「だ~か~ら~、本当に偶然なんだってっ!
上弦の肆の本体だなんて知らなかったんだってばっ!!」
そして相変わらず一緒に稽古をしろだの勝負をしろだのと詰め寄られる。
そこで自分じゃ柱の相手にはならないと言えば、上弦を倒した男が何を言ってやがるとそれでなくとも強面の不死川はさらにおっかない顔で村田の襟首を掴んできた。
本当に何故こんなに自分が固執されるのかがよくわからない。
どうせライバル視するなら師範の錆兎か兄弟弟子の煉獄あるいは伊黒あたりにしてくれと声を大にして言いたい。
いや、以前実際にそう言ったら激怒されたので、それ以来心のなかで叫ぶのみだが…。
とりあえず、それでも今回のは誤解を解いておこうと、あれは急いでいたのと足元が暗かったので気づかずに本体を蹴飛ばして気絶させてしまったところを上弦と知らずに斬ったのだと説明したのだが、信じてもらえない。
まあ村田自身、自分が話していても嘘くさい話だとは思うのだが、事実なので仕方がない。
煉獄も加わって話を聞いたところによると、本体から分裂した4体はそれはそれは強かったらしく、その本体なのだからさぞや強い鬼だったのだろうと言われるが、向こうも焦って逃げていたのだろう。
とても小さくて強そうにも見えなかったが、もし強かったのだとしても気を失っていれば強さもなにも関係ない。
少なくともあちらは反撃もなくて苦もなく斬れたが、不死川と試合なんぞした日には大怪我を負うのは目に見えている。
だから自分は柱とやりあうほど強くはないのだと断固として主張すれば、桃太郎の右腕の座に君臨し続けている男が何を言いやがるとまた言い返された。
いやいや、村田からすれば、不死川の方が何を言ってやがると言いたい。
だって村田が桃太郎の右腕と言われるのはひとえに錆兎の任務の時について行って義勇の護衛を仰せつかっているからで、何故そうなったかと言えば、最終選別の時に一番最初に錆兎に助けられて仲間に加わったから。ただそれだけで、強いからではない。
正確に言えば、錆兎以外は当然知らないが、前世で錆兎から怪我をした義勇を預けられて、動けない義勇を最期まで見捨てずに一緒に鬼に食われたから人間性を信頼されてという理由なのだが、まあどちらにしても強さが理由ではない。
それなのに、この不死川実弥という男が、水柱屋敷に来た頃からずっとその座を羨望の眼差しで見続けているのが村田からしたら、わけがわからない。
そんなに義勇の護衛がしたいのか?
そもそも護衛と言ったって単に義勇の周りに敵が湧いたことを知らせるだけの仕事だから、ほぼ戦わない。
戦わないから階級も上がらないし腕もあがらないので、錆兎の任務がない日にせっせと腕慣らしに一人任務の日々。
それでも以前はまだ良かった。
数ヶ月前、二人が祝言をあげてからは、それはそれはナチュラルにイチャイチャしてくれるので、なんとなく気まずい。
泊まりの任務なんかだと、昼もまあそうだが、夜は特に…。
宿に泊まると夕食時くらいから互いにソワソワしているし、部屋が襖で区切られただけの隣とかだともう最悪だ。
新婚夫婦の夜の営みの声が漏れ聞こえてしまう。
任務の時くらい我慢しろと言いたいところだが、任務の日にやらないとなると、本当に出来る日が限られる。
それだとしたい盛りのお年頃の若い新婚夫婦には酷だろう。
とは言え、村田だってそう年は変わらないわけなのだから、そんな声を毎晩のように聞かされれば辛い。
一応錆兎は隣の部屋に人がいるという意識はあるらしくかなり声を抑えているが、とにかくやたらと義勇を気遣って『大丈夫か?辛くないか?』と繰り返すこととか、義勇が達する時は必ず錆兎の名を繰り返し呼ぶこととか、そんな同期の閨の事情なんて本当に知りたくないんだが……
錆兎の錆兎君が英雄らしく大変ご立派なことなんて、本当に一生知りたくない情報だと思う。
錆兎の右腕…つまり義勇の護衛につくということは、そういう諸々も含めてひっかぶることになるわけだが、お前は本当に代わりたいのか?と不死川には言いたい。
本当に言いたい。
小一時間問い詰めてやりたい。
もちろん思っていたってそんなことを弟子とは言え他人に言うわけにもいかないから、
「柱になったらいくら桃太郎のとは言え、他人の専属の補佐になるわけにはいかないんだし、稽古したいなら錆兎とすればいいじゃん」
と、村田としては妥当であろうと思う返答を返してみるが、それに不死川は苦い顔を返してきた。
「俺はてめえとやりあってみてえんだよっ!
…と、まあ、それはそれとして、今錆兎はそれどころじゃねえだろ。
なんだかここ最近お姫さんが体調悪いみてえでなァ、あいつまで顔色悪くなってやがる」
「あ~、まだ体調戻らないんだ…なんだか長いよな」
と、それに村田も眉をしかめる。
もうどのくらい前になるだろうか…
義勇が風邪でも引いたのかだるくて熱っぽいというので、最近は任務に同行していない。
なので当然、お姫さんの護衛である村田も休みということで、このところは一人の任務を黙々とこなしていた。
今回の上弦戦もそんな感じの任務後のお呼び出しによるものだったのである。
”桃太郎の奥方”ということで、お館様が直々に医師を手配してくださったらしいが原因がわからず。
最近は食べ物もあまり食べられず寝てばかりいるらしい。
義勇のこともだが、義勇を心配しすぎて自分まで顔色の悪い錆兎を心配して不死川が任務の時以外は本当に水柱屋敷に入り浸っているので、不死川を避けて逆に屋敷に寄り付かなかった村田はそこまで長引いているということを初めて知った。
こうして二人で珍しく揃って深刻な顔をしていると、しばらくして噂の主が居間に顔を出した。
任務なのだろうか、しっかりと隊服を着て刀を携えた錆兎。
それを見て不死川は
「あ、今から任務なのかァ?
なんなら俺が代わってもいいぜ?」
と、気遣わしげに声をかけるが、錆兎は眉間にシワをよせた難しい顔で、
「いや、俺が行かねばならん任務で他に代わってもらうことはできないんだ。
でも実弥、ありがとうな。
その代わりと言っては何だが、義勇を頼む」
と言ったあとに、ややぎこちない笑みを浮かべる。
それに不死川は
「なにか難しい任務なのか?」
少し顔色を変えた。
体調が悪くて寝込んでいる義勇を置いてまで錆兎が他に代わってもらうことなく自ら足を運ぶとなると…よほどのものだろう。
「代われないにしても、一緒に行くか?」
と、不死川は腰をあげかけるが、錆兎は
「いや、義勇をみていてくれ」
と、それを手で制した。
そして…任務の内容に関しては飽くまで口にしない。
それでも…普段はそういう態度を取らなかったとしても錆兎は不死川にとって師範である。
その師範が飽くまで…となれば、彼も黙って引かざるを得ない。
「…わかった。気をつけていけェ」
と、全くわかってもいなければ納得もしておりませんという顔で、それでもその場に座り直した。
そして錆兎はそのまま外に出る。
最終目的地に行く前に産屋敷の館へ。
すでに面会を求めるべく鴉は飛ばしてある。
一応…共犯者としては報告はすべきだろうという義務感と、万が一の時のための依頼。
そう、あの、初めて会った日からすでに3ヶ月。
とうとう猗窩座から連絡が来た。
身を落ち着かせる猶予期間としては十分長い時間だと言えるだろう。
猗窩座は武人としては信頼のおける相手だと錆兎は思っていた。
だから、自分の側も決まり事は守りたい。
現場には一人で行き、一対一で正々堂々勝負をする。
勝てるだろうか…と思えば、前世よりは数段腕をあげているはずの自分だが、前世では実弥と二人がかりだったことを考慮にいれれば、勝てる確率は半々と見ている。
だからまず産屋敷に事情を話し、もし朝になっても自分が戻らねば負けて死んだのだということで後のことを…特に義勇が少しでも健やかに生きられるよう、頼んでおきたかった。
自分が敗れればどうせ今生で無惨を倒すのは無理だろうし巻き戻ることになるが、それまでの期間、義勇はもう狭霧山の鱗滝師範の元にでも送り届けて静かに暮らさせてやってほしい。
産屋敷に会って実際にそう依頼をしたら、彼は諾とも否とも言わず、ただ
──君が勝てば全て解決だよね
と、ニコリと笑った。
ああ、本当にこの笑みが曲者だ。
猗窩座の方がそういう意味ではよほど信頼出来る気がしてきた。
だがまあ産屋敷が動かなくても、義勇のことは同期達と継子柱達が気にかけて面倒をみてくれるだろう。
言うだけは言ったし報告するだけは先に報告したということで、まあ良しとしておこう。
確かに産屋敷の言うことももっともだ。
自分に何かがあった時のための準備をするのは柱として男としての当然の責任だが、本当に勝とうと思うならそれはしないほうが良いのかも知れない。
負けたら大切なあたりが大変なことになると思えば負けられないという気にはなる。
が、努力はどれだけしても足りないのだ。
勝負に絶対ということがない以上、万が一にも義勇に不自由はかけたくない。
特に最近義勇が体調を悪くしているので、なおさらだ。
とりあえず報告をして産屋敷の館を出ると、錆兎は念の為尾けられていないか辺りを見回し、完全に誰もいないことを確認すると、指定された河原へと急ぐ。
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