勝てば官軍桃太郎_13_水柱屋敷よいとこ一度はおいで

ともあれ、義勇と村田、そして太郎二郎兄弟は、なぜかお館様が錆兎が自由に使える人材という形に取り扱わせているので、良くも悪くも村田に選択権はないし、先日の鬼のように極々軽い一人きりの任務の時に出くわすのはそう強い鬼ではないので、強い鬼を滅する任務の時には常に錆兎がいる。

だから今の時点では特に問題はない。

ただあまりに鬼を斬る機会がないと斬れなくなりそうで怖いので、たまに護衛役を太郎二郎、あるいは他の同期にまかせて、前述のように一人でやる軽めの任務をこなさせてもらったりはしていた。

そう、問題がないのは今の時点だからだ…ということは村田もわかっている。
十二鬼月でも下弦までなら歴代の柱達は普通に倒してきたが、上弦ともなると逆に普通に倒されてきたという歴史がある。

そして自分たちは下弦までしか遭遇したことがないので、今現在、錆兎の強さの上限はわからない。

だが巷では錆兎は900年前に大江山酒呑童子を退治した頼光四天王の一人である渡辺綱の子孫で、お館様が錆兎に色々特別な便宜を図っているのは、昔、産屋敷家のお抱えの占い師が鬼退治で有名な錆兎の家系の宍色の髪の男子が鬼の頭領を倒して鬼を完全に退治するという予言をしたからだと、そんな噂がまことしやかにながれている。

もしそれが本当だとすれば、錆兎は鬼退治の最後の希望と言っても過言ではない。
足手まといになるわけにはいかない。

あとは村田だって家族を殺されて鬼殺隊に入っているから鬼は仇だというのもあるが、それ以上に今いる同期はみな家族みたいなもので、一人でも多く生き残って一緒に平和な時を生きたいという思いもある。

それは同期みんなの願いだ。
だから皆この水柱屋敷から任務に出て、戻ってきたら生還を祝う。
そして、情報は共有し、必要な人間は錆兎に稽古をつけてもらって生存率を少しでも高くしていた。

だからだろうか。
最終選別から1年以上の時が過ぎているが、未だに同期で死亡者は0だ。

そもそもが最終選別で死者なしというのも前代未聞なら、その後も死亡者なしというのは、もはや奇跡と言われるほどの快挙である。

他の年に選別を超えた先輩後輩の隊士達からは、奇跡の桃太郎世代と言われているのだが、それに先日もう一つ伝説が加わった。

いわく…水柱屋敷では柱並みの実力をつけてもらえる…という伝説が。
そう、原因は言うまでもなく煉獄杏寿郎である。

書物だけで学ぶのでは行き詰まってしまって炎の型を全て習得している錆兎に奥義を学びに来た炎の名家のお坊ちゃんは、ついたその日にそれを習得し、腕慣らしにと錆兎に連れて行かれた現場で見事下弦を奥義で討ち取って、その翌々日には空席になっていた炎柱の座へと登りつめた。

錆兎に次いでの13歳の柱誕生である。

錆兎に言わせれば、煉獄自身がすでに奥義まであと一歩というところまで来ていて、元々炎の呼吸の型の名家だということもあって、才能もあり、自分はあと一歩を後押ししただけだということらしいし、実際そうなのだろうと村田も思う。

が、世間様はそうは見ない。

あそこに行けば呼吸を奥義まで身に付けさせてくれて、下弦くらいは倒せるように鍛えてもらえる…と、弟子希望の隊士達がしばらくすさまじい勢いで押し寄せて大変な事になった。

なので見かねたお館様から、水柱屋敷に世話になる場合はお館様の許可を取ること、と、お達しが出て、ようやく静かになったところだ。

もっとも逆に考えれば、お館様の方からは教育して欲しい人材が送られてくるということにもなるのだが…



…ということで錆兎は現在産屋敷邸に絶賛呼び出され中である。

「杏寿郎のことはありがとう。助かったよ」
とお館様こと産屋敷耀哉がにこやかに言う。

見るものを魅了する笑みと声。
だが、同じように前世の記憶を持ちながら時を繰り返している錆兎は、当然彼が礼を言うだけのために自分のことを呼び出したわけではないということは予測している。
だからその言葉に少し身構えた。

それを見て産屋敷は
「なんだか見抜かれている感じだね」
と、小さく吹き出す。

こんな風に打ち解けた彼を見たものは、おそらく錆兎くらいなのではないだろうか。

そして、そんな”お館様”を相手に、
「で?今度はなんなんだ?」
と、げんなりとした顔でそんな言葉を口にするのも…。


互いに気の置けない共犯者の顔をしながら、まずは産屋敷が

「次はね…風を埋めたいんだ」
と、切り出した。

風…というのは、言うまでもなく風柱のことである。
前世で風柱だった不死川実弥は錆兎と同い年なので、状況が許せば全く不可能なことではない。
前世では柱になったのはもう少しあとのことだったと記憶しているが、なぜ今それを自分に言うのだろうか…と、錆兎は首をひねった。

「で?実弥は勝手に柱になるだろ?
そもそも杏寿郎だって放っておけばなったんじゃないか?
俺は前世では関わってないのになっているわけだし…」

という錆兎に、産屋敷は、そうなんだけどねと、肩までで切りそろえた髪をさらりと揺らして首を傾ける。

「25歳までが勝負だからね。今生ではなるべく早い段階で柱にしたいかなと思って」
という言葉に、錆兎も、ああ、なるほど、と、頷いた。

「さらに言うならね、柱の子達が死んだり戦線離脱しなきゃならなくなった上弦が出やすい任務とかは、大勢で行って出来る限り結末を変えたい。
だからなるべく早い段階で攻略法を知っている君に他の柱の子達との絶対的な信頼関係を結んで欲しいんだ。
ということで、実弥は今まだ入隊前なんだけど、君が拾ってきてくれないかい?
場所は教える。
刀なしに鬼を日光にあてて倒すという形を繰り返しているから、それを助けて連れ帰って、育てるところからやって欲しい。
選別は来年の3月だからあと10ヶ月で出来れば呼吸や刀の使い方から奥義まで。
入隊後は杏寿郎のように即下弦の情報を流すから頼むよ」

そこまで言われてようやく話が見えてきた。
だが、理解出来るのと実行できるのは別物だ。


「育て手じゃないからそこから教えたことはないし、第一時間も取れないから無理だ」
と、錆兎はきっぱり断った。

いったん24歳までは生きて、そこからまた10歳に戻って人生をやり直しているので、最初の人生よりは多少は人格も大人になってはいて、苦手なものもだいぶ減ってはきているが、基本的には他人に物を教えるのは得意ではない。

なので、名剣士が必ずしも名育て手であるとは限らないのだ、皆が鱗滝先生のように何もかもこなせるわけではないのだ、と、声の限りに主張してみたのだが、そういう人間である錆兎が、言葉で鬼殺隊という大所帯を動かしている産屋敷に口で勝てるわけがない。

「…君が時間が取れなくても、君の館には誰かしらがいるだろう?
柱なら育て手じゃなくても継子を育てることはあるからね。
大まかな管理と最終確認は君がして、ある程度は他に頼んでしまっても良いから」
と、説得が始まったあたりで、すでに勝てる気がしなくなってしまった。

「…断らせる気はなし…か」

はぁ~と錆兎が肩を落とすと、産屋敷は

「悪いね。君だけが頼りなんだ」
と、全く悪いとは思っていないだろう顔で笑う。

「仕方ない。今晩サクっと行ってくる。
場所はどこだ?」

断れないものならば、さっさとやって戦力を増強して楽になったほうがいい。
錆兎は諦めてそう考えることにした。







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