勝てば官軍桃太郎_23_奇跡はAよりもたらされり2

水柱屋敷を出たのはまだ夕方にもならないうちだったが、気づけば太陽は西に沈み、空には綺麗な満月が浮かんでいた。

──久しいな、桃太郎。いや、渡辺綱の子孫、渡辺錆兎か…

相手は確かに鬼だというのに、その声に不快感は感じない。
約束通り相手、猗窩座も1人で来たようだ。

武人としては好感が持てる相手だと思う。
惜しむらくは鬼でなく人間だったら…ということだろうか。

それはまあ向こうもそうなのだろうが。


月明かりに照らされて仁王立ちをしているその鬼は、どこか嬉しそうに錆兎に視線を向けたが、次の瞬間、眉をしかめた。
そして言う。

「せっかく猶予期間をやったというのに、何故体調を万全にしておかない?!
そんな顔色をして何をしていた」


鬼にまで心配されるほどひどい顔色をしているのだろうか…。
体調は悪くはないし、日々の鍛錬も欠かしてはいないのだから、戦うには問題がないはずだが…と、錆兎は念の為その旨を告げた上で、

「嫁が…このところ体調を崩していて、おそらく俺が顔色が悪いとしたら、そのためだろう」
と、説明をした。

「体調を?」
と、さらに眉を寄せる猗窩座に錆兎は頷く。

「ここ1ヶ月と少しばかりか…。
最初は風邪を引いたのかダルいと言って横になることが多かったのだが、そのうち胃にきたらしくあまり食えなくなってきた」

何故鬼に嫁の健康相談をしているのかわからない…。
だがなんだか随分と猗窩座が気づかわしげな顔をするのでついつい話してしまう。

「食えないのか…。それはいかんな。
とりあえず水分だけは摂らせるようにな」
などと言う鬼。
そう、相手はまごうことなく鬼である。

だが真剣に心配しているらしく、腕組みをしたまま何か考え込んでいる。
そして唐突に顔をあげる。

「もしかして…吐き気もあるか?」
と聞かれたので錆兎はうんうんと頷いた。

すると目の前で呆れたような顔をされる。

実際…
「お前…阿呆か?人間のくせに何故気づかん」
などと言われた。

もうほとんどこいつ気の置けない友人枠なんじゃないかくらいに互いに緊張感がない。

「何にだ?」
と、錆兎が聞くと、猗窩座が当たり前の顔をして言った。

「それは腹にややこが出来たということだろう。
祝言の翌日に貴様のところにやった授け子鬼が確かに貴様の内儀に血鬼術をかけたと言っていたから、その夜に出来たのだろうな。
まあ…俺はお前にばかりかまけているわけではないから失念していたが、お前はそこのところを忘れているなよ。
時期的にも当たり前の時期だし…」
と、はぁ~と大きくため息をついた猗窩座にポン!と肩を叩かれる。

いやいや、さすがにそれはない。
と、錆兎がふるふると首を横に振ると、猗窩座は不思議そうに目を丸くした。

「何故そう思う?
あいつはな、唯一くらいに人間の中でも引っ張りだこの鬼だぞ?
なにしろ百発百中で孕まさせることができる血鬼術を使うんだ。
跡取りが出来ない豪商や政治家、公家にも大人気で、本来なら予約でいっぱいだったところを上弦特権で時間を取らせて、あの日お前の所に行かせたんだ。
あの血鬼術を浴びたあとにやれば、例え本来はもう孕む機能などないババアでも孕む。
それどころか、お気に入りの稚児の子が欲しいと言う変態が、先月めでたく稚児にややこを産ませたらしいぞ」


…何から突っ込んで良いんだろうか…

人間に大人気の鬼?
上弦特権?
いや、とりあえずそこらへんの事情はまあいい。
自分には関係がない。
それより聞かねばならぬのは最後の言葉だ。

「その…稚児というのは、子どもということか?それとも男色の相手のことか?」
と、問えば、猗窩座はさらっと

「後者だ。どこぞの偉い寺の生臭坊主でな。
どうしてもその稚児と自分の間に子を作って寺を継がせたかったらしい」
などと驚くべきことを言う。

「その稚児は…女になったということか?」
「いや?普通に男のままらしいぞ。平たい胸でも乳は出るらしいが、ほかは皆男のまま。
ややこも種を挿れたところから出てきたらしいしな。
まあ、そんなことはどうでもいい。
とにかくそのくらい絶対に子が出来るということだ。
あの血鬼術を食らった嫁を前に手を出さないなどということは貴様でもさすがにないだろうし、抱いたのなら確実に出来ている。
わかったか?」

「…俺と……ぎゆうの子……が……」

もう錆兎の脳内は混乱しまくっている。
だって今の今まで思っても見なかった。

「おかしなやつだな。普通嫁とやることをやれば出来るのは当たり前のことだろう。
何故そこまで驚くんだ。
もしかして元々嫁は身体が強くなくて、体調不良も日常すぎて気づかなかったとかか?
しかしそういう事情ならなおさら子が出来るかどうかは気遣うべきだぞ。
子ができれば強くなる女もいれば弱くなる女もいる。
貴様の嫁が前者なら良いが、後者ならなおさらだ。
とりあえず授け子鬼を送った俺にも責任はある。
勝負は貴様の嫁が無事ややこを生むまでは延期だな。
嫁の世話は本人が嫌がるとかでなければ他人に任せるなよ?
身体が弱ると心も弱るからな。
極力側についていて貴様が世話をしてやれ」

同性のはずの義勇が孕んだということにも驚きだし、何故かそれで敵のはずの錆兎の嫁と腹の子の心配をする鬼にもびっくりだ。
しかもこのあと寝込んでいる人間の看病のノウハウまで何故か説明されて目が点になる。

こいつ何者だ?
鬼のくせになぜ人間の自分より病人の介護に詳しいんだ?
わけがわからない。

「鬼のくせに何をひとの家庭の心配してんだ?」
と、思わず口をついて出てしまったが、それに赤座は眉を寄せ

「別に心配などしてはおらん。
ただ…祝言をあげて幸せになるはずだった女が不幸になるというのが気持ち悪いだけだ」
と、自分でも釈然としなさそうな顔で言った。

もしかして人間だったころに義勇のように女きょうだいを祝言前日に殺されたりとかしたのだろうか…。
鬼とはいえそこまで個人の事情に踏み入っていいのかわからないので、聞けないが…。

これ…もし子が無事に生まれて万が一自分が負けるかなにかで猗窩座の方が生き残っていたりしたら、子が成人するまで祝い事や何かの節目のたびに祝いを送ってきそうな勢いだな…と、錆兎は内心ため息をつく。

本当に…こいつ鬼でさえなければ良かったのに…と。


なんだかそんな馬鹿なことを考え始めたその時である。
不意に近づく殺気に錆兎は大きく後方に飛び退いた。

先程まで居た場所に視線を向ければ、そのあたりの地面が凍りついている。
そしてさらに猗窩座がその攻撃が飛んできた方向にすでに飛びかかっていた。


「おいおい、飛びかかる相手が違わないかい?猗窩座殿。
鬼狩りは向こうなんだが…」

猗窩座の殺気に満ちた蹴りを交わして穏やかに微笑むのは血のように紅い帽子を被った白髪の男。
上弦の参である猗窩座の怒りに全く怯えを見せることもなく、むしろ笑みを浮かべる余裕があるその男の摩訶不思議な虹色の瞳に浮かぶ上がるのは、”上弦”、”弐”の二文字だ。

さすがにやばいと青ざめる錆兎の目の前で、しかし猗窩座の方も臆した風もなく怒りもあらわに

「うるさいっ!今日は俺は1人で行かせろと言ったはずだっ!!
1対1で正々堂々やりあって圧し折ると、そう宣言をした上で呼び出したというのに、貴様の行為は俺をただの卑怯な弱者に引きずり下ろした!!
死を持って償えっ!!」

「そんなことを言ってもさぁ…君、一度その鬼狩りを見逃してるでしょ。
今回だって戦っている様子はなかったし、仲良しの君があの方に粛清されたりしたら悲しいなぁと思って手伝いに来たのに。
正々堂々なんてバカバカしい。勝負事は勝てば官軍だよ?」

「うるさいっ!!いくら強かろうと人間ごときいつでも殺れる!!
しかし全ては童磨、貴様を倒してからだっ!!」

そんな会話をしている間も怒りに任せた攻撃を繰り出す猗窩座とそれを手にした扇でかわして行く童磨。

地面がえぐれて凍りついて色々すごいことになっている。

さて、どうすべきだろうか…と錆兎は瞬時に己の取るべき行動について考えた。
おそらくこの様子だと二人一度にかかってこられることはない。
そう判断したところで、その余裕ができた。

鬼同士での殺し合いというのはなくはない。
鬼は餌がなくなれば共食いもするというのは知っている。

だが、上弦レベルになるとどうなのだろうか…。
食って自らの糧にするという以外の方法だと、太陽にあてるか日輪刀で斬るしか倒す方法がないのが鬼というものだ。
怪我をしても瞬時に蘇生する上弦同士で相手を食うというのは無理な気がするから、倒すことは互いに出来ないだろう。

上弦の弐…童磨は将来、胡蝶カナエを殺す鬼だ。
できれば早い時期に死んで欲しい。

…だが…猗窩座に童磨は殺せない。


なるほど…”勝てば官軍”…だよな。
と、錆兎は思った。
勝てる方法があるならば、躊躇すべきではない。

そこで錆兎は刀に手を置いて、そして前方の猗窩座に声をかけた。

「そいつは武人でもなければ、今のお前達の戦いは勝負ではなく単なる粛清だ。
だから俺も手を貸してはまずいか?
俺の側だけ猗窩座の技を目にして知るのは不平等というのもあるしな。
俺も来たる勝負を邪魔する芽を摘むために全力で行かせてもらおうと思うが…。
もちろん猗窩座が許可をしないというのであれば、このまま待つなり日を改めさせてもらうが、二人の決着が着く頃には夜も明けそうだしな。
どうする?」

不意打ちもしなければ、こっそり場を離れたりもしない。
全ては互いの同意の上で飽くまで正々堂々。
それが猗窩座と上手くやっていく唯一の方法である。

もちろん錆兎的にも戦うなら真正面から正々堂々の勝負、そういう戦い方が好きだ。
だからとりあえず声をかけた。


「良いぞ。加われ。許可する」
と、それに対して猗窩座が即答すると、逆にそれまで涼しげにしていた童磨の顔に焦りが浮かぶ。

「おいおい、冗談だろう?
鬼狩りと共闘なんて背信行為以外のなにものでもないじゃないか」

「ふん。貴様はあの方にも嫌われているしな。
鬼狩りにやられる程度の実力ならあの方も貴様など側に置く必要も感じないだろうよ」

「俺には手厳しいなぁ、猗窩座殿は。
やれやれ、女を食わぬなどという趣味が高じて、とうとう子が生まれる相手は倒さぬなどと言い出す猗窩座殿があの方の不興を買った時に一緒に謝ってやるためにも、俺は男はあまり食いたくはないんだがここは勝って、慈悲深き教祖として夫を亡くして悲しい思いをするであろう桃太郎の奥方を救うために、二人一緒に食ってやらないとね。
いや、腹の子も含めて3人か」

と、それは猗窩座に向けて放った言葉なのだろうが、錆兎の逆鱗に触れた。


「それなら俺は食われるよりは桃太郎らしく全力で鬼を滅せねばなっ!
嫁が母親として命をかけて俺の子を産んでくれるなら、俺は父親として子に平和な世界をつくってやらねばなるまい!」

正直いまだ猗窩座がさきほど言った事は半信半疑で、父親になる自覚などとうてい湧くまでは行かないが、もし…もし本当に猗窩座の言うように義勇の腹に自分の子がいるなら、自分も食われるわけにはいかないし、ましてや妻子を鬼にくわせるなんてわけには断じて行かない!









0 件のコメント :

コメントを投稿