勝てば官軍桃太郎_19_二日目

翌朝…錆兎が目覚めると、まだ義勇は眠っていた。

身を起こそうとすると、ぎゅうっと腰に手を回して、いやいやというように頭を振るので、本人は眠っていて気づいていないのだろうが、錆兎の腰に頭を擦り付けている状況になっている。


…おまえ…そういうとこだぞ。俺がお前に無体を強いられない男で良かったなっ!

と、昨晩若干もの足りずに元気を保っている己の息子がどんどん元気になっていくのに気づかぬふりで、現実逃避にそんなことを考える。


男なら…男ならば耐えてみせろ、俺!!
と、そのままそれをされ続けるのはさすがに辛いので、ぽすん!と自分も再び布団に横たわり、狐が一匹、狐が二匹…と、狐の数を数え始める錆兎。

「…狐が…あれ、何匹だったか…」
と、随分と数えたところでわからなくなって、誰にともなしにそう呟くと、
「…121匹だよ」
と、腕の中でモニョモニョと声が聞こえる。

「なんだ、起きていたのか…」
と、見下ろすと少しまだ眠そうな目の義勇。

「…うん…102匹くらいのところで起きたかな…」
ふわあぁと欠伸をして身を起こす義勇に、ため息を付きながら錆兎も起きあがった。

まったく人の気も知らずに呑気なものだ…と思うのだが、普段は錆兎の食事を作るためにさっさと起きる義勇が珍しく眠たげな様子なのはなんだか可愛らしい。

そんなことを思いながら顔を洗いに行こうと歩を進めかけるが、ふと半身を起こしたまま立ち上がる気配のない義勇に気づいて

「ぎゆう、起きないのか?」
と、振り返ると、義勇が無言でうつむいた。

「ぎゆう…?」
「…………」
「腰…痛いか?」
と、ふと思いついて言うと、義勇は無言でコクコク頷く。

そこで一瞬どうするかと思って考え込んだ瞬間、義勇が
「…で、でも、嫌じゃないっ!またするからっ!やめないからっ!!」
と、必死の形相で這いずってこようとするので、

「わかってる。俺だってさすがに嫁がいてずっと禁欲は辛いからな。
ただ今日は飯は二郎に届けてもらうしゆっくりしておけ。
無理をさせて悪かった」
と、錆兎は少し戻ってくしゃりと義勇の頭を撫でると、

「手拭いを濡らしてきてやるからそれで顔を拭け」
と、後ろ手に手を振って寝室をでた。


そうしてその日は食事は二郎に運んでもらって二人でゆっくり過ごし、そして食後…

「あ、錆兎、以前お前に何か助けられたっていう街の人がね、お前にお祝い持ってきてくれたんだけど…」
と、夕食の食器を片付けに来た二郎が重箱くらいの大きさの塗りの箱を持ってきた。

そこには【祝ご結婚】という手紙も添えられている。

これは鬼殺隊内部だけの話ではなかったか…と、少し驚くも、断る理由もないだろうと受け取っておいた。

そして錆兎はそのままそれを手に義勇が今日一日過ごしている寝室へと戻る。


「錆兎、それなに?」
と、当たり前に聞いてくる義勇に無造作に箱を渡しながら

「いや…以前俺が助けたらしい街の人からの結婚の祝いらしいんだが…」
と言って、錆兎はその手紙を開いた。


──鱗滝錆兎殿…
と、やけに達筆な文字をそのまま読み進めると、

──さっそくきちんと祝言をあげたようで、安心した。
まあ、貴様は強いしいい加減な男ではないと思ってはいたがな、判断も早いのは良いことだ。
ついては、心置きなく俺との勝負に専念できるよう、子の一人でも作っておくと良いと思う。
柱ともなればそれなりに恩給もでるとは思うし、貴様ほどの男の内儀なら周りも大切にはしてくれるだろうとは思うが、そこはそれなりに心の支えも欲しかろう。
もし子が貴様の血を受け継ぐ男児なら、成長すればまた俺の良い好敵手に育って楽しませてくれるとも思うし、俺としては貴様の血はなるべく残す方向で進めて欲しいと思っている。
なので、このめでたい婚姻に、少しばかりの祝いを送らせてもらう。
せいぜい励んで、良い子を作ってくれ。 猗窩座──


こうして読み終わった手紙の封筒の中からコロリと転がる玉の半分。
当然それは前回猗窩座が割って錆兎に寄越した半分とぴったりと合わさった。
たらりと額に冷や汗が流れた。

そして…無言で読んでいたため、箱を渡された義勇は当たり前に
「なんだろうな?さびと、開けるからな~」
と、蓋に手をかけている。

「やめろっ!開けるなーーー!!!!」
と、叫んだ時には、ぱかりと開けられている蓋。

もわんと立ち上る煙。

それに二人して目をぱちくりさせていると、中からでてきたのはなんとも手のひらほどの可愛らしい鬼で、ちょこんと義勇の膝に飛び乗ると、

「御内儀どのかな?」
と、つぶらな瞳で言うので、義勇はついついコクンと頷いてしまった。

するといきなり
「赤子を授かるように~♪ビビデバビデブー~♪」
と、手のひらから煙を出す。

「「へ??」」
と、二人して思って、すぐ錆兎が
「ぎゆうっ!吸い込むなっ!!」
と、叫んだが、義勇はすでに吸い込んでしまった。

こうなったらっ!!と、これが血鬼術なら鬼を倒せば…と錆兎が刀に飛びつくが、その時には鬼は窓からすごい速さで逃げてしまっている。

庭まででてみたが夜なので小さく素早いこともあって、もう視覚的に追うのも難しい。
残してきた義勇も心配なので錆兎は仕方無しに部屋に戻った。

そして
「すまん!逃したっ!
ぎゆう、何か変わったことはあるか?!」
と、義勇の前に膝をついて顔を覗き込むと、義勇が潤んだ目で錆兎の襟を両手でつかむ。

「…さびと…さびと……」
「どうした?ぎゆ…っ…」
錆兎の言葉は重ねられた義勇の唇に吸い込まれていく。

そのまま義勇の舌が錆兎の唇を割って、自らの舌に絡めようと必死だ。

昨日初めて抱いたばかりの嫁のそんな様子に平静でいられるほど錆兎も枯れてはいない。
自分から舌を絡めに行くと、ぎゆうが満足げに甘受する。


──さびと…さびと、抱いて…おねが…い…
唇を放すと、切なげに言う義勇に、何かがおかしいと思う。

もしかして…さきほどの血鬼術か…と思い当たって、そしてさらに手紙の内容を思い出す。

なるほど…もしかして媚薬のようなたぐいの血鬼術なのか…
おそらく猗窩座は自分を倒すのに搦め手を使う気はない。
となると、純粋に手紙に書いてあった通り、少しでもそういう気になって励んで子でもできればいいというだけのものなのだろう。

こういう状況で抱くというのはどうかと思わないでもないが、相手も悪気があるわけでなし、そもそも放置すれば義勇も苦しいのだろうから…と、錆兎は据え膳を食らうことにした。



翌日…目が覚めた時には文字通り義勇を抱き潰していることに錆兎は気づいた。

…やってしまったっ!!と、錆兎は慌てて飛び起きて、そのまま義勇を湯殿に抱きかかえて連れて行って処理をして、身体を拭いてやっているところに義勇がゆるゆると目を覚ました。

もう、これは土下座ものだと思う。
とりあえず謝らなくては…と、土下座しかけた錆兎の髪をツンツンと引っ張って、義勇は小さな小さな声で…ごめん……と、何故か涙目で謝ってくる。

「え?」
と、思わず聞き返すと、真っ赤な顔で震えながら

「…勝手に箱開けて…勝手に血鬼術にかかって…あんなはしたないこと……」
と、ポロポロ泣き出した。

──いやに…なったか?
なんてすがるように言われて、なにかきゅんとしてしまったのは秘密だ。

「そんなわけないだろう?
あれは何も言わずにお前にいきなり箱を渡した俺が悪い。
結婚祝いだと言われれば普通開けるだろう。
それに…なんというか…お前が術にかかっているというのがわかっていても、誘ってくるのでついつい俺も可愛くてやりすぎてしまったから…すまん。
身体、辛くないか?」

と、錆兎の方も謝ると、義勇は昨夜を思い出したのか、真っ赤になった。

「…で?結局あれは?」
と、それでも気になったのか聞いてくる義勇に、錆兎は少し悩んで

「猗窩座が別に嫌がらせでもなんでもなく、純粋に結婚祝いを贈りたくて送ってきたもののようだ。
鬼の考えることだし、はっきりした事はわからんが、どうやら結婚したからには励めということで、催淫効果のある煙だったようだな」
と、そこは濁して伝えておく。

義勇はそれで納得したようで、なるほど、と、頷いた。








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