勝てば官軍桃太郎_10_煉獄杏寿郎

鬼殺隊の柱は各々大きなお屋敷に住んでいるが、その屋敷に比例した人数で住んでいるかはまた別物である。

杏寿郎の実家の煉獄家は父が息子二人を継子にするべく鍛えていたので家族4人のみで暮らしていたし、継子を持たない柱はたいてい屋敷を管理する最低限の数の使用人を置くのみで、ほぼ1人で暮らしている。

唯一花柱の家である花屋敷は、代々医療所を兼ねているので看護師や使用人の数が多くにぎやかだが、まあそこはそういう特別な理由があるから例外と言っていい。

とにかく一般的には広い家に使用人と柱、たまに継子が住んでいる、そんな感じなのだ。



そんな中で現在異彩を放っているのは水柱の屋敷。

昨年、わずか13の時に初任務で十二鬼月を倒してその日に柱になったという現水柱は鬼殺隊の中でも名高い天才少年剣士で、なんと水の呼吸の他にも風、雷、そして炎の呼吸まで使いこなすという。

そんな彼はその桃に似た珍しい色合いの宍色の髪とおとぎ話のように華々しい活躍から、【鬼殺隊の桃太郎】と呼ばれていた。

そして彼の屋敷である水柱屋敷には、彼が最終選別の時に指揮を取って鬼殺隊史上初の全員突破を果たさせた個性豊かな同期の隊士達の多くがほぼ住み込みと言って良い頻度で寝起きをして暮らしているらしい。

と、なぜそんな話をしているかと言えば、1ヶ月ほど前に最終選別を突破した杏寿郎は、お館様の勧めでこの桃太郎に教えを乞うため、しばらくこの水屋敷に厄介になることになったのだ。

杏寿郎の父の槇寿郎は杏寿郎の師範でもあったが、妻が亡くなった頃からやる気をなくし、杏寿郎に対しても一切教えを与えてはくれなくなったので、杏寿郎はその後は自分で書物で学びながら鍛錬を続けていたが、それでは剣士としてそれなりにはなれても、極めるには限界がある。

かといって鬼殺隊にはいってしまえば、育て手の弟子にもなれないし、そもそもが炎の呼吸の名家である煉獄家の跡取りに炎の呼吸を教えろなどと言われたら、たいていの育て手は尻込みをしてしまう。

それで煮詰まっていたところ、お館様が炎の呼吸の型も極めているという水柱なら、煉獄の家名に臆することもなく教えてくれるだろうと、口を聞いて下さった。


「忙しい子だけど、そんな中で同期達によく稽古をつけているからね。
君も気軽に加わってくるといい」

そうは言われたものの、水柱に炎の呼吸の型を教えてくれなんて、失礼なんじゃないだろうか…と、あまり物事にこだわらない杏寿郎でもさすがに思う。

しかし他に打つ手はない。
なのでお館様の命という大義名分があれば断られはしないだろうと、杏寿郎はその心遣いを受けることにした。



こうして訪れた水柱屋敷は、決して小さくはない煉獄家よりもまだ大きそうな館だった。

「ごめん!水柱の鱗滝錆兎殿はご在宅だろうか。
私はお館様のご紹介で参った煉獄杏寿郎と申す者です」

大きな門の前で腹の底から出すよく通る大きな声でそう叫べば、門の横の小さな木戸があいて、なんだかふわっとした雰囲気の少年が顔を出した。

「あ~、杏寿郎君ね。話は聞いてるよ~。
ごめんね、正面の門は重いから普段あんまり使わないんだよ。
身内はいつもこっちから出入りしてるんだ」
と、へにゃりと笑って手招きをする。

なんだか柔らかなその雰囲気に緊張が一気に溶ける気がした。

「ああ、そうでしたか。
煉獄杏寿郎です。よろしくお願いします」
と、それでも彼に深々と頭を下げると、彼は

「あ~そんなにかしこまらないでもいいよぉ。
俺は茂部二郎。
階級はまだ君と同じ癸だしね。
敬語も要らない。
仲良くしてね」
と手を差し出してくる。

「ああ、では君も鱗滝殿に師事している1人なのか」
と、それを握り返して握手をしたあと、庭の飛び石を軽やかな足取りで進む二郎に声をかける杏寿郎の言葉に、二郎はくるりと振り返って言った。

「錆兎、ね」
「?」

「えっとね、水柱のことは錆兎って呼んであげてね。
鱗滝は錆兎の師範の名字だから紛らわしいし。
俺達も最初に会った時にそう呼ぶよう言われてるしね」

「ああ、そうなのか」

「うん。ちなみに俺は剣技は習ったこと無いよ。
美味しいご飯担当だから、戦いの場では邪魔にならない程度に逃げていられればいいかなぁって」

「…え?…それは…戦いの場に行く意味があるんだろうか?」

もちろん時には撤退することも大切かもしれないが、逃げる前提で戦いの場に赴くなどという剣士は初めてみた。
というか、そんなことが許されるのだろうか…と、杏寿郎は驚くが、少年二郎はやっぱりふわふわと微笑みながら、

「うん!任務は一日で終わるものばかりじゃないし、外で何日間もさすらう時には美味しいご飯がないと寂しいよ」
と、コクリと首を傾けた。

あ~、なるほど。
確かにどこでも隠が来てくれる前提ではあるが、現場が苛烈であればあるほど、必ずしも常に隣に寄り添ってくれるわけではないだろう。

そうなれば、確かにいる人員での食材の調達や調理は重要だ。
杏寿郎もよく食べる方なので、食事がないときっと辛いと思う。

「なるほど!そうだな、失礼な事を言った!」
「ううん。わからないこと、気になることがあったら何でも聞いてね。
忙しいあたりは忙しいけど、俺はたいてい台所か居間にいるから」
「うむ!ありがとう!」

水柱の同期ということは、杏寿郎よりは少しばかり年上なのかもしれないが、とても気軽な雰囲気でそんな感じがしない。

杏寿郎の周りは今まで目上か目下しかいなかったので、こういうどこか横並びの対等な関係というのは、ずいぶんと新鮮だ。

常に炎の呼吸の名家煉獄家の嫡男として特別に扱われ、また自分もそうあるように心がけてきたが、いまこうして互いに気を張ることなく気軽に接している感じはなんだか友達のようで、遊びにきたわけではないのだが、心が弾む。


そんな事を思いながら二郎に続いて母屋に入ると、ここは本当に個人宅か?と思うほどの人人人。
いずれも若いから、おそらくお館様がおっしゃっていた水柱の同期達なのだろう。

正直、個人宅でここまで大勢人がいる家は初めてみた。
まるで学校のようだ…と、思う。

「よお、二郎、随分と派手なの連れてんな。新入り?」
と、隊服を着て刀をさげた少年が廊下で二郎に親しげに声をかけてきた。

それに二郎は、
「うん!杏寿郎君だよ。
しばらくうちにいるから仲良くしてあげてね。
でさ、錆兎ってもう帰ってる?」
と、返す。

「いや、たぶんもうすぐ帰ると思うけど。
あ~、その子はあれか。炎の呼吸習いにきた…
じゃ、先に飯を食わせてやっとけば?戻ったらすぐ稽古つけられるように」

「あ、そうだね。そうするね」

何か運んでいる途中だった相手がそれだけ言って駆け去って行くと、二郎は

「えっとね、錆兎は今任務でね、そろそろ戻ると思うけど、君は先にご飯ね。
錆兎は忙しいから時間がもったいないし」
と、先に立って道場とは反対方向に歩きだす。


確かに柱は忙しい。
それは父が元柱だったので杏寿郎もよく知っている。

だとしたら、新米の自分がいきなりその忙しい柱の時間を取ってしまっていいのだろうか。
これだけ大勢館に人がいるならば、他にも稽古を待っている相手がいるのでは?

そう思って聞いてみると、二郎はにこりと笑みを浮かべてまた振り返る。

「あ~、たまには稽古つけてもらうやつもいるけど、みんな別に稽古のためにここにいるわけじゃないんだ。
みんな錆兎のことが大好きで、錆兎は家が大きいから皆いていいよって言ってくれるからここにいるの。
その代わり米味噌塩とか、食材はなんとなくみんな適当に多めに買っておいて、食事は俺とか料理が好きな人間が適当に作るし、家の掃除とかは手分けしてやるしね。
錆兎の家事は基本的には義勇がやるんだけど、義勇に時間が無い時は俺らがやるし、義勇がご飯作るときも食材とかも揃ってて自由に使ってもらえるし。
かと思うと、家のことはやらなくても代わりに錆兎の任務にはほぼ随行してるやつも居るしね。
だから杏寿郎も遠慮せずに自分が何をやりたいかを主張すれば良いと思うよ。
無理なら無理って言われるし、出来る範囲のことならやらせてもらえるから」

なるほど。
隊士として活動する中では集団で動くことも多くなるし、集団生活を学ぶという意味でもこの館が最適ということで、お館様は勧めてくれたのかもしれない。


こうして大きな台所の横の小さな茶の間で二郎が出してくれる食事を摂っていると、しばらくして目が覚めるような涼やかな美少女が入ってきた。
少女はそのまま着ていたえんじ色の羽織を畳んで部屋の隅に置いて、畳んである割烹着を身につける。

そしてあまりの美しさにぽか~んと呆ける杏寿郎と目が合うとニコリと笑みを浮かべて台所へ。


「あ~義勇おかえり。ご飯作る?」
と二郎の言葉で、それが例の水柱の身の回りの事をしている隊士だと気づいた。

なるほど。柱ともなれば身の回りの事一つさせるのも、あんなに綺麗な女性にさせるのか…と、感心する杏寿郎。

「材料は何がある?
家のご飯は久しぶりだから、錆兎に美味しいものを食べて欲しい」
と言うその言葉その声音で、二郎の、みんな錆兎の事が大好きだから、という言葉通り、彼女もまた彼のことが大好きなのだろうとわかってしまう。

なので杏寿郎は剣士として尊敬しているという感情とは別に、それだけ人間的に人を惹きつける水柱に会うのが楽しみになった。



ちょうど食事も最後のひと口を口に放り込んだところだったので、二郎が

「あ~、錆兎帰ったみたいだから、杏寿郎、道場に行ってみるといいよ。
場所はここを出てずっと廊下をまっすぐ行った突き当り。
大きいからわかると思うけどわからなかったらそこらの人間捕まえて聞いてね」

と、茶の間に顔を出して、食器くらい片付けようとする杏寿郎に笑顔で、ここは良いから急いで急いでと促してくる。


それで忙しい柱を待たせるのは確かによろしくないと、杏寿郎は二郎に礼を言うと、道場へと急いだ。










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