめでたしで終わるものだからな」

最初に錆兎のことをおとぎ話の主人公だと言い始めたのは思えば義勇である。
だからそう言ってしまえば、義勇もむぅと口を尖らせはしたものの、不承不承頷いた。

そう、錆兎は主人公なのだから、決して負けたり死んだりはしないはずなのである。









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