勝てば官軍桃太郎_14_桃太郎屋敷ブームふたたびっ!

「あ~…別にここに居たから柱になれるわけじゃないぞ。
俺は単にお館様から言われた人間を預かっただけだから、どちらかというと俺が育てたからではなく、お館様が預けると決めた人間が柱になったというのが正しい。
だから、ここに住んでどうなるもんでもない」

柱に就任したので、これからは同僚になる師範に手土産を持って挨拶に来てみれば、門の前に列が出来ている。

ここはその主である現水柱がその髪色と絵物語の主人公のように強く正しく格好良いと評判なため鬼殺隊の桃太郎と呼ばれている人物なことから、別名を【桃太郎屋敷】と呼ばれている水柱邸である。

ついでに言うなら、その桃太郎は水柱のくせに風と雷、それに炎の呼吸の型を使いこなす天才剣士で、本日を持って風柱に任命された不死川実弥の命の恩人、そして師範だった。


「錆兎ォ、律儀に相手してんじゃねえぞォ、きりがねえ!
対応は本部に言うか、二郎にでも任せておけェ」
と、何故か自ら弟子志望の隊士達の対応に出ている水柱にそう声をかければ、隊士達から起こるブーイングの嵐。

しかし
「なんだァ?なんなら錆兎じゃなく、俺がこの場で稽古をつけてやろうかァ?」
と、それに実弥がにやりと凶悪ヅラをして刀に手をおいてみせれば、皆震え上がって逃げていった。


それをぽかんと見送ると、錆兎は実弥を振り返って
「なんだか俺より実弥の方が貫禄あるな」
と、苦笑する。

それに実弥は
「ちげえだろっ!みんな錆兎は弱いものイジメなんかしねえ、正義の味方の桃太郎だと思ってるからなっ。
で、俺には本当に半殺しくらいされかねねえと思ってるだけだ」
と、口をとがらせた。



実弥は錆兎に助けられて拾われて弟子入りして11ヶ月ほど呼吸の型と剣術を教わって、そのまま最終選別を超えて鬼殺隊入隊。

それから1ヶ月。
錆兎随行して毎晩のように通常のも異能のも関係なくひたすら何体もの鬼を狩り続けて一昨々日に50体斬りを達成。

昨日にお館様からお呼び出しがあり、本日付けで風柱に就任した。

それまではほぼ錆兎の横に居続けたので【水柱の番犬】などと揶揄されたりもしたが、そんなことでめげたり萎縮したりする性格でもない。
無礼な輩には番犬らしくきちっと吠えかかってやった。

あまりに度が過ぎた相手には錆兎にきっちり許可をもらって、試合という形で常に二本持ち歩いていた木刀で実力の違いというやつをみせつけてやったので、鬼殺隊入隊前からちょっとした有名人である。

まあ…【桃太郎】の側にいれば目立ったことをしなくても有名にはなるのだが…

そんな有名人のなかの1人、いつも【桃太郎】のお姫様の護衛役を務めている村田は、その右腕としてなんと鬼の中でまで名が知れ渡っているらしい。

何度か試合をとふっかけてみたが、
「任務以外で刀は振るわない主義なの。
お前とやると(俺が)怪我しそうだし」
と、逃げられた。

正直悔しい。

その当時も、選別が3月までないのでそれまでは正規の隊員にはなれないものの、実弥は錆兎にほぼ一対一で剣術やら呼吸やらを教わって、自分がそんじょそこらの隊士よりよほど強いと自負していたし、実際、錆兎の任務に随行するということは、鬼を一緒に斬るということだ。

だから錆兎に刀を手配してもらって錆兎と並んで入隊前から鬼を斬っていた。
錆兎の任務なので並みの隊士が相手をする鬼よりはよほど強い鬼を斬っている。
なのに、村田には自分とやりあうと怪我をするであろう若輩者と試合を断られるのだ。

いつかさらに強くなって、その【桃太郎の右腕】の座を奪ってやる!と、せっせと鍛錬と鬼狩りに励んでいたら、気づけば風柱にという話になっていた。

村田にすら勝てていないのに、何故柱?
解せん…と、眉を寄せていると、錆兎があっさり言い放った。

──村田は水の呼吸の剣士で、俺が水柱だからな。柱の座が空いてない

それかっ!!
謎がとけたところで、村田も超えられない自分が柱になどなれない、そもそも自分が目指すのは【桃太郎の右腕の座】だ、柱になるのは嫌だと訴えたのだが、

「俺の右腕なんてケチくさい事を言わず、一寸法師にでも金太郎にでもなって自分の名で鬼に恐れられるまでになればいいだろう」
と、却下された。

柱になったほうがより鬼を狩る環境を整えてもらえる。
風柱になったからといって水柱屋敷に出入り禁止になるわけでもないのだから、もらえる身分はもらっておけ…と、その辺りに本当にこだわりのない錆兎らしい言葉で、結局実弥も最終的に拝命することにした。

こうして不死川実弥、15歳で柱の地位について今日に至る。


親兄弟を失くしてから街の片隅で薄汚れた野良犬のように生きていた自分が、鬼殺隊の最高峰である柱就任…思えば不思議な人生だ。

現水柱鱗滝錆兎、彼と出会った頃から実弥の人生は大きく変わったのである。


1年前のあの日…鬼になって弟妹達を殺してしまった母親を止む無く殺し、ただ1人生き残った弟の玄弥を親戚に託してからは、実弥はごろつきのような生活をしながら、刀も持たずに自身の稀血で鬼を酔わせてひたすら鬼を日光に当てて殺すという無茶な鬼狩りをしていた。

毎日のように血を流し続けるのにそれを補うほどの物を食う金はない。
貧血でフラフラになってへたり込みながら、それでも目の前の鬼を滅するために自分の体に刃をいれようとしたその時に、まばゆい光をきらきら振りまきながら、その鬼の首を刎ね飛ばしたのは、実弥と同じ年頃の少年だった。

不思議なことに、実弥がどれほど斬りつけても死ななかった鬼は、その少年が首を撥ね飛ばすとサラサラと砂のように崩れて風にとばされて消えた。

何故…?と思って顔をあげて改めて少年を見ると、その少年はなんとも珍しい宍色の髪をしていて、右の口元から頬にかけて大きな傷跡があるが男らしく整った顔立ちで、そして…主人公っぽく見える。

主人公っぽいってなんだ、主人公っぽいって…と、自分のその発想に呆れたが、なんというのだろうか…鬼を退治したからというわけでもないが、どことなく正義の味方っぽい雰囲気をまとっているように見えたのだ。

──むやみに自分の体に刃をいれるものではないぞ

と、少年は刀を鞘におさめると近づいてきて、実弥の前に膝をついて視線を合わせてにこりと笑みを浮かべる。

「なんだァ、お前は…」
と、それでも威嚇する以外に反応するすべを知らない実弥に

「これはきちんと名乗らず申し訳なかった。
俺は鱗滝錆兎。
鬼殺隊という鬼を滅するための組織に所属して、鬼狩りをしている」
と、不快感を見せることもせず拍子抜けするほど穏やかに答えた。

「…鬼…狩り……」
「ああ。鬼は普通の武器では死なないが、今俺が携えている日輪刀という特別な刀で首を落とせば今みたいに死んで消え去るんだ」

…鬼を…殺せる刀……
欲しい!!

思わず手が出た。
鬼を殺すのは実弥の悲願だった。

しかし伸ばした手は少年の手でやすやすと捕まえられる。
それほど力を込めているようにも見えないのに、まったく振り払えない。

これは…良くて殴られ、悪ければ斬り捨てられるか…
と、実弥の背にひやりと冷たい汗がつたう。

このあたりは街の裏通りで人通りもない。
浮浪児1人斬り殺されていても誰も気にしないどころか、下手すれば遺体が発見される前に野良犬にでも喰われて終いかも知れない。

そんなことを考えて青ざめていると、少年は片手で実弥の手首をしっかり掴んだまま、もう片方の手で腰元の袋を漁る。

そうして何かを取り出すと実弥に差し出した。

「とりあえず食え。
ちゃんとした物はあとで食わせてやるから」
との言葉に、へ?と思ってその手を見ると、懐紙に包まれたキビ団子。

「…なんで…団子?」

わけがわからない。
助けてもらった相手の刀を盗もうとした浮浪児相手に差し出すようなものじゃないだろう…と思って聞くと、少年は当たり前のような顔で

「腹が減ってはいくさは出来ぬだろうと、いつも家の者がこしらえて持たせてくれているんだ。
お前が腹が減っているように見えたから」

「そういう意味じゃねえよっ!第一俺は腹なんて…っ」
と、怒鳴った瞬間に、久々に見た食べ物のせいだろうか、ぐぅぅ~!と鳴る腹の虫。

恥ずかしさに顔と頭に一気に血が昇ったが、少年はさすが正義の味方、からかうようなこともせず、

「起きていれば腹が減る時間だよな。俺も家に帰るまで食わないのも辛いし、道端で1人食うのも恥ずかしい。
一緒に食ってくれないか?」
と、実弥の手首を拘束していた手を放して自分も一つキビ団子を取る。

「し…しかたねえなっ」
と、そう言う言われ方をすれば素直じゃない実弥でも手を伸ばせた。

そうして夜の裏路地で錆兎からもらって頬張ったキビ団子は実弥が今まで食べたことのある食べ物のなかでもダントツに美味かった。

「美味いっ!」
と、思わず口にしてしまったその言葉に、錆兎は
「そうだろう?俺のぎゆうが作ってくれた団子だ。不味いわけがない」
と、自慢気にうなずく。

「ぎゆう?恋人か?」

さすがにそこで母や使用人の名を出して、俺のという言い方はしないだろうと思って聞くと、錆兎は

「うむ…恋人…というより、嫁のようなものだ。とても器量よしで健気で愛らしい性格の上に料理が上手い」
と、なんだか嬉しそうに言うので、なんだか微笑ましい気分になって思わず笑って2つ目に手を伸ばすと、錆兎はちらりと実弥に視線を向けて言った。

「俺の夢は鬼のいない平和な世でぎゆうと故郷の狭霧山に帰って暮らすことなんだ。
そのために戦えそうな奴を日々探している。
実弥、日輪刀が欲しいなら俺と来ないか?
鬼を倒せる戦い方も教えるし、入隊試験はあるが鬼殺隊に入れば自分に一番あった日輪刀を作ってもらえるぞ」
と、それは実弥からすれば願ってもない申し出で、実弥は迷うことなくそれに飛びついた。


こうして連れて行かれた水柱屋敷。
そのとてつもない立派な建物にまず驚いた。

いや、どことなく良い家のぼんぼん臭はしていたが、まさかここまでか…、本人が拾いたくて拾ってきたは良いが、自分みたいな薄汚れたガキを連れてきたら、こいつの両親は反対しやしねえのか?と、実弥はその門構えをみた瞬間に心配したわけなのだが、館内の人間に話を聞いてさらに驚いた事には、このご立派な館は自分と年の変わらないこの少年が剣技を認められて、鬼殺隊の隊士の頂点まで登りつめた事で与えられたものだという。

その強さと整った容姿と圧倒的な正義の味方感からついたあだ名は【鬼殺隊の桃太郎】

彼に師事したいというものは多数居すぎて、本来ならその鬼殺隊の主である【お館様】から許可を得た者以外は弟子になれないというものすごい人物らしい。

「いやあ、お前、たまたま錆兎に拾われたなんて、本当に運が良かったなぁ」
と、屋敷内では口々にそう言われた。

実弥自身も今にして思えばそう思う。

錆兎は稽古は死ぬほど容赦なく厳しかったが、刀を握ったこともなければ、当然呼吸の型など全く知りもしなかった実弥を見捨てることも見限ることもなく、早く一人前になって自身の日輪刀で鬼を滅したいという実弥の願いを叶えるかのように、5月に拾われて翌年の3月の最終選別に間に合うようにと、たった11ヶ月の間に全集中の呼吸を常中し、風の型の奥義まで使えるようになるまで鍛え上げてくれた。

周りの話によれば通常はそんな短期間にそこまでというのはありえないということだ。

そうして稽古は厳しかったがひとたびそれを離れれば、水柱屋敷にいる他の隊士達同様、普通に同い年の友達のように接してくれたし、いつでも錆兎といたため、錆兎の食事だけは作っているという錆兎の自慢の嫁で巷では桃太郎である錆兎のお姫様であるぎゆうという本当にどこぞのお嬢様なんじゃないかと思うほどおっとりとした涼やかな美少女の作った美味い飯を日々食えた。

隊士全員の飯をほぼ作っている隊士二郎の飯もたまには食ったが、ぎゆうの飯はなんというか…愛情がこもっている感じがした。

実際、自分と並んで飯を食う錆兎をいつもほわほわと可憐な笑みを浮かべながら眺めているぎゆうは実弥の目から見ても可愛らしかったし、錆兎になにか褒められて嬉しそうに頬を染める彼女の姿にはどこか癒やされるものがあった。

微笑ましいとか温かいとか、そんな感情は家族の死と共にとっくに消え失せてしまったと思っていたが、感情というものは意外になくならないらしい。



稽古でクタクタで食事だけ摂って倒れ込むように部屋で寝ていると、どうやら家事を主に担当しているらしい二郎が

「実弥、これ洗濯しとくからね~」
と、当たり前に汚れ物を洗濯してくれたし、他の隊士達も非番で街に出たついでに菓子を買ってきたからとか、変わった鬼に出会ったから情報交換しておこうとか、色々と誘ってくれたし、ちょくちょく訪ねてくる、以前錆兎に師事していたという炎柱はよく手合わせをしてくれた。

水柱屋敷では本当に1人になることはなかった。
みんな仲間で家族で…同僚で協力者だった。

柱屋敷が皆そういうわけではなく、ここが特別なのだという。
それを作ったのが自分を拾った自分の師範だと言うのだから、剣技だけじゃなく人間としてすごい男だとしみじみ思う。

一応他の希望者の手前、いきなりそこらで拾われた自分がそんな桃太郎の弟子になっていたら大騒ぎになるからだろう。
だから実弥はお館様の指示で錆兎が迎えに行ったということになっていたが、どう考えても自分ごときをそんなすごい男が迎えにくる理由がない。

それでもあの時の自分はあと数日も放置したら野垂れ死にしそうで放ってはおけなかったから拾って剣士として育ててくれたのだろうと思えば、錆兎は一度も恩に着せるような事を口にしたことはないが、実弥はとても感謝しているし、恩はいつかきっちり返そうと思っている。

…というわけで…本当ならその錆兎にとって一番大切なのであろうお姫さんの護衛の座につきたかったのだが、そこに鎮座する男のくせにツヤツヤサラサラの髪の男、村田。

いつか追い落とそうと思っていたら、柱になってしまって、永遠に叶わなくなってしまった。

だからせめて…と、感謝の気持ちを込めて、柱就任の挨拶がてら館の皆には紅白饅頭を、そしてお姫さんにだけは特別に奮発してカステラを買って帰ってきた。

いや、すでにお館様に風柱の屋敷としてお屋敷を頂いている身としては、”帰る”という表現はおかしいのかも知れないが、どれだけ立派なお屋敷を頂こうと家族を失くして帰る家のなくなった今の自分の実家はここだ。

「お姫さんにカステラ買ってきた。他の奴らには紅白饅頭な」
と、おしかけていた弟子志願の隊士達が散ったあと、実弥が他は箱詰めで背に背負い、それだけは手に持ったカステラの包みを掲げれば、錆兎は目を丸くして、それから

「実弥、お前あいかわらず本当に律儀な男だな。
でもありがとう。ぎゆうがよろこぶ」
と、愛しい嫁の笑顔でも想像したのだろう。
本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

まあこの嫁というのは実は自称男なわけなのだが……


最初そう言われた時には冗談かと思った。
確認したわけではないので、今でも半分疑っている。

何しろそんじょそこらでは見ることのないほどの別嬪で、甲斐甲斐しくて料理上手でときた。

言葉は少なくどこかおっとりと優しい物言いで、唯一、あれ?と思うのは、一人称が”俺”であること。

男だという話が出たのも、それを指摘したのがきっかけだった。

「男ん中で育ってんのかもしんねえけどなァ、自分の事を俺呼びはどうかと思うぜェ。
せっかくの別嬪なのによォ」
と言ったら、こういう場で男が私とか言う方が浮かないか?と返ってきて、目が点になった。

一瞬言葉が通じていないのかと思った。

だって目の前にいるのは艷やかな黒髪を幅広のリボンで結んだ涼やかな美少女だ。
肌なんて真っ白で、水面のように澄んだ青い目を縁取るまつげは驚くほど長く、実弥の半分くらいしかないのではないだろうかと思うくらい小さな口は紅を塗っているわけでもないらしいのに桜のような薄桃色で、どこをどう見ても人形のような愛らしさである。

「…男?」
と、聞くと、
「…おとこ」
と、こっくりうなずかれた。

「…じゃ、なんでその格好?」

いや、隊服だから?
たまに短いスカートを履いている女性隊士もいるが、基本隊服には男女の差異はないし、義勇の隊服も足元を絞っていない袴で、単に裾広がりなので長いスカートのように見えているだけといえばそうなのかもしれないが…髪のそれは…と思って聞くと、

「支給されたから?」
と、のたまわる。

「髪のリボンも?」
「そう、リボンも一緒に…」
「誰に?」
「…確か…前田とかいう眼鏡の…。
最初はもう少し袴の裾が短かったけど、錆兎が燃やしたらこの長さのが出てきた」
「…そうか……」
「…うん…」

前田…というのは、女性隊士に露出の高い隊服を用意することで有名で、ゲス眼鏡の異名のある隠なのだが……

男…?…マジで?
別に義勇が男だろうと女だろうと実弥には関係ないわけなのだが、気になると言えば気になる。

だから単に同性ならいいだろうと、義勇の腕を掴んで隊服の前ボタンに手を伸ばしたら、

──いやっ!!
と、ひどく怯えた顔をされた。

そしてその大きな目からぽろりと涙をこぼされて、実弥は焦って両手を放し、
「悪いっ!単に本当か確かめようと思っただけで…」
と言い訳をしながら青ざめる。

これ…本当に男じゃなかったら、自分はすごくまずいことをしたんじゃないだろうか…


「悪い、ごめんなァ?ほんっとに悪かった。二度としない」
とにかくこれは謝り倒すしかないと頭を下げると、義勇はまだ震えながらも

「すこし…驚いた…だけ。だいじょうぶ…」
と、あまり大丈夫じゃなさそうな青ざめた顔で言う。

昔々…姉が殺されて日も浅いのに両腕を掴まれて田舎に連れて行かれそうになったことで、乱暴に腕を掴まれるということが義勇のトラウマなのだが、実弥はそんな事は知る由もない。

なので本当に男なのかも知れないが…あるいは男の集団の中で女であるということを明かすのが危険だからと男と言い張っているのかもしれない…と思ってみるが、まあ、義勇の性別がどうであろうと自分には心底関係がないので、そこは男…と言う言い分を否定はせず、性別は男でも女でもない、桃太郎の姫であるという扱いにして、それ以上は追求しないことにした。

こうして結局その件に触れる前となんら変わることなく、扱いは師範の奥方で、たまに村田が居ない時はその買い物のお供なども務めていた。

買い物の最中は荷物持ちをしながら、義勇からひたすら錆兎の話を聞かされる。
それはそれは嬉しそうに、山で鬼に襲われかけていた時に助けてくれた錆兎がいかに格好良かったかを語ったかと思うと、そんな錆兎の嫁になりたくて狭霧山では食事の支度を一手に引き受けて料理を学んだのだとキラキラした目で微笑む。

料理は愛情だと言うが、まさにそれだな、と、実弥はそんな義勇をみて日々思っていた。
と同時に、これどう聞いても男の会話じゃねえよなァ…と。

それでも
「錆兎のために美味しいご飯を作るため台所に立っていると、すごく幸せを感じる」
と、ほわほわと言う義勇は文句なしに可愛いし、錆兎も幸せそうだし、まあいいか、自分もご相伴に預かれるしな、と、実弥はお姫さんの番犬として師範に少しでも恩返しをと務めていたのである。


なので、今回の挨拶の手土産も錆兎の好みというよりは、お姫さんへの貢物だ。

大変良いお値段だったカステラは、一気に給金があがったとはいえ、まだ柱になりたてで最初のそれが入っていない身というのもあり、あまりに大勢いる水柱邸の仲間全員分は厳しいので、お姫さん限定。

他は紅白饅頭で、いつも身の回りの家事などの世話になった二郎には特別に虎屋の羊羹、自分と同じく錆兎に師事をしていたのでちょくちょく水柱邸に顔を出していて、そのついでにと柱なのに実弥が隊士でもない頃からよく手合わせをしてくれた煉獄には舟和の芋ようかんを別に用意した。

煉獄は一応実家が炎柱邸なのでそちらに住んではいるが、暇さえあれば錆兎と手合わせをして義勇の美味い飯を食いに水柱邸に入り浸っているので今日も来ているかと思えば案の定だった。

「不死川、風柱に就任したそうだなっ!おめでとう!!
これからは共に柱として鬼退治に勤しもう!!」

館の居間に通るなり、実にでかい声で祝いの言葉をかけられる。

師弟は似るのだろうか…
煉獄も正義まっしぐらな感じが少し錆兎に似ている。
いや…錆兎はここまで騒々しくはないが…。
しかし錆兎のテンションと声の大きさを倍にしたら煉獄になりそうだ…と、実弥はつねづね思っていた。

「あ~、ありがと~よォ。ま、お前にも世話になったし、けじめってことでこれ挨拶と礼なァ」
と、芋ようかんを渡すと、煉獄の特徴的な大きな目がビっと見開かれて、

「あなやっ!俺にまでかっ!すまんなっ!!
おおっ!芋ようかんではないかっ!!
芋の菓子は大好きだっ!!!
二郎、すまないが茶を一杯もらえるかっ?!さっそくいただこうっ!!!」
と、すごい大音量が居間に響き渡る。

慣れたとは言えやはり大きい声なので周りがなにごとか?と振り返るのに、実弥は
「皆にも世話になったからなァ。
饅頭買ってきたから適当に食ってくれ」
と、背負った箱をドン!と置いて、それを指差した。

「んで、二郎にはずっと家事をしてもらってたからなァ。
それとは別にこれ買ってきたから、食ってくれ」

と、煉獄の声でパタパタと大量の湯呑と急須を手に台所から走ってきた二郎にそれを渡すと、二郎は

「うわぁ。そんなの良かったのに。
でも嬉しいなぁ。自分ではなかなか買えないし。
ありがとうね~」
と、羊羹の包みを大切そうに受け取ってほわりと笑う。

そこに二郎と同じく割烹着を身につけた義勇が笑顔で
「おかえり、実弥。
今日は赤飯を炊いたからな」
と、祝う気満々といった感じで居間に駆け込んできた。

そして、他にも鯛にエビにと指折り数えるその様子は、誰の祝いだ?と言いたくなるほど嬉しそうで、実際そう言って吹き出してしまう。

すると義勇は
「お前のに決まっているだろう!
錆兎の弟子がまた1人柱になって、錆兎の目指す鬼のいない世に一歩近づいたんだ。
こんなにめでたいことがあるかっ」
と言うと、笑うなとぷくりと頬を膨らませた。

柱という身分にはさほど思い入れはないものの、世話になった師範やその周りがこうして喜んでくれるなら、風柱という名を背負うのも悪くはない、と、実弥は思う。



この日は煉獄がお館様の許可を得てもう1人新顔を連れてきていた。
どうやら煉獄の父がまだ柱だった頃に助けた少年らしい。

「伊黒小芭内という。
俺より1歳年上で、錆兎と実弥とは同年齢だ。
俺達と志を同じくしていて鬼殺隊に入りたいということで、本当は俺が教えられれば良いのだが、小芭内は炎はどうも向いてないようでな。
水の型を錆兎に教えてもらえればと思って連れてきたんだっ!
15,6歳組ということで、仲良くして欲しいっ!!」

と、やけにテンションの高い煉獄と対象的に、本人は至って静かに
「…宜しく頼む」
と、淡々と頭を下げる。

煉獄と比べてはいけないが、テンションが低くどことなく線も細い。
なるほど、炎!という感じとは程遠い。
まだ水の呼吸のほうが向いている気はする。

「おう。俺は不死川実弥。
今日をもってなんだか空いてたから風柱なんてもんに任命されたが、ついこの前まではそこの鬼殺隊の桃太郎の弟子やってたんで、同類だなァ」
と手をあげれば、何故か口元に晒しを巻いたその少年は、それでも目でにこりと微笑んだ。

これが結局水を学びながらもそれを派生させて蛇の呼吸なる型を編み出して、のちに蛇柱として柱の一端を担うことになり、これで1年後には3人の桃太郎の元弟子の柱達が水柱邸に入り浸ることになるのであった。







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