勝てば官軍桃太郎_11_桃太郎と鬼退治教室

こうして急いで向かった道場でのこと。

「ああ、お前が杏寿郎か。
お館様から話は聞いてる。よく来たなっ!
俺が水柱の錆兎だ。
よろしくなっ」

とにこりと笑みを浮かべながら言う水柱は、本当に桃色の髪だった。
まあ、正確には宍色というのだそうだが…

年は杏寿郎と1学年、現在2歳しか違わないらしい彼は、その髪色や真っ白な羽織、そして肩に乗せた真っ白な鴉など、派手な色合いで、すごく目立っていた。

顔立ちも右の口元から頬にかけて大きな傷跡があるが、それを含めて男らしくも整っていて、キリリとした眉の下の、鬼が苦手とする藤の花のような色合いの瞳は意志の強さを思わせる強い光を放つ。

体格は年の割には良いが、当たり前だが大人に比べれば十分に小さい。
だが、存在感がすごい。

それに…なんというのだろう。
笑顔が圧倒的に頼もしい。
男の杏寿郎から見ても、素直に格好良い少年と思う。


13で選別を超えて半月後、初任務で柱に就任し、その数日後に14の誕生日を迎えたということだから、杏寿郎で考えると、今の時点ではもう柱になっていたということか…と思うと、とてつもなくすごい人物に見えた。

そんな人物に教えを乞えるというのだから、幸運なことである。
お館様に感謝をしなくては…と、杏寿郎は心から思った。


「煉獄杏寿郎です。このたびは水柱様に炎の呼吸の型を教示願いたいなどという失礼な願いを了承して頂いてありがとうございます」

ぴしっと体を90度曲げてお辞儀をする。
それに錆兎はハハハっと笑って言った。

「そんなことは全く気にすることはない。
教えられる者が教えられる事を教えれば良いんだ。
実際俺の最終選別でも同期に水以外の型も教えてるしな。
それより今現在より少しでも己を高めて行きたいというその心意気やよし!
俺に教えられることならなんでも教えてやる。
年も近いことだし、敬語も要らない。
玖ノ型 煉獄以外の炎の型は使えると聞いているが、それで間違いないか?」

「はい!」
「ふむ…じゃあ、行くか」
「はい?」

いきなり道場を出ようとする錆兎に杏寿郎はぽかんと聞き返す。

それに錆兎は
「道場は基礎を教えるのに使っているが、ここで炎の奥義なんかぶちかましたらさすがに壊れるからな。
本格的に型の練習をする時は裏庭に行く」
と後ろ手に手招きをした。

なるほど。それもそうだ…と、杏寿郎もそのあとを追う。

こうして二人して向かったのは、道場の裏からすぐの裏庭で、玄関から誰かが持ってきてくれていたらしい履物を履いて外に出た。

向かった先は個人宅の庭…というより、まるで広場のような大きさで、確かにここでなら多少の事をしても大丈夫そうである。

そこで錆兎は少し端によって
「まず壱から一通り型を使って見せてくれ」
と腕組みをして言う。

「はいっ!」
と、杏寿郎はそれに返事をして壱から捌ノ型までを使ってみせた。

正直…書物を見て昔の父を思い出して覚えた型だ。
絶対に正しいという自信はない。

それでも今出来ることをきちんと伝えねば相手も教えようがないだろう。

忙しい柱の時間を取らせるのだ。
恥ずかしいなどと言っている場合ではない。

そんな気持ちで使ったわけなのだが、捌ノ型まで見せたところで、錆兎がはぁ~っとため息をついた。


そして次に出た言葉が

「やはり全く違うなぁ…」

で、体だけではなく精神も鍛えたつもりだった杏寿郎だが、さすがに羞恥と悲しさで泣きそうになった。


出来たつもりになっていただけ…という可能性は自分でも予想はしていた。
だが、全く違うとまで言われると、さすがに落ち込むし、出来ると言っていた手前猛烈に恥ずかしい。

これはさすがに呆れられたか…と身の縮まる思いで、
「申し訳ない。基本を覚えたあたりで父から稽古を受けられなくなったので、書物を見ただけで覚えた自己流だから…」
と杏寿郎は肩を落としてうつむいた。

しかし何か違ったらしい。

錆兎は呆れた様子もなく、なんだかしみじみとした口調で
「書物だけでこれか…。
天賦の才という言葉を安易に使いたくはないが、やはり天才と言うのはいるんだな…
さすが炎の名家、煉獄の男ということかぁ…」
と言って小さく首を横に振る。

「え?」
と、思っていた事と真逆な事を言われたことに驚いて、杏寿郎は顔をあげると錆兎に視線を向けた。

天才というのは自分と1歳しか違わないのに、普通なら生涯かけても1つの型を極められない人間がほとんどなところを、水風雷炎と4つもの型を極めて、初任務後すぐに13歳で柱に抜擢された目の前の水柱ではないのだろうか…

そんな稀代の大天才がなぜ自分を??
と、正直耳を疑った。

「天才…というのは錆兎みたいな人の事を言うんじゃないのか?」
と声を大にして言うと、錆兎はぼそぼそっと

──…いや…俺は他人より少しばかり長く修行してるだけだから…
と、つぶやく。

錆兎にしてみれば、自分は前世で13歳から24歳までの11年間をたまに鬼斬りをしていた以外はほぼ他に何もせずに修業に費やしていたわけだから…と思うわけなのだが、杏寿郎は当然そんなことは知るよしもないので、不思議そうに目をぱちくりするばかりだ。

もちろん錆兎はそんな視線には当然気づいているので、フォローを入れる。

「えっとな、確かに俺は使える型の数は多いんだが、水の型以外は練度も威力も高くはない。
今お前の炎の呼吸の型を見て、あらためて思った」

「いやいや、それはないだろう」
とそれを聞いて杏寿郎は首を横に振った。

だって錆兎が1年前の初任務で下弦を倒したのは炎の型の奥義でだと聞いた。
煉獄家ではそれにまた父が落ち込んで荒れたのでよく覚えている。

それを指摘すると錆兎は、ん~、と、考え込んだ。

「逆にな、俺は下弦程度でも炎の型だと”奥義を使わないと倒せない”んだ。
当然、上弦くらいになると、俺程度の炎の型では目くらましの道具くらいにしかならない。
でも今見せてもらった感じだと、杏寿郎なら俺が1年前に倒した下弦なら肆ノ型の盛炎のうねりあたりで倒せる気がする。
お前が奥義の玖ノ型の煉獄を覚えて極めて行けば、上弦にも通用するようになると思うぞ。
だから、一緒に頑張ろう!」

「…一緒に…頑張る…」

「ああ。今は俺が教え助ける側だが、お前はじきに少なくとも炎の型に関しては俺など足元にも及ばないくらいになる」
「…錆兎は…それで良いのか?」

誰かと比べて強くない。
それは強者にとってはひどく心が折れることだと、杏寿郎は父の姿を見て思ったのだが、錆兎はあっけらかんと言った。

「良いに決まってるだろう?
強い者が己1人より大勢居たほうがより強いに決まっているし、打倒鬼舞辻無惨に近くなる。
教えたからと言って自分の強さが減るわけではなく、味方の強さが増えるんだ。
俺は強い味方を増やすためなら己が教えられることは何でも教えていくつもりだぞ。
俺の夢は鬼の居ない世界で義勇と狭霧山に帰って畑でも耕しながらのんびり暮らすことだからな」

だから杏寿郎も吸収できるものは吸収してどんどん強くなってくれ!
と明るく笑う錆兎にどこかホッとした。

3月に最終選別を終えてその月末に日輪刀が届き、まだ一月弱ではあるが杏寿郎も任務についたのだが、正直…鬼殺隊でも最年少に近い13歳の杏寿郎が手柄をたてたり褒められたりするのをよく思わない先輩隊士も少なくはない。

やはり年下に先を越されると焦りのようなものを覚えるのだろう。

だが錆兎からはそんな雰囲気を一切感じない。
昔の父がそうだったように、ただ純粋に杏寿郎が強くなることを望んでいるような空気を感じた。


その後、我流でついたおかしな癖を丁寧に直してもらったあとに、どうしても1人ではあと一歩で出せなかった玖ノ型_煉獄のコツを教えてもらう。

そして…どうやら杏寿郎は実はあともう少しのところまでたどり着いていたらしく、コツをつかめば1時間ほどで身についた。
ただ、そのあとちょっとのコツが書物だけでは掴みにくく、随分と無駄にグルグルと悩んでいた気がする。

それだけに全ての謎が解けて、完全に奥義を会得出来た達成感はすごい。
ぱぁぁ~と目の前の霧がはれて太陽が差し込んできたような気分だ。

「ありがとう!これで炎の型を全て身につけることができた!
それにしても錆兎は教え方がうまいな!」

初めて玖ノ型を出せて高揚した気持ちで振り返ると、錆兎は

「いや…俺は最後の1欠片を埋めただけで、おそらく俺がいなくてもそう遠くない頃に自力でたどり着いていた気がするぞ。
俺は水の呼吸ですら書物だけではそこまでたどり着けなかったと思う。
今の時点で奥義以外はどんな体勢からも打てるお前は炎の型に関しては天才だし、奥義を身につけた時点で、お前の父親を除けば炎の呼吸の剣士としては現在最強だ」
と、笑う。

そこには年下の者に己を追い越されたという焦りのようなものは全く感じない。
心の底から嬉しそうに、むしろ誇らしそうに笑ってくれる。
その笑顔が在りし日のまだ熱心に稽古をつけてくれていた頃の父の姿に重なった。

本当なら…こうやって奥義を身につけた杏寿郎を前に笑って褒めてくれるのは父のはずだった。
母が生きていれば…と、嬉しいのに色々がこみ上げて目がうるみかけた時、パサッと手拭いが降ってくる。

「腹が減ったな。そろそろ義勇が飯を作ってくれてるだろうから、俺は飯食ってくる。
お前はその間に二郎に部屋に案内してもらえ。
で、お前の家から届いている荷物を少し荷解きしておけ。
で、俺が飯を食い終わったら、柱の資格を取りに行くぞ」

そう言う錆兎の言葉の前半はわかった…わかったのだが、後半は??

「え?…柱の…資格って?」
グスっと鼻をすすりあげて、慌てて涙を拭いて聞き返すと、錆兎はもう母屋に歩き始めながら

「このあと俺は休暇なんだけどな、ちょっと特別な情報で下弦のうち一匹の居場所を知ってるから、お前がサクッとそいつを倒せば、長らく空席の炎柱の座が埋まる。
柱があまりに欠けている状態はよろしくないしな。
若ければそれだけ長く戦えるし、実力があるなら早いほうがいい。
お前にとっても良ければ鬼殺隊にとっても万々歳というわけだ」
と、驚くべきことを口にする。

「え??でもっ…」

さすがに戸惑いを口にする杏寿郎に

「男が”でも”などと言うものではない!!
男なら、男に生まれたならば、進む以外の道など無い!!!
男ならばせっかく覚えた奥義で下弦の一匹くらいきっちり討ち果たせ!!!!」
と、いきなりビリリっと震撼するほどの声で言われて、身が引き締まる。

「うむ!すまない!そうだった!
せっかく稽古をつけてもらったのだっ。
成果をきっちり披露して、柱として横に並べるよう全力を尽くす所存だ!!」

「よしっ!それでこそ男だっ!」

杏寿郎の言葉に、直前の厳しい声音が嘘のように、晴れ晴れしい笑顔で言う錆兎。
彼は良くも悪くも非常に感情を隠さない人物らしい。
そんなところは人によって合う合わないはあるのだろうが、微妙な表情や言い回しから空気を読むということが苦手な杏寿郎はなんだかホッとした。


こうして道場を経由して母屋に入ると、二郎がいる台所の方へと舞い戻るため、また長い廊下を錆兎について歩く。

驚いたことにこの館では皆、水柱のはずの彼のことを気軽に錆兎と呼び、普通に声をかけてくる。

「お、錆兎、それ新人?」
「ん。でも強いぞ。未来の柱だ」
「あははっ!そいつはいいなっ!
さっさと9本全部埋まってくれれば、俺達も楽になるってもんだ」

とか、

「あ~、錆兎、そいつあれだろ?炎の奥義習いに来たっていう…」
「そそ。杏寿郎だ。すでに身につけたから、飯食ったら腕試しに下弦倒して来ようと思う」
「ふ~ん、手は要るか?」
「ありがとう!でも今回は村田連れてくから」
「なるほど。ってか、今回”は”じゃなく、今回”も”じゃね?」
「はははっ!違いない!」

などなど、笑顔で言葉を交わしながら歩いているのを、杏寿郎は驚きながら見ていた。
柱じゃなくとも、元柱の…その息子に過ぎない杏寿郎にすら、敬語で話す人間が多いと言うのに、この館の人間はなんて自由なんだろうか…。

そんな風に思いつつ歩いていると、向こうの方から
「錆兎~、義勇が飯作って待ってるよ。
お前、それ食ったら今日はどうすんの?」
と、男なのになんだかサラサラツヤツヤの髪の隊士が駆け寄ってきて、錆兎にそう声をかけてきた。

「ああ、食ったら楽しく下弦退治行くから、村田、お前も支度しといてくれ」
「マジっ?!」

と言う錆兎の言葉で、男がさきほど別の隊士との会話に出てきた村田という隊士だということを知る。

「杏寿郎を柱にするために、サクっと倒して来ようと思ってなっ。
義勇も連れて行くから、当然お前も一緒だ。
お前が居れば何があっても安心だしな」
と、錆兎が返す声音は、本当に信頼に溢れている感じだ。


「錆兎ほどの人間がそう言うなんて、そこまで強い隊士なのかっ」

目の前にいる隊士は見た目は目立ったところもなく、大勢に埋没してしまいそうな雰囲気だが、ひとたび刀を持つと一変するのだろうか…と思って聞くと、錆兎は

「ああ。見た目はあまり目立たないしそうは見えないだろう?
だが、一度任務で俺がつい先走って分断されたことがあってな、その時に離れていたほんの少しの間に、義勇を守りながら8体の鬼を瞬殺してたんだ。
自分1人の時ならとにかく、人1人を守りながらそれというのはすごいだろう?」
と言う。

それは確かにすごい!
錆兎の同期ということは、まだ鬼殺隊に入って1年ほどなのに、もう誰かを守りながらそこまでの数の敵を瞬殺できるというのか…。

「おおーー!!それは素晴らしい!
俺も手の届く範囲の人間全てを守れるような剣士になりたいと思っていて、そこをまず目指しているんだ」

「なら、まず経験あるのみだ!
鬼は予測できる動きをしてくれるとは限らんからなっ!」

「ああ!狩って狩って狩りまくるぞ!」
と、なんだかテンション高く茶の間に向かう錆兎と預かりものの少年。

それを見送って、村田は大きくため息をついた。


…うん…守られてたのは実は俺のほう…なんて思ってもいないみたいだな、錆兎…
と、村田は遠い目をする。

いや、むしろ、桃太郎の…みんなのお姫様が実は激強だということを想像だにしていないというのが正しいのだろうが…








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