──ひぃっ!!ツヤツヤがいるなんて聞いてない!!!
──あ~はいはい。俺だってさっき命令受けて来たところだからね
そんなことを言いながら、すでにびびって逃げかけている鬼をサクっと斬る。
今回の任務はたまたま一人での任務の帰り道に、新米隊士が一人で異能の鬼に苦戦中だから助けに行ってやってくれという指令を受けて出向いたものである。
異能の鬼?マジ?嫌だなぁ。俺じゃ無理じゃない?
と、思うわけだが、異能の鬼レベルだと大抵は今回のように向こうから勝手に勘違いをして逃げてくれる。
逃げるまでいかない場合でも相手は怯えて動きが数段に悪くなるので、これまではそれほど苦戦したことはない。
まあ…多少苦戦することになったとしても、風柱様とのガチバトルよりはマシだ。
そう、現風柱の不死川実弥は風の呼吸も修得している水柱の錆兎の継子で、村田も住んでいる水柱屋敷に住んでいたのだが、鬼や鬼殺隊の人間同様、村田が強いと信じ込んでいる一人である。
まあ、信じ込むのは勝手だ。
だが、やたらと稽古をつけろだの勝負しろだの追い回すのはやめて欲しい。
自分の強さを考えて物を言ってくれ。
お前は錆兎がいつか柱の座につけようと鍛えている逸材なんだから、凡人の俺が敵うわけ無いだろう。
そう思って、
「お前とやると(俺が)怪我をするからやだ」
と、はっきり断ったら、何故か
「半人前と馬鹿にしてやがんのかっ?!」
とキレられた。
ええ?!なんでそうなるのっ?!!
と動揺しつつも、怖いから逃げる。
そして追いかけてこられる。
だから元々義勇の護衛がない日は一人の任務についていることもあったが、不死川が来てからは護衛がない日は不死川と会わないようになるべく多く任務を入れてくれるように頼むようになった。
そんな事情があるので、今日のように任務の帰り道にまた任務ということも珍しくはない。
そんなこんなで鬼の討伐数だけは増えていって、現在の階級は地味に甲。
実は秘かに腕もそれなりにあがってはいるのだが、周りにいるのが錆兎を始めとするその弟子の柱達だったりするので、目立たない。
今日も助けた新米隊士に
──助けに来てくださるのが、”あの”村田さんだとは思っても見ませんでした!
と、可愛いことを言われたあとに
──雑魚程度には本気を出さない感がすごいですっ!さすがですっ!水の呼吸の型なのにあえて水の見た目を出さずに斬るなんてっ!
と、キラキラした目で言われたわけだが……
(…ちげえよ。あえてじゃなくて適正が低すぎて水が薄すぎてみえないだけだよ…)
と、がっくり来たのは秘密だ。
強いという誤解を否定してもいいのだが、桃太郎の大切なお姫さんが実はめちゃ強で…とかいうことが露見して変に鬼に目をつけられても宜しくない。
だからお姫さんの護衛としてはそのあたりは仕方ないので黙っておこうと最近は割り切っている。
まあ…それによって村田の方には弊害があったりはするのだが……
──カァァ!北西ノ街外レヘ急ゲェ!
と、村田の鎹鴉がパタパタと飛んできて叫ぶ。
「はいはい。北西でも南東でもどこでも行きますよ」
と、それに小さくため息を付いて答える村田に、続いて鴉が言うことには…
──不死川、煉獄、両柱ガ現在上弦ノ肆ト交戦中!急ゲッ!急ゲエーー!!!
…そう……こんな感じの弊害が……
勘弁してくれよ…と、内心村田はため息をついた。
そして…
…柱が二人上弦とやりあってる中に、俺が行ったって邪魔だろうが…
と、思う。心底思う。
他はとにかく、本部くらいは噂を鵜呑みにしないでちゃんと実力を把握しておけ、無茶な任務に放り込むなと声を大にして言いたい。
だが任務に拒否権はない。
ついでに
「すごいですねっ!さすが村田さんっ!
上弦戦に呼び出されるなんて、ほんと柱と同等なんですねっ!
さすが”桃太郎の右腕”!!」
と、澄んだ目で見てくる新米隊士の夢を壊すのもなんなので、
「う~ん、俺はぜんっぜん強くもなければすごくもないんだけどな。
でも呼ばれてるからしょうがないから行ってくるな。
お前は気をつけて帰れよ」
と、ひらひらと手を振ってとりあえず北西に向かって走り出した。
そしてその頃現場では…
「クソッ!さすがに4体同時はキツイぜっ!」
と、煉獄とともに任務についている不死川が舌打ちをしている。
最初はそう強くないのかと思った。
なにしろ逃げ回るばかりの鬼を追い詰めて首を斬れば、意外に簡単に斬れてしまったのである。
しかし案外あっさりと首が斬れたかと思えば、この上弦の肆は4体に分かれて、これがそれぞれべらぼうに強い。
それは以前錆兎に聞いていた喜怒哀楽の名を持つ4体の鬼。
それとは別に本体がいる。
4体はそれぞれ斬れば分裂して弱くはなるが、本体の首を落とさねば死ぬことはない。
「うむ!きりがないなっ!
本体を探す余裕が出来ない」
二人で斬って斬って斬りまくって敵を弱体化させても、しばらくするとまた元に戻るので、本体を探せない。
「加勢はまだかよォっ!誰が来る予定だァ?!」
今二人でなんとか4体を押さえられているので、柱がもう一人来てくれれば、行ける気がする。
そう思って不死川が聞けば、煉獄は空からの敵の攻撃を必死に避けながら
「伊黒と胡蝶が向かってくれているらしいが、彼らはもう少し時間がかかりそうだ。
だが、ちょうど任務帰りの村田が近くにいるから連絡が行っている」
と言う。
それに不死川は微妙な顔をした。
あいつか…あいつに助けてもらうのか…と思うとなんだか複雑な気分だが、今まで見る機会がなかったその実力を目の前で見られると思うとそれは少し興味深い気がしなくもない。
試合の申し出を拒否されたのは柱になる前ではあるが、実力は柱と呼ばれるようになって急に変わったわけではないので、そんな柱と同等の実力だったはずの不死川に、お前ごときがやりあったら怪我をするからと言い放ったその実力とやらは常々気になっていた。
その割には村田が刀を振るうのを見る機会がこれまでなかったので、
さあ来い!村田っ!!
と、不死川はそれを楽しみに、気合と根性で敵の雷と空からの攻撃を避けるのに没頭し続けた。
そんなことになっているとは知らない村田は、どうせ柱二人で足りなければまた補充で柱が呼ばれるのだろうし、自分が行っても気休めにもなりはしないと思いつつ、ややゆっくり目に現場へ向かっている。
そうしてもうすぐ現場というその途中で、何かが思い切り足にあたってコロリと転がった。
月明かりが照らすのみの夜の闇の中でその姿がよく見えず、最初は猫か何かを間違えて蹴飛ばしたのかと思ったが、よくよく目をこらして確認してみるとそれはやや不格好だが人のような形をしていて、着物まで着ている。
──…げっ!なんだこれ?!きっもちわる……
と、さらに転がったほうに近づいてみると、額に2本の角をはやした小さな小さな鬼が伸びていた。
暗いとは言えそんなものを蹴飛ばしてしまう自分も自分だが、鬼のくせに蹴飛ばされて気を失ってしまうこの鬼も大概間抜けである。
まあ…村田的にはそれでも悪くはない。
──弱い俺が行っても邪魔にしかならないしな…かといって指令を無視するわけにもいかないから、時間つぶしに丁度いいかっ
と、気を失っている鬼の首を斬っておく。
大きさの割にやけに固くて斬りにくかったが、まあ、小さいのでしっかりと狙いをつけてざっくり行ったら、無事斬れた。
無事……いや、別の意味で無事じゃなかったかも知れない。
ぎゃああぁあーーー!!!とすさまじい声をあげながら首を斬られて消えていく小鬼。
とりあえず小鬼と言えど見逃すのも鬼殺隊士としてどうかと思ったから斬っていたので到着が遅れたと、そう報告しようなどと思って斬ったわけなのだが、これがとんでもない結果になった。
斬った瞬間、村田の鎹鴉が、
──カアァァ!村田隊士により上弦ノ肆消滅!村田隊士、上弦ノ肆を討伐しせりーー
と、パタパタと飛んでいく。
え?え?ちょっと待てっ!!
「お~ま~え~!!そんなデタラメやめなさいよぉぉーー!!!」
と、夜の街外れに絶叫する村田の声が響き渡った。
そんな主の声を気にかける事なく、──村田隊士、上弦ノ肆を討伐しせり、を繰り返す鴉を追い回す村田。
それでなくとも誤解で分不相応な評価を得て色々困った事になっているので必死だ。
「本当にっ!実弥とかに聞かれたらどうすんのっ!!やめろってばっ!!」
と、その一番の困ったことになっている相手の名を口にした時、
──む~ら~たあぁぁぁーーー!!!!
と、土煙を巻き上げながら、こちらに向かってものすごい勢いで爆走してくる傷だらけの男。
言わずとしれた風柱、不死川実弥。
ひぃぃーー!!!
と、悲鳴をあげて逃げ出す村田を追いかけてくる。
星の巡りが良いのか悪いのか…
極々平凡な能力の隊士なのにも関わらず、村田はこの一件で”桃太郎の右腕”の名に続いて、”上弦を斬り捨てた前代未聞の一般隊士”の二つ名も拝命することになる。
そうして日々、鬼と風柱に怯える日々を送るのであった。
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