…あれを…試すか。
相手は氷を操る鬼。
こいつが作り出す霧を吸い込めば肺が壊死する。
だから気を込めるのはなるべく呼吸が思い切りできる少し離れた場所で。
炎の奥義、煉獄あたりでも良さそうだが、あれは打つ前の溜めが少し長いのでかわされる可能性がある。
既存の型に雷の呼吸の足運びを組み合わせた独自の型だ。
従来のそれぞれの技に比べれば属性的な威力は落ちるが、その代わり速さで摩擦をおこすため、別の破壊力が加わってくる複合的な威力のある型だ。
通常ならありえないほど多種多様な型を会得した錆兎だからこそ使える型。
とりあえず炎の型を基盤とした壱の型は元来の炎の型と違って特に速さに重点を置いていて、自身で朱雀と名付けた。
全速で走り寄りながら気をため構えて刀に炎の型をまとわせる。
──壱の型…朱雀!!
暗闇に紛れるように走り寄っていたところから、気づかぬうちに灯った小さな炎はどんどん大きくなり、やがて大きな炎の鳥になって童磨に襲いかかった。
錆兎が練りだした型なので当たり前だが今まで誰も使ったことがない、見たことのない技に猗窩座が歓声をあげた。
「素晴らしい!瞬時に練り上げられる闘気!そしてその威力!!
よもや新しい型を造りだしていたとはっ!!
さすが俺の好敵手っ!!さすが桃太郎だっ!!!」
と、猗窩座からはもう拍手喝采せんばかりの賛辞を送られるが、あいにく実戦で初めて使ったために若干目測を誤ったのと、童磨自身もとてつもない反射力で避けたのもあって、首の左半分には刃が通ったが、落とすまでには至らなかった。
おそらく…確実に仕留められる状況でないのに何度も撃つと慣れてしまう。
それに、すでに斬った首半分の傷が治りかけている鬼の童磨と違い、自分は傷を負えば消えないし、疲労だって蓄積されていく。
なので無駄打ちは絶対にできない。
「あっぶな~。本当に驚いたよ。今までみたことのない技だけど、もしかして君独自のものなのかい?
とっさに避けなければ一撃で首を落とされるところだったよ。
なるほど稀代の天才剣士というのは本当なんだね。
すごいことだよ?俺は上弦の弐、つまりあの方が作った鬼の中で2番めに強い鬼だからね。
すごいなぁ。本当にすごい!
勝てないとしても十分誇っていいと思うよ」
傷が塞がるまで頭を支えていた手でパチパチと拍手をしながらそう言う童磨の言葉は、どこか神経を逆なでする。
だがそこで冷静さを手放すには、錆兎は長い時を生きていた。
見た目通りの10代半ばすぎなら十分激昂していたかもしれないが、プラス24年生きていれば冷静にもなる。
脳内では次の一手を考え続けた。
あれを避けられてしまえば一撃でというのは諦めた方がいい。
撹乱、拘束…そして斬首。
ありがたいことに童磨側からの血鬼術は発動させられそうになるたび
「貴様が邪魔をしたせいで、俺は今日やりあうわけにはいかなくなったのだから、せめて新しい技を一通り見物するため、貴様が受けておけ。
その邪魔はするな」
と言いながら阻止してくれているので、おそらく童磨を倒すのなら今回が一番いい機会だ。
新しい型は飽くまで一対一でやりあう前提なため自分自身の力が全てになる猗窩座戦のために温存しておきたかったが、上弦の弐相手にそんな余裕はない。
これは…仕方ない。
瞬時にそう判断して、まだ何かしゃべりかける童磨に向かって錆兎は第弐の型を繰り出していった。
弐ノ型、白虎
それは風と雷の掛け合わせで、水の参ノ型流流舞いにも少し似た動き周りながらの剣戟。
だが流流舞いと違うのは、さらに高速な動きで周りにある砂、岩、木、草などを巻き込んで目をくらませながら、敵に小さく剣戟を入れていくものだ。
もちろんこれで敵が倒せるわけではない。
もともと首も狙わない。
なら何をするのかと言えば、相手の身体の神経を狙って、その動きを阻害するのだ。
直接的な傷は即癒えても、神経の伝達に関してはわずかだがそれに遅れを取る。
しかも何箇所かにそれを行うため、上弦にしては長く効力を持続させられるのだ。
そうして動きを鈍くしたところで、参ノ型、青龍。
蛇を基盤とした変幻自在の避けにくいうねる剣筋。
そこで首に刃が届けば最後は肆ノ型、玄武。
機動力は皆無に等しいが即発動。
身体中の力を手のひら、握力に全てつぎ込むことで瞬間的に刃を紅く染め、どんな硬いものも斬りにくいものも斬り裂く一撃だ。
もちろん相手が速度や攻撃に慣れる暇を与えることなく、これらを流れるような速さで繰り出していく。
初めて実戦で投入する技。
第一弾は失敗に終わったので、ひどく緊張する。
が、気合と根性で臆する心を押さえつけ、心を無にして刀を振るった。
日輪刀の刃先が確かに童磨の首を捉える感覚。
そこで全ての力を手先に集める。
もうこの状態になると斬る手以外に力は入らない。
斬らなければ逃げることも出来ず避けることすら出来ず死ぬしかない。
紅く染まる刃。
それは豆腐を斬るかのように苦もなく硬いはずの鬼の首を斬り落とした。
え…?という顔の童磨。
初段で失敗したため自分でもこれでいけるのか半信半疑だったこともあり、なんだかあっけないほどあっさりと斬れた首に錆兎自身もそんな顔をしているに違いないと思う。
「…嘘…だろう…?」
という一言を残して崩れていく童磨の身体。
…勝った…の…か?
そこにまだ上弦の参である猗窩座がいることもすっかり忘れて、錆兎はその場で放心した。
正直、童磨は1人で倒せるとも思っていなかったので、煉獄とあと1人誰かを連れて3人くらいで倒すつもりだった。
そう、この型は飽くまで童磨用ではなく、対猗窩座用の最終兵器のつもりだった。
それを今使ってこうやって思いがけず上弦の弐である童磨を倒せてしまったのは、めでたいのかめでたくないのか…。
これで前世で胡蝶カナエが殺されたフラグは圧し折ることができたわけだが、さて、自分はというと、また何か強力な技を編み出さなければ辛くなるのだろうか…
「見事だったっ!!こんなに見事な剣技は俺も初めて見た!!
今までどの柱も使っていない技ということは、貴様は生まれてたかだか十数年という短い時間の間にこれだけの技を編み出したということか。
正直人生数十年ほどしかない人間風情が永遠の時を生きる鬼に敵うわけはないと思っていたが、おそらくその限られた時間に対する焦りがあってこそ、これだけの剣技を生み出す活力が生み出されたのだろうな。
本当にあっぱれだ。
人間も馬鹿にしたものではないと認めよう」
パチパチと盛大に拍手をしながら言う猗窩座。
武闘派の上弦の参からの大賛辞は光栄と言えば光栄だが、良いのか?こいつお前の仲間だろ?見殺しどころか倒すのに協力したも同然だよな?
お前は大丈夫なのか?
と、いろいろがくるくる回るが、一度巻き戻ってそれなりの時を生きているから多少は増しになったものの元々饒舌な方ではない錆兎は、何から口にしていいかわからず黙り込むしか出来ない。
が、錆兎が言うまでもなく、大丈夫ではなかったらしい。
いきなり猗窩座がぴゅるるっと盛大に血を吐いて地に膝をついた。
ええっ???
「猗窩座っ!!どうしたんだっ!!」
と、走り寄ろうとするのを猗窩座は軽く手をあげて制した。
そしてそれでピタリと足を止める錆兎を見上げる。
口から血を流しながらも、どこか穏やかな目で笑みを浮かべながら…。
そして静かに口を開いた。
「ああ、別に裏切りのつもりではなかったのだが、そう判断されたらしいな。
俺は…ただ気持ちが悪かっただけなのだが。
正しく強く生きる者が下らぬ弱者の奸計で傷つき倒れるのを見るのは怖気がするほど気持ち悪いと思った。
強い者は敬意と誇りをもって堂々と倒されるべきだ。
だから俺が卑怯な手も使わずきちんと倒そうと思っただけだったのだが…あの方にはわかっては頂けなかったらしいな」
そう言って眉尻をさげて苦笑する。
「そんなすまなそうな顔をするな。
貴様のせいではない。貴様は俺の期待によく応えてくれた。
実にあっぱれな剣技だった。
自分で戦ってあれを受けられなかったのは残念だが…最期に間近であれだけの技を見られたことで、そのあたりは良しとする。
まあ…貴様は俺がきちんと倒すつもりだった。
が、倒せないまま死ぬのもまた良し。
そう、倒すつもりではあったのだが、一方で倒すのが気持ち悪いと思う自分もいてな。
奇妙なものだ。
好いた男がいる女が死ぬのも不幸になるのも気持ちが悪い。
…悲しませるのも泣かせるのも気持ちが悪い…何故かそう思った。
…幸せになって欲しい…幸せにしたい…
何故だ?貴様の嫁になど興味はないというのに…
い…や…貴様の嫁に…ではない……のか?
俺は…誰かに対して…そう…思っていた…の…か…?」
最後は錆兎に対してではない。
自分自身に問いかけながら、猗窩座はサラサラと砂となって風に舞い散っていった。
これで上弦の弐と参が倒れた。
結果的には万々歳だ。
だが…本当に不可思議なものだ。
猗窩座の言葉ではないのだが…なんだか錆兎は上弦の弐はとにかく参の結末は気持ちが悪かった。
そう、自分が戦って倒す分には構わないのだ。
互いに戦いで死ぬことは覚悟して、それでもと望んで戦いの場に身を置いている。
でもこの結末は嫌だ。気持ちが悪い。
この時錆兎は初めて自分に対しての猗窩座の行動を感覚的に理解した気がした。
おそらく猗窩座にも鬼になる前には好いた女の1人でもいて、卑怯な手で殺されでもしたのかもしれない。
そうなる前に、人間の猗窩座に会いたかった。
そうすれば楽しく酒を飲みに行くくらいの仲にはなれたかも知れない。
色々考えるとひどく気持ちが沈み込んでくる気がした。
が、もし猗窩座の言葉が本当なら自分には義勇だけではなく、その腹に己の子がいるのだ。
落ち込んでいる場合ではない。
「…帰らねば…な…。
義勇のもとに…帰ってやらねば」
鬼舞辻を倒したあとのことを考えよう。
鱗滝先生がいるから迷わず帰る場所は狭霧山と思ってはいたが、子のことを考えればどうなのだろうか…。
他に子どもがいない狭霧山では自分たちが年老いて亡くなったあと、子が1人になってしまうか…。
それなら街中に住居を構えて先生の方にそちらに来てもらうほうが良いのか…。
平和になれば同期も柱仲間達も世帯を持って子の1人でも設ける人間も多くなるだろうし、そうしたら子を通しての交流も持てるかも知れない。
そう…鬼のいなくなった世はきっと楽しく幸せなはずだ。
頑張れ…頑張って義勇との幸せな生活を掴むのだ。
そう何度も心の中で呟きながら錆兎は重い足を引きずるようにして、その場をあとにした。
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