「ってことでね、鬼殺隊では柱になると邸宅を用意することになっているんだけど、何か希望はあるかい?」
方針が決まったところでいきなりトップ直々に聞かれるそれ。
という疑問には
「う~ん、普通なら事務方案件なんだけどね。
”桃太郎”には特別に出来得る限りの希望を叶えてあげようと思っているからね。
なんなら”お姫様”を住まわせるためのお城とかでも構わないよ?」
と言う返答が返ってくる。
なるほど。負担も特別扱いな分、サービスも同等にということか。
その言葉はどこまで本気なのかはわからないが…
「希望は…別に城じゃなくても構わないが台所が立派な家がいい。
あと…それなりに部屋数がある家。
だけど出来れば風呂と厠と台所がついた小さな離れがあるとありがたい」
「なるほど。客は多く呼びたいけど普段はこじんまりということだね。
手持ちにちょうど良さげな物件があるから、今日のうちに手配させるよ。
それまでは藤の家で待っててくれるかい?」
こんな面倒な条件の物件を即手配できるのか。
産屋敷、侮りがたしっ。
そんなやりとりのあといったんは藤の家に移動ということで、別室に待機させられていた義勇の元に戻ると、
「さびと…お話ってなんだった?」
と、とててっと駆け寄ってくる義勇に、錆兎の方が目を丸くした。
「隊服…どうしたんだ?髪も…」
という言葉通り、義勇の隊服が絞られていた足元が広がっていて、袴かドレスのようになっている。
そして髪の結び紐が黒い幅広のリボンに。
その錆兎の言葉に義勇がくるりとその場でターンする。
「似合うか?お館様の命らしい。
待っている間に隠が届けてくれた」
やられた…と思う。
御旗というのはもう自分だけではないらしい。
確かにこんな風に顔に大きな傷をつけたむさい男の自分だけでは華がないが…
まあ仕方ない。
逆に義勇も御旗の一部だと思うなら、それを守る人材はきっちり用意されるのだろうから、かえって安全なのだろうと思い直す。
「で、錆兎の方は?」
と義勇にさらにもう一度聞かれて、右手の手の甲を見せてぐっと手に力をいれると、そこに”柱”の文字が浮かび上がった。
「ええっ…」
義勇の青い目が驚きに大きく見開かれる。
それに小さく微笑みかけて
「お館様が今日中に水柱邸として屋敷を用意して下さるらしいから、それまで藤の家で待つことになった」
と言う言葉に、義勇は
「そうか…そっかっ!もしかしてこれは桃太郎のお姫様用の隊服なのか。
それで…屋敷は錆兎と俺のお城だなっ!」
と、満面の笑みを浮かべて錆兎の腕にしがみつく。
「飽くまで支給される家だからな。そんなすごい物を期待するなよ」
と、これはもしかして城が良いと言っておくべきだったのか…と一瞬思うが、
「錆兎と二人で住める場所なら、掘っ立て小屋だったとしても二人の城だ」
などと可愛い事を口にする義勇に、まるで新婚の新妻のようなことを言う…と思って慌てて脳内で否定する。
もともと義勇は可愛かったが、今生の義勇はさらに可愛いオーラが満載すぎて、本当に本当に、錆兎は自分がおかしな扉を開いては閉じしている気がした。
今生ではどうかしているのは義勇なのか、自分なのか…
ともあれ、せっかく会えた太郎二郎と村田には今回の件は報告しておきたい。
なので、錆兎はまだ住まいを用意していない隊士達が宿にしている藤の家に義勇と共に急いで向かった。
「お~ま~え~~!!ほんっとに、なっちゃったの?!マジでっ?!」
錆兎と義勇が藤の家につくと、村田と太郎二郎が一眠りして起きてきたところだった。
そこで昼食を兼ねた遅い朝飯を食べながら、錆兎が手の甲の階級を見せると、村田の目が驚きのあまり飛び出した。
「あ~、そうだな。
なんか、なることになってしまったようだ」
「なってしまったようだ、じゃないよっ!!入隊半月、初任務後に柱かよっ!」
と呆れ返る村田の横では
「まあ…俺は錆兎なら最終選別後に柱になっても良かったと思うぞ」
と、なぜか満足げな太郎が言って
「柱の条件があるから、藤襲山に鬼が50体以上いてそれを全部狩りきるか、何かの間違いで下弦が混じってるとかじゃないと無理だな」
と、当の錆兎から却下される。
さらにその横では
「義勇の隊服、可愛いねぇ。
お姫様仕様なんだね、きっと」
とふわふわと義勇とのおしゃべりに興じる二郎。
「錆兎が屋敷は台所が立派な家とお願いしてくれたんだ」
「わぁ!今度俺も遊びに行っていい?」
「もちろん。一緒に料理の研究をしよう」
などと、少女じみた会話が繰り広げられている。
ここはなんだか花畑のような雰囲気だ。
こうしてしばらく彼らと話をしているうちに慌ただしい半日が過ぎ、仲間とは分かれて、迎えに来た隠に連れられて水柱屋敷へ。
「「うわぁあ」」
と、ぽか~んと口を開けて呆ける錆兎と義勇。
非常にご立派な門構えを超えると砂利が敷いてあって、並ぶ飛び石の上を歩いていくと奥には立派な日本家屋。
どうやら入って右奥には鍛錬ができる道場もあるらしい。
とにかく広かった。
とんでもなく広かった。
これだけの家を任務もある錆兎と義勇で保てるはずもないので、当然住み込みの使用人もいる。
それでも…中に入って、さらに奥。
中庭の端には小さな離れ。
それに二人してホッと顔を見合わせた。
そのうち慣れるのだろうし、誰か訪ねてきてくれるなら歓待できるのだが、普段二人が寄り添うには、やはりこの屋敷は広すぎる。
対外的には桃太郎とお姫様でも、自宅でくつろぐ時はただの錆兎と義勇に戻りたい。
離れについている台所には全て二人分の食器と調理器具。
8畳一間の部屋には小さな文机とちゃぶ台。
そこは二人の小さな狭霧山のようだった。
これからは桃太郎とお姫様として世の中に身を晒していく二人の小さな幸せな箱庭。
小さな休息の場であった。
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