──そう言えば…なんで3日のうちに…ということだったんだろうな…
起きるのが遅かったため、二郎が用意してくれた昼を少し遅めの時間に食いながら、義勇が唐突につぶやいた。
相変わらず食べるのが下手な義勇が頬につけた米粒を取ってやりながら錆兎が聞くと、義勇は祝言の日にあまね様に言われた、祝言で花嫁になって3日かけて花を落として嫁になるという話をする。
「それで、何故3日なんだろうと思って…」
と言う義勇に錆兎は少し考え込んで、
「3日で正式に夫婦ってことなんだろうな。
まあ産屋敷は古い家だし…」
と、頷いた。
「だから、何故3日?」
と、それが知りたいのだとばかりに義勇が言うと、錆兎は苦笑した。
「平安時代の風習だ。
男は3日間女の元に通って、3日目に共に餅を食って夫婦になるという儀式があったんだ」
「へぇ…すごいな。錆兎はやっぱり物知りだな」
と、それに感心して義勇は目をキラキラさせて錆兎を見る。
「俺の家も古い家だっただけだ」
「ふ~ん…ではあれは本当のことか?
錆兎の祖先が鬼退治で有名なお侍っていうの…」
「あ~、渡辺綱な。大江山の鬼を退治した頼光四天王の一人。
ちなみにその四天王には金太郎の名で有名な坂田金時もいる」
「え?本当かっ?!すごいじゃないかっ!金太郎の仲間だったのかっ!!」
と、義勇のあまりの食いつきっぷりが可愛くて、思わず笑ってしまう。
「あ~、まあそうだな。
でもそれから900年以上は経ってるしな」
そう言えば義勇は最初は鬼から助けた自分を牛若丸の再来かと思ったと言っていたか…
そういう無邪気なところは相変わらずだ。
そうして3日目の晩は、一日目、二日目と落ち着かなく過ぎていったのが嘘のように穏やかな時となった。
一緒に風呂に入り、義勇の綺麗な黒髪を丹念に洗い、子どもの頃のように一緒に湯船に浸かって狭霧山の思い出話に花を咲かせる。
義勇は最初に出会った日、月明かりに照らされて刀を振るって鬼を倒す錆兎を見た瞬間、一目惚れしたのだと言った。
錆兎は?と聞き返されて、錆兎は悩む。
さて、本当のことを言って信じてもらえるだろうか…今好きだという気持ちが変わったりはしないだろうか…
色々考えたのだが、結局伴侶として生きていくなら本当のことを…と思って前世のことを口にした。
自分は前世で一度義勇を助けられずに死なせてしまっているのだ…と。
おそらく義勇が本当に唯一の相手だと自覚したのは、永遠に亡くしてしまったと知ったその瞬間だ。
それまで親を失くしても家を失くしても…名字さえも名乗ることも出来ず、自分のそれまで生きてきたものを全て消し去らなくてはならなくなったとしても、相変わらず空は青く水は冷たく、世界は色鮮やかで、美しいものは美しかった。
なのに義勇をなくした瞬間に世界は色をなくして食べ物も砂を噛むようだった。
幸せのために生きるわけではない。
ただ報復のためだけに生きた日々…。
今生で出会った相手の中には前世でも会っている相手はいるが、その時は何も感じなかったのに、義勇と共に生きている今生で出会った時には相手の幸せをも自然に願っている。
みんな死んでしまえと思って生きていた前世と、みんな幸せであるようにと願っている今生。
その違いは唯一つ、義勇がそこにいるかいないかだ。
「…だから…俺にとって義勇は世界の幸せの全てなんだ」
と告白すれば、これを錆兎の夢ととらえたのか現実ととらえたのかはわからないが、義勇は真剣な表情で
「俺にとっても錆兎は世界そのものだ。たぶん錆兎に出会った瞬間から、姉さんを亡くして色あせていた世界が一気に色鮮やかで綺麗なものに変わったんだと思う」
と、言う。
「本当は…ちゃんと綺麗な女の人と結婚してちゃんと子どもをもうけられた方が錆兎は幸せなのかも知れないってなんども思ったけど…どうしても諦められなかったんだ…ごめん」
と義勇が言えば、錆兎は
「俺は別に自分の子に執着はないが、義勇に似た子ならいたら可愛いだろうなと思うことはある。
だが、お前が他の人間と世帯を持って子どもをつくるのは嫌だから仕方ないな」
と、笑う。
「まあ、いいんじゃないか?俺はいつもあちこちで公言しているが、鬼を全て退治して鬼のいない世の中になったなら、お前と一緒に狭霧山に帰って自分たちが食うだけの畑を耕して、川で魚を、森で獣を獲って、静かに暮らすのが夢だから。
そうだな、そうしたらまたお前のために山桃を採ってきて、余ったら山桃酒でも作って鱗滝さんと3人で月を肴に酒を飲もう」
鬼の居ない世の中になったら…それはいつでも錆兎の悲願ではあったが、義勇を失くした世界ではそれは叶ったら自分の人生も終わりだったが、義勇がいる今生では、叶えばその先に幸せが待っている。
「じゃあそれまでに俺は街で酒の肴の作り方をたくさん学んで、お酒の強くない鱗滝さんが酔わないように酒を楽しめるようにしないとな」
と言ってくれる義勇と共に歩める幸せが待っているのである。
風呂から上がると錆兎は義勇の髪に櫛をいれて丹念に梳かしながら、乾かしていく。
どうやっても癖の強い錆兎の髪と違って、義勇の髪は丁寧に手入れをすればさらさらになって手触りがいい。
錆兎がとても好きな部分だ。
「よし、綺麗に乾いたな」
と、櫛とタオルを置き、錆兎はそれに口づけた。
「ぎゆう…今日は抱いて大丈夫か?
昨夜無理をさせすぎたから、身体が辛いならこのまま寝てもかまわないが…」
さすがにアレはやりすぎだった…と猛省の元、錆兎がお伺いを立てると、義勇はぷくりと頬を膨らませて
「するに決まっているだろう。俺は完璧に錆兎の嫁になるつもりなんだから、3日間はお前を襲ってでもするぞ。
なんならお前は寝たままでもいい」
と、錆兎の首に腕を回してくるので、
「それも楽しそうだが、それはお前がもう少し疲れていない時にな。
今日はお言葉に甘えてゆっくりとお嫁様を堪能させてもらうことにする」
と、錆兎はそっと義勇を布団の上へと押し倒した。
真っ白い絹の布団の上に散る黒髪がつやつやと光っていて艶かしくも美しい。
初めての時は自身がかなり緊張していて必死で、翌日は義勇が催淫効果でそれどころではなかったから、そんなことにも気づかなかった。
これから抱かれる…と思うからか、義勇の真っ白い肌がわずかばかりに薄桃色に染まる様、潤む深い青の瞳…震える小さな唇…
どれもこれも色めいて美しいのに、これを堪能せずに進めていたとはなんともったいないことをしていたんだと思う。
──ぎゆう…綺麗だ……
ほぅ…とため息交じりに思わずそうこぼせば、薄桃色だった肌がさらに赤みを増していく。
それに小さく微笑んで、錆兎はその自分の半分くらいしかないのではと思われるほど小さな唇を貪った。
こうして3日目ともなると余裕があるのかことが終わっても気を失うこともなく、義勇が
「女なら絶対に孕ませられると思うと、少しもったいない気がするな」
などと言うので、
「なんだ、後悔しているのか?」
と、その頭を引き寄せて髪を弄りながら聞くと、義勇は少し考え込んで
「錆兎にそっくりな子なら5人でも10人でも居てほしい気はするが…やはり他の女に錆兎を取られるのは嫌だしな…。
だが来世というものがあるなら女に生まれて錆兎の子を産んでみたくはある」
と、存外にまじめな顔をして、そんなことを言った。
そうしてそのあと二人で風呂に入って、シーツだけきれいなものに替えて早々に寝る。
義勇の言う本当の来世というものを迎えるためには、とにかく鬼舞辻を殺さねばなるまい。
でないとまた時が巻き戻ってしまう。
あと4日…おそらくこれだけ長く休みを取れるのは鬼舞辻を退治するまではこれが最後だろうし、有意義に使わねば…
そんなことを考えながら、抱き込んだ義勇の温かさと3日続いた前世も含めた人生初の性交の疲れで錆兎はいつのまにか眠りに落ちていた。
こうして翌朝。
互いに身支度を整えて義勇を居間に残して、二郎が用意してくれているであろう食事を取りに行こうと渡り廊下に出ると、そこにはちょこんと大きな塗りの箱と、二郎の書き置き。
──箱は奥方様から。三日夜の餅…らしいよ?
はあ…今の時代に?と思いつつも、もうこの手のことで産屋敷家のやることは黙って受け入れておこうと、食事の盆とそれを持ってとりあえず居間に戻る。
「…それは?」
と、錆兎の手の箱を見て義勇がどこか警戒したように言った。
まあ…二日目のことがあるので、警戒もするだろうが、さすがにあまね様からの届け物だから、と、錆兎は苦笑する。
「なんだかな…奥方様が届けて下さったらしい。
三日夜の餅らしいぞ」
とそう説明すると、義勇は知らなかったらしい。
「三日夜の…餅…?」
と、こてんと首をかしげる。
「ああ、昨日の朝に話しただろう?
夫婦になった日に食う餅の話」
「あ~、あれか。
わざわざ用意してくださったのか」
と、その送り主と中身に安心したのか、義勇はテーブルの上の塗りの箱を開けてみる。
錆兎もそれを覗き込むと、中から黒塗りの角膳を取り出した。
その上には銀の箸置きと木の箸、そして小さな丸餅の乗った花の細工の脚付きの銀の皿が乗っている。
「まあせっかくだからな。俺からな」
と、錆兎は小さな餅の中でもさらに小さな物を選んで口に入れる。
それを3回3個分。
それを興味深げに見ていた義勇は
「どうせなら大きいのを食えばいいのに…。錆兎、餅嫌いじゃないよな?」
と言うが、錆兎はその言葉に苦笑して
「いや…婿はこれを3つ噛まずに食わないとだめだから。
嫁は好きな数を好きに食えばいいから、義勇は好きに食え」
と、箸を置いた。
「…噛まずに…なのか」
と、青ざめる義勇に、錆兎は
「義勇なら喉に詰まらせて死にそうだな」
と、ハハハっと笑う。
「笑い事じゃない。結婚も命がけだ。人間の風習は鬼並みに恐ろしいな」
と、真面目な顔で言う義勇に、錆兎は
「まあ、お前はちゃんと噛んで食えよ?
祝言から3日目で男やもめは勘弁してくれ」
と、苦笑しながら自らまた箸をとって餅を小さく切ると、義勇の小さな口に放り込んだ。
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