勝てば官軍桃太郎_12_激強なお姫様の話

あれは数ヶ月前のこと。
任務で向かった鬼の館はまるでからくり屋敷のようだった。

尺八のような音がして、部屋の仕切りが変わるだけじゃなく落とし穴に落ちた…だけなら良いが、刀を持って数歩前にいた錆兎と分断されてしまったのは参った。

もちろん村田は桃太郎のお姫様の護衛なので、気合と根性で義勇の腕は掴んだまま、二人して地下に落下する。
そして落下した先には8匹ほどの鬼…

終わったと思った。
正直普通に相手にできるのなんて、一度に1体。
思い切り頑張ったって2体くらいだ。それだって勝てるか怪しい。

だって自分の前には常に桃太郎がいた。
自分の役目は彼のお姫様の護衛だが、どちらかと言うと戦うよりは敵が出たことを彼に伝えることが主な仕事だ。
自分自身が強いわけでは決して無い。

一斉に来る鬼の攻撃。
ああ、終わった…と思った瞬間、後ろで静かに抜かれる刀

──拾壱ノ型 凪

まるで静かな水面が広がるような錯覚を覚える。
鬼の攻撃が消えていく。
その後続いて、たたたっと村田の横を幅広の髪飾りを翻して駆け抜ける姫。

そのまま止める間もなく鬼の只中へ突っ込むと

──捌ノ型 滝壷
と、怒涛の勢いと共に上段から刀を打ち下ろす。

一気に倒れていく鬼達。
残ったわずかばかりの鬼は、肆ノ型 打ち潮で一掃された。


え?え?と思っているうちに鞘に収められる刀。
何事もなかったように戻ってくるお姫様。
そして鬼がいなくなった部屋のど真ん中で手鏡を出して乱れた髪を直し始めた。


そんな義勇に

「なに?義勇、お前、護衛要らなくね?
どう考えても俺よりずっと強いよね?!
なんでか弱いふりで後ろにいんの?!」

…と村田が言ったのは、当然のことだと思う。

何もおかしいことではない。
なのに、こいつはぁ…というような呆れた目で見られたのは心外だと思う。


しかもその後言われた言葉は

──これ…村田が倒したということにするぞ

…で……いやいや、してくれを通り越して、するぞ?ってなに?
俺の意見は?人権は?と、声を大にして叫びたい。

しかしその前に叫びたいのは、
──なんで?!!
…の一言だ。


「…そんなこともわからないのか…」
「まったくわかんないよっ!!」

また呆れた顔をされたので思い切り否定すると、義勇は、はぁ~と息を吐き出しながら首を小さく横に振った。

そして、
「あれは4年前のことだ…」
と始められたので、いきなりそんな昔の話から?と思う。

しかし幸いにしてこの部屋に鬼はいなくなったし、錆兎が探しに来るまでは下手に動いてすれ違うよりはじっとしていた方が良いだろうと、村田はその話に付き合うことにした。



「俺と錆兎の出会いは、俺が山で鬼に襲われているところを錆兎に助けられたことから始まった。
月明かりの下、軽やかに飛び上がって鬼の首を斬り落とす錆兎は神々しいくらい格好良かった。
正直…牛若丸の再来かと思った」

当時を思い出しているらしい。
うっとりと視線を宙にはわせて言う義勇。

うん、格好良いよな。
錆兎は男前だし、それが月明かりの下、颯爽と助けに来て鬼の首を跳ね飛ばす図は、確かに想像するとすごく格好良い。

が、そこじゃない!
格好良いとかそれ以前に…と村田はその話で思う。
そして突っ込んだ。

「え?4年前って錆兎10歳だよね?
なに?あいつ10歳の時には鬼斬ってたわけ?!」

「ああ、その頃には全集中の呼吸使えてたし、水風雷炎の型を極めてた」
「えええーーー!!!ちょ、ありえんだろ、それ!!」

大人だってありえないと思うのに、どういう育ち方をしたら…と、村田は驚きのあまり思い切り叫んだ。

が、そんな村田の反応など気にすることもなく、義勇はうっとりと胸の前で手をあわせる。

「その瞬間、俺は錆兎にとって守るべき大切な存在になりたいと思った。
錆兎のお嫁さんになりたい、それが出来ないならそれに準ずる者にと思ったんだ。
だから守らないでも大丈夫と判断されて、桃太郎である錆兎のお姫様の座を他の人間に譲るわけには絶対にいかない。
……たとえ村田を滅することになっても」

最後の言葉と共にジロリ…と底知れぬ蒼い目で睨まれて、村田はひぃ!とすくみあがった。


「ちょ、やめてっ!言わないっ!言わないからいきなり殺気を向けないでっ!!」

室温が一気に下がった気がする。
村田は慌てて叫ぶ。

それに義勇はにこり…と恐ろしいほど綺麗な微笑を浮かべた。

そして
「じゃあお前が倒したということで良いな?」
と言う言葉に村田がブンブンと首を大きく縦にふると、途端に殺気が消えて、いつものほわほわとしたお姫様が目の前に。

「では…これからも”護衛”として宜しく頼む」

完全に元に戻る義勇。


あ~、焦った、怖かった!
でもまあ元に戻って危機は去ったように思うし、いい機会だからと、村田は質問をぶつけてみることにした。

「お前と錆兎ってさ、同門で同じ師範についてたんだろ?
ならお前が強いなんてこと錆兎は知ってんじゃないの?
でも確かに錆兎は初任務の頃から、馬鹿みたいにお前の身の安全ばかり気にしてたよな」

そう、それだ。
錆兎から見れば自分よりは弱いのかもしれないが、義勇だって一般隊士にしたら規格外に強い。
それは錆兎と同じ師範の指導で身についたものではないのか?

そう思うことについては、義勇も異論はないらしい。

「それな。
錆兎に指導はほぼ必要なかったから、俺は元水柱の師範にほとんどつきっきりで指導を受けさせてもらっていたし、なんなら剣技を極めた錆兎の指導も受けてたから、自分で言うのもなんだが、そんじょそこらの隊士なんて足元にも及ばないくらい強くなった。
自分でも俺に色々教えてるのだから、錆兎もそれは知っているはずだ」
と、こっくりと頷いた。

「なのに何故か錆兎は俺は放置すると死ぬものだと思っているらしい。
それで錆兎が俺に教えてくれた技がさっきの凪だ。
間合いに入る攻撃をほぼ無効化する。
攻撃は良いからとにかく自分の身だけ守っておけと言われた…」

スン…と無表情になって言う義勇に、村田は思った。
やはり義勇も男で実は強いのだから攻撃くらいしたいよな…と。
そう口にしてみたら、しかしそれは違ったらしい。

「別に刀を振るうのは好きじゃないからそれはいい。
ただ…錆兎が……」
「錆兎が?」
「俺を通して誰か他のやつを見ているような気がたまにするんだ…
先生に聞いても錆兎が10歳で先生のところに来た時には他の弟子はいなかったそうだから、誰かいるとしたらその前だが…聞けない。…怖い」

泣きそうな顔をしてうつむく義勇。
正直格好も恰好なだけに美少女にしか見えないし、このレベルの美少女はそんじょそこらにはいないと思う。

まあそれを別にしても…と、村田はちらりとそちらも顔の大変よろしいおとぎ話の主人公のような同期の少年を思い浮かべた。

絶体絶命の危機にあの顔の男が颯爽と助けにきたら、それは惚れるなと思う。
ただ顔が宜しいだけではなく、錆兎はどこか精悍で凛とした、そう、まさに正義の味方的な雰囲気を纏っている。

どんな困難にも愛刀を手に立ち向かう、ひたすら前に突き進む彼が、それでもふとした時に振り返るのは必ず義勇の安否を気遣う時だ。

それこそ心配のあまり泣きそうな顔で振り返って、傷一つどころか、埃の一片すら被らぬその姿を見て、心の底から安堵した表情を見せる。

これといって特別な時でもない、普通の敵の時でさえそうなのだ。
今なんてきっと自分の方が死にそうな真っ青な顔をして、義勇の姿を探し回っているに違いない。

それだけ大切な相手が身代わり?
…う~ん……


どうにも解せない感じだが、今度さりげなく錆兎に聞いてみようか…と、首をひねりつつも思っていると、突然、目の前の壁が叩き壊された。



──ぎゆう!ここにいたかっ!!!

と、村田の想像通り血相を変えた錆兎が息を切らして崩れ落ちた壁の跡を踏み越えて駆け寄ってくる。

そして、
「無事で良かったっ!!」」
と、村田に目もくれず義勇に駆け寄る錆兎と
「さびとっ!!」
と、こちらも駆け寄る義勇。

ひしっと抱きしめあう二人に所在のない村田。


「ここは鬼は出なかったか?怪我はないか?」
と、少し体を放して確認する錆兎に、

「大丈夫。鬼は8匹も出て、錆兎がいなくて怖かったが、村田がいてくれたから」
と、さきほどの村田との会話で溢れかけてた涙がここで決壊したので、まるで怯えて泣いているように見える。

実際、錆兎はそう思ったようで、
「もう大丈夫だから泣くな」
と、義勇の額に口づけた。

その二人の様子は本当に絵物語の主人公と姫君のように愛らしくも美しい図である。
錆兎は本当に義勇の事を案じていたように見えるし、誰かの代わりに…という風には到底思えない。

大切な大切な半身と言った感じで、刀を握れば力強く鬼を切り捨てる年の割には大きな手が、壊れものでも扱うかのようにそっと義勇の薄桃色の頬に添えられて、流れる涙を拭っている。

もうそこだけはめでたしめでたしの世界だが、はたして今の状況はどうなっているんだろうか…と、馬に蹴られそうだ…と思いつつも

「で?いま外はどうなってんの?錆兎」
と、村田が声をかけると、桃太郎様はやっとお供の犬に気づいてくれたようだ。

「あ~、村田」
と、初めてこちらに視線を向けた。

「ここにたどり着くまでに大方は片付いたと思う。
少なくとも部屋の構造を変えていた鬼は斬り捨てた」
と、その報告に村田はホッと胸をなでおろしたが、次の瞬間、ホッとしている場合じゃなかったことに気づく。

そう、錆兎の
「8匹の鬼を瞬殺って、お前、すごく腕をあげたんだな!
義勇の護衛を任せる相手としては本当に頼もしくてありがたい!」
と言う言葉によって……


「え?いや、俺は全然…」
と、反射的に否定をしようとする村田の言葉は、義勇が
「謙遜することはない!村田はすごかった!」
と、珍しく強い口調で遮ってくれる。

何を…とは口にしていないから嘘をついてはいない…と、なぜかこちらにチラリと視線を向けてきた義勇の表情からそんな言外の言葉が読み取れてしまう気がした。

そして…言うなよ?!という凄まじい圧も…

うっ…うん、ま、いっかぁ。
何か減るわけでもなし…と、苦笑い。
その錆兎の誤解を流すことにしたわけなのだが……甘かった。

噂が広まった…他ならぬ錆兎と義勇の口から……


隊士達までならまだいい。
なんだか鬼にまで広まっていた。

一人で行った任務で出会った鬼に、出会い頭に

──お、お前はっ!まさか”桃太郎”の右腕のツヤツヤかっ?!

なんか嫌な名前で伝わっている。

ツヤツヤって?…いや、髪の事なんだろうなって言うのはわかるけど…わかるけどさあっ!…と、泣きそうになった。

まあその鬼はビビって反転して逃げようとしてくれたので、楽々首を斬ることはできたわけだが…これ、ビビらない強さの逃げない鬼だったらどうなんの?俺狙われない?…と、思うと、あの時きっぱり否定しておくべきだったと心の底から後悔する。

しかしそこで広まってしまってから、実はあれは俺じゃなく義勇が…と言っても誰も信じない。
そんなウケは狙わないで良いからっ!とか、
そんな冗談が出るなんて、これだから強い奴は余裕だよなっ!とか、笑い飛ばされる。


大体の任務は錆兎と一緒で、錆兎は鬼が多少多くても、村田には鬼を斬るより義勇の完璧な護衛を求めてきて腕を見せる機会もないので、本当に誤解を解く場がない。

仕方無しにこれはもう強くなるしかないと稽古に励む日々だ。
そう、たまに、差し入れと称してその場で摂れる食事を持ってくる義勇に稽古をつけてもらったりしながら…。

もう色々困ったことにならないうちに、桃太郎には一刻も早く鬼退治を完遂してもらいたい…と、村田は日々思っているのだった。







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