「うああぁ~~!色が変わったっ!」
半月後、2人に日輪刀が届けられた。
義勇はまず自分の刀を手にとって鞘から抜いてみる。
すると刃の色が見る見る間に深い蒼に変わっていった。
静かに澄み切った森の湖のような色だ。
すごく義勇らしい」
錆兎といると饒舌で甘ったれでほわほわした義勇だが、いざ刀を振るう時は静かに流れる水のような空気をまとう。
そんな雰囲気は前世と変わらないのだが、前世では義勇が日輪刀を手にするところをみることが叶わなかったため、こうして今、その義勇にぴったりの色合いに変わる日輪刀を見て、錆兎はなんだか泣きそうになった。
鱗滝にしても、弟子が自分の日輪刀を手にしてこうやって色が変わるのを見るのは初めてなので、やはり感慨深いらしくうんうんと頷いている。
そんな師範と一緒に良かった良かったと頷きあう錆兎に、義勇は
「錆兎は先生じゃないんだから、自分のを抜こうよ」
と、せっついてくる。
それに鱗滝も笑って
「確かに。錆兎も義勇にはよく色々教えていたから感慨深いのかもしれんが、お前は自分も初めての自分の日輪刀なんだから、抜きなさい」
とうながした。
確かに…。
前世では鬼殺隊に入隊をしなかったので、日輪刀は全て先生からの借り物だった。
義勇の死後、そんな借り物の日輪刀を見ながら何度も義勇が生きていたらどんな色合いに変わったのだろうと思ってはいたが、そう言えば自分だったらと考えたことは不思議となかった。
しかし今こうして義勇とともに生きることができるようになって、その刀がとても気になった。
だって、それはこれから義勇を守っていく刀となるのだから。
そう思うと俄然興味がわいてきて、錆兎は自分の刀に手をかけた。
そして鞘から引き抜いてみる。
すると鋼の色がさぁ~っと明るい青に変わったが、それだけではない。
青に混じってところどころにまるで飛び散る飛沫か光のつぶのように輝く白銀の点。
振ってみるとまさに水から光が飛び散るような色合いを帯びた。
「うっわあぁぁ~~綺麗だ!キラキラしてる!」
と目を輝かせる義勇の横では
「これは…変わった色合いだ。
こんな色に変わった刀は里でも見たことがない」
と、届けてくれた刀鍛冶も目を見張った。
「錆兎は…本当に時代を変える子どもなのかもしれない…」
と、鱗滝まで言い出すので、錆兎は少し困ってしまう。
自分は何も特別な人間ではない。
単に前世で産屋敷耀哉、つまりお館様に一緒に記憶を持ち越す者として選ばれた人間にすぎない。
その事自体が普通ではないのだ…と、錆兎自身は気づいていないのだが…
まあ刀の色はあまりに多くの種類の型を覚えすぎたせいか、あるいは時を巻き戻っている人間だから特殊な何かがでたのかも知れないな、と、錆兎は呑気にそう思った。
色がどうであれ斬れればいい。
義勇を守ることができればいいのである。
とにかくそんな風に錆兎の刀に大騒ぎをしていると、いきなり鎹鴉が飛び込んできた。
──カアァ、鱗滝錆兎ォ、北西ノ街へ迎エェ!鬼狩リトシテノォ最初ノ仕事デアル
義勇も自分の鎹鴉に同じ指示をされている。
どうやらお館様は選別前の願いを覚えていてくれたらしい。
「「着替えてきます!」」
と、2人は揃って自身の刀を握って隊服に着替えに部屋へと駆け戻る。
帰ったその日に一度着てみたが、あらためて義勇の隊服姿を見ると感無量だ。
この姿を見る日が来るのをどんなに望んだことか…
義勇は隊服を着るとその上に、それまでは着物として着ていたえんじ色の姉の着物を羽織に仕立てなおしたものを羽織る。
隊服は男女共に同じなので、可愛らしく綺麗な顔立ちにまだ体が成長しきらない細い体の義勇がそんな羽織を羽織ると、どこか少女のようにも見えて可愛らしい。
しかも義勇の方は
「やっぱり…隊服に日輪刀を帯刀した錆兎、格好いい」
と、ぽぉと頬を染めて錆兎の方を見ているから、余計にそんな感じがした。
それでもはしゃいでいる時間はない。
「着替え終わったなら鱗滝さんに挨拶して行くぞ」
と、義勇の手を掴んで錆兎は居間に舞い戻る。
そして
「先生、それでは行ってきます!」
「…いってきます」
と、2人で挨拶をすると、2人揃って狭霧山を駆け下りた。
鎹鴉が言うことには、問題の街ではこの数年、とある豪邸に借金と引き換えに奉公に行った娘たちが戻ってこないという現象が続いているという。
最初の頃は貧しい家の娘だからとさほど騒がれもしなかったが、その街ではやがて美しい娘がいる家は何故か仕事がうまくいかなくなり、借金を抱える羽目になることが相次ぎ、そうなると遊郭などに売られるよりは…とその豪邸に奉公に行くことが相ついだ。
そんな家の娘が奉公に行ったきり顔をみせなくなるということが増えた時点で、一部の街の者がおかしいと気づき騒ぎ始めた。
そのうち奉公に行った娘の親族や恋人などの男衆が大挙して豪邸へと乗り込んでいったが、彼らもまた豪邸内に消えて戻っては来ない。
それだけ大勢が一気に消えるとなれば、もうこれは人の為せるわざではないかもしれない。
ということで、鬼殺隊の出番というわけだ。
すでに奉公人の娘に変装した乙の隊士が内部をさぐるために乗り込んでいるらしい。
錆兎と義勇は街の人間に扮した先輩達と共に屋敷に乗り込み、生存者がいるなら救出をして、鬼がいるなら退治する予定だ。
街へたどり着くと、今回の作戦の責任者の甲の先輩隊士、それに町人に変装した先輩隊士達が7人ほど。
あとは…
「村田っ!半月ぶりだなっ!!」
と、サラサラの髪の同期の姿を見つけて錆兎と義勇は駆け寄った。
「おおーー!!錆兎に義勇かっ!!良かった~、お前たちもいたんだなっ!」
と、先輩隊士達に囲まれて居心地が悪そうにしていた村田がホッとしたように手を振ってくる。
「他には同期はいないのか?」
「あ~そうみたいだな」
「そうか…俺達は刀が届いてすぐの出動要請だったから、あるいはまだ出動準備が整わない同期もいるのかもな」
と、そんな事を話していると、
「錆兎ぉぉ~~!!お前がいるなら、大丈夫だなっ!!俺達死なずに済むなっ!!」
「錆兎だあぁぁ~~!!兄ちゃん、助かったよっ!俺達助かったんだよっ!!」
と、駆け寄ってくる双子。
「お~太郎に二郎。お前達もこの任務だったか」
選別で一緒だった双子の兄弟は錆兎と同様、祖父が鬼殺隊士で、しかも元岩柱だという名門の家の出だが、兄弟揃ってその血を受け継がなかったらしい。
岩の呼吸はどうしても合わず、結局は水の呼吸を学んで選別に来ていた。
二人とも強い…とは言えないが料理は上手で、特に弟は選別ではいつも義勇と一緒に調理班だった。
「義勇もひさしぶり~。あれから俺も携帯食料を美味しく調理する方法とかね、いっぱい学んだんだよ~。
お前達も拠点は東京だよね?どこ住むかもう決めた?
良かったら近くに住んで料理教え合おうよ~」
と、弟の二郎はぴょんぴょんと義勇の手をとって飛び跳ねる。
「うん。俺達はまだ家は決めてないけど…近くだといいな。
二郎は料理美味いから…習って錆兎に食べさせたい」
最終選別で大勢に囲まれた時に気づいたことではあるが、義勇は随分と人見知りで、錆兎以外とはあまり話さないが、あたりもふわりと柔らかく、どこか少女じみた雰囲気のある二郎とだけは料理を通して話すようである。
太郎の方も料理は美味いが、今の興味はどちらかと言うと罠やちょっとした便利小物らしく、選別でも錆兎に拠点の護衛や魚や獣を捕るための罠について聞きまくっていた。
今も羽織の下には色々な道具を仕込んでいるらしい。
こうして最終的にこの作戦に参加する同期は5人。
同期全員で20人だから4分の1が参加すると思えば、結構な人数だと思っていいだろう。
時間になって総指揮を取る甲の津雲から説明がある。
「今日はあらかじめ奉公の娘として潜入した乙の女性隊士に面会を求める親族として問題の屋敷へと訪ねていく。
そこで娘に会うまでは断固として帰らぬと言えば、あるいは相手も正体を現すだろう。
相手が鬼ならばひたすらに斬る。
ただの無頼の人間なら殺さないように気をつけて警察に引き渡しだ。
質問があるものは?」
との言葉に先輩隊士の一人の手があがる。
「もし潜入していた隊士が普通に面会にでてきたらどうするんでしょうか?」
との質問に、
「その時は普通に親族のフリで面会をして帰り、定期的に集まれる人員が集まって相手が尻尾を出すまで続けるか、先々別の指示が出れば従う形になる。
だが…おそらくそれはない。
潜入した隊士と連絡が取れなくなって、もう半月以上になる。
おそらく他の娘たちと同様のことになっていると思われる」
(…え…つまり死んでるかもしれないってこと?嘘、乙って上から2番めだよね?)
ひぃっと二郎が悲鳴をあげると、太郎は震えながらも
(大丈夫だ、誰が死んでも俺は死なない)
と、断言する。
(無理無理無理無理!俺弱いもん!美味しいご飯つくれますって言ったら殺さず生かしてくれないかな?)
(ふざけんな!鬼に媚びんな、この馬鹿!俺は堂々と生き残るぞ。錆兎の後ろにはりついてなっ)
(兄ちゃん、それ全然堂々とじゃないよ)
などとこそこそ話す兄弟に、ため息をつく村田。
「もし門前払いで中に入れてもらえないとしたら?
門を壊すまでするんですか?」
と、別の一人からの質問に、
「それなんだが…実はもう中に入る手筈は出来ていて、そのために全員揃うのを待っていた」
と、津雲は意味ありげにぐるりと全員の顔を見回した。
そして視線をピタリと義勇に止める。
「お前、階級と名は?」
指さされて思わずビクリと錆兎の後ろに隠れる義勇に、代わりに錆兎が
「富岡義勇、癸です」
と、答えた。
すると津雲が頷いて言う。
「よし、富岡。お前はあちらで着物を着せてもらえ。
新しい奉公の娘を連れていきたいということで面会の約束をとっている」
「お言葉ですが義勇はまだ選別を突破したてで1人で活動するまでには…」
と、義勇を背に隠したまま意義を唱える錆兎に、津雲は、わかっていると頷いた。
「大丈夫。開門をさせるための変装で、面会が叶わないようなところに置いてはこれないと連れ帰る。
面会が万が一叶うようなら、先に潜入中の乙の隊士が適度な所で外に逃がす。
それで駄目だということなら、お前が兄のふりでもして、妹を置いてはいけぬと連れ出したりすることについては止めはしない」
言われて錆兎は渋々了承する。
まあ着物を着ていれば前に出ることはないし、逆に怪我をさせることもないかもしれない。
「太郎、二郎、村田」
と、錆兎は同期3人を振り返って声をかける。
「「なんだ?」」
「なあに?」
「俺は全力で鬼を倒す。
背にいてくれればお前達も可能な限り守ろうと思っている。
だから…俺が集中出来るように、お前達は全身全霊、全力で義勇を守ってくれ」
そう言うと、そこは一週間、ずっと一緒に頑張った同期たちだ。
「まあ、俺は元々お前らに救われて拾った命だしな」
「娘に化けるってことは帯刀できねえだろうしな」
「俺、弱いから守れないけど、危なくなったら頑張って義勇と一緒に逃げるねっ!」
と、それぞれ言葉は違うが了承してくれる。
そんなやり取りをしていると、
「…さびと……」
と、襖が開いて、老女に付き添われた義勇。
綺麗な露草色の着物を着て、背に届くくらいのサラサラのかつらをつけ、髪には着物と同じ色合いの紐飾り。
化粧のたぐいもしていないのに透けるような真っ白な肌に長いまつげ、澄んだ大きな青い目に桜色の唇の、日本人形のような美少女ぶりに、周りのみんなが感嘆のため息をついた。
物腰もいつもとは違い、どこか優美で、錆兎がそれを指摘すると
「蔦子姉さんと一緒に日本舞踊を習ってたから?
でも…錆兎から見てそう見えるなら…うれしい…」
と、はにかんだように頬を染めて微笑む様は、もう同性ではない。
あやうく、もういいから嫁に来いと言いたくなるような愛らしさだ。
錆兎がそんなことを考えていると、義勇はこくんと小首をかしげて、これ…どうしよう?と、抱えていた刀を錆兎に預けてくるので、錆兎はそれを預かって自分の刀と一緒に腰にさす。
「ぎゆう、可愛いねぇ!
錆兎が桃太郎なら義勇はお姫様みたいだ~」
と、はしゃぐ二郎。
2人が互いにまだ13歳の愛らしい容姿の子どもなだけあって、先輩隊士達も
「確かに。おとぎ話組だな」
と、微笑ましそうに言う。
そうこうしているうちに時間になり、娘の格好をしている義勇は津雲と並んで集団の前の方へ。
隊服のままの癸4人は大柄な先輩達に埋もれるように集団の中ほどに入ってついていく。
街の外れにある大豪邸。
館の周りを囲む植え込みには鉄条網が張り巡らされ、唯一の出入り口はでかい石造りの門。
まあ普通なら入れない、出られないわなとは思うものの、狭霧山の鱗滝一門を侮ることなかれ。
最終選別に行く前には皆大きな岩をたたっ斬っているわけなので、刀さえあればこんな門ごとき、こなごなに粉砕してみせる!と、それを目に錆兎はなぜか変な対抗心を燃やす。
…が、今は駄目だ。
相手が鬼とは限らない。
ここはじっと我慢の子である。
その門の前で呼び鈴を押して名と要件を名乗ると開門。
ズズズっと重そうな音をたてて開く門はしかし人が一人通れるほどの隙間ができた所で止まり、中からぬぅっと手が伸びてきて、義勇の腕を掴んで引きずり込もうとする。
が、その時にはすでに錆兎が走り出し、自らの胸元に義勇を引き寄せた。
こうして錆兎ごと義勇のみを中に引きずり入れてすぐ後ろで閉まる石門。
二人きりになった門の向こうで錆兎が義勇の腕を掴む大男の手を引き剥がす。
とたんに目の前で人が鬼に変貌していった。
「あ~、本当におとぎ話そのままだな」
と、錆兎は苦笑しつつ、片手で頭に乗せた狐の面をスッと己の顔につけ、刀を抜いた。
夜空にキラキラと光を撒きながら輝く青い刃。
先程義勇の腕を掴んだすぐ側にいる2体の首を打ち潮で跳ね飛ばした勢いで反転すると、振り向きざまに石門を叩き斬る。
おお~~!!!とあがる歓声。
「こういうわけらしい」
と、錆兎は現状を口にするよりは見せた方が早いと義勇を手で自らの後ろに隠した上で視界が開けるようにと自らも少し端へと避けた。
そこに見える首の落ちた鬼。
しかしやがて顔が引きつっていく隊士達。
錆兎も気配で察した。
首が落ちても体が崩れないどころか、また頭が生えてきている。
「村田、太郎二郎、義勇を頼んだっ!!」
と言うなり錆兎は飛び上がって何故か再度生えている鬼の首を斬り落とした。
「どういうことだっ?!」
「首が急所じゃない鬼など聞いたことがないっ!」
と、ざわめく隊士達。
だが、今回は首を斬り落とすと、体も地面へと吸い込まれていった。
しかも奥にいた数体も地面へと消えていく。
「…二度…斬ればいいのか…」
と、それを見て呟く津雲だが、錆兎はそれを否定した。
「いや…倒せたわけじゃないと思います。
崩れたわけじゃなく吸い込まれて行った…ということは、おそらく撤退したのかと」
そう言って奥を警戒する錆兎に津雲は
「どういうことが考えられる?」
と聞いてくる。
それに錆兎は少し考えて
「地面の下を移動すると考えて良いかと思いますが…鬼は確かに複数いたのに鬼の気配が1体しかしない。
あるいは単体に見えた鬼は全て一体の鬼が分裂するか地面の下に根を伸ばすようにして単体として擬態させたものなのかも知れません」
「それじゃあ…とりあえずどうすれば…」
「まずはこちらに何かあって伝えられなくなった時のために新事実がわかった時点で随時本部へ連絡。
今ならば踏み込んだら複数体鬼がいて、首を斬ったが死なずに地面の下から撤退したようだということですか。
地面の下で移動できるということは、日中だろうと室内なら移動できるので、街の人間に危険が及ぶ可能性があります。
だから早急に対応が必要である旨も同じく伝達。
あとはもう本体を探すしかないのでは?」
「わかったっ!では今言った事を本部に伝えてくれ」
と、津雲は自らの鴉を飛ばせる。
「あとは二手に分かれて本体を探すぞ!
癸5人は2対3に…」
と津雲が口を開いた瞬間に、太郎二郎の兄弟は錆兎の両側にしがみつき、義勇は背中に張り付いて首を横に振った。
「あ~…大丈夫です。全員まとめて面倒を見られるので、癸5人まとめて頂いて構いませんか?」
と、錆兎が苦笑すると、津雲は、そうか…と、言ったあと、
「じゃあ、誰かあと1人…」
と、また言いかけた言葉を
「あ~、俺がそっち行くわ」
と遮って、錆兎達ほどではないが若い男が走ってくる。
そして6対6に分かれたところで、中央からそれぞれ左右に進むことになった。
こうして右に進む津雲班を見送って、さあ、進むか…となる前に、錆兎が
「鱗滝錆兎です。左右に張り付いているのは茂部太郎、二郎兄弟。後ろに張り付いている娘役が富岡義勇で、義勇の横が村田です」
と、最後の約1名以外はそれどころじゃない面々に代わって挨拶をすると、若い男はぷはっと吹き出して
「なんだか隊長大変だなっ。
俺は宇髄天元!よろしくなっ」
と、手を差し出してきた。
「こちらこそ宜しくおねがいします。
仕切りは宇髄さんにお任せしたほうが?」
と、その手を握り返す錆兎に宇髄は
「いんや?俺はどっちかって言うと個人主義者であまり仕切りは向いてねえ。
それにひよっこたちにとってはお前さんが頭みてえだしな。
世の中向き不向きってもんがあるから、年齢や階級なんか気にすんな。
面倒だから敬語も要らねえし。
キビ団子は出世払いでお供してやるぜ?桃太郎さん」
と、にやりと笑う。
そのどこかで聞いた名前に、錆兎は前世の記憶をたどる。
最終決戦の時にはすでに折れたあとだったので、実際に顔をあわせたことはなかったが、情報としてはお館様から与えられている。
…宇髄天元…前世の音柱だったよな…元忍者だと聞いていたな…
…となると…得意は…
「飽くまで今の時点での情報から割り出した鬼の像にですが、たぶん本体が根を伸ばして何体もの鬼を形作っていて、倒すのにはその本体の首を落とせば良いんだと思います。
ただ、もし本体も地面の下に潜れるとしたら…もう首を落とすのは偶然に頼るしかないし、早く倒さないと地面の下に逃げられるんじゃないかと…。
だからまずは鬼を倒しまくることになるんですが、それは俺がやります。
宇髄さんは鬼の中で”他の鬼と何か違う点”がある鬼がいないかを注意して下さい。
外見が強そうとか大きいとか、そういう感じのものではたぶん無いと思います」
「おう、わかった!情報収集は得意分野だ。任せときなっ!」
と請け負う宇髄。
「他はとにかく義勇の護衛を頼む」
「「「了解」」」
「…さびと…俺は?俺の役割」
全員に役を割り振ると、義勇が錆兎の羽織をツンツンとひっぱってコテンと小首をかしげる。
「え?あ…ぎゆうは…え~っと…」
さすがに女物の着物を着込んで立ち回りは無理そうだし着替える暇も場所もない。
困った錆兎が口ごもると、そこで二郎が
「えっとね、ぎゆうはお姫様。
村田が忠犬で俺と兄ちゃんが器用な猿の兄弟。
で、宇髄さんが空から見下ろして情報を集めるキジで、ぎゆうは桃太郎に守られるお姫様。
大切な役だよ。
だってお姫様がいたほうが、桃太郎だって絶対に格好良くみえるし」
と言い出して、
「こんな時にお前は馬鹿かっ!」
と、兄の太郎にスコ~ン!と叩かれるも、当の義勇は、
「そうか…桃太郎の錆兎のお姫様か…」
と、意外に嬉しそうにフフッと微笑むので、みんなもうそれで良いか…と、ため息を付いて、先に進むことにした。
方針が決まって館に足を踏み入れると当たり前に現れる鬼。
水面斬りで首を跳ね飛ばしても胴からまた首が生えてくる。
「これきりねえな、どうするよ?」
と後ろで観察をしながら宇髄が言うのに、錆兎は
「仕方ない。焼く」
と、答えた。
──弐ノ型 昇り炎天
と、焔の如き闘気を纏わせての斬り上げれば、闘気の熱でジュと焦げた音がして、胴が慌てたように地面に吸い込まれていった。
「ふむ…今回は水より炎の方がいいか…」
刀をちゃきちゃきさせながら呟く錆兎に、後ろで宇髄が
「ちょ、お前、水の呼吸じゃなかったのかよっ!!」
と、驚きの声をあげるのに、癸3人組に囲まれた義勇がひょいっと顔を出し
「さびとは…(おとぎ話の主人公の)桃太郎(のごとく鬼狩りについては多彩)だから」
と、言って、
「わけわかんねえよっ!」
と叫ばれる。
それには例によって錆兎本人が
「ああ、基本は水だが、風、雷、炎の型は一通りは使える。
日輪刀を見てもわかるように、元は水だから、威力は水より落ちるけどな」
と、補足した。
「…その日輪刀も…なんだか特別仕様みたいに派手にキラキラしてやがんだけど…」
とそれでもさらにそう言う宇髄に今度は二郎が
「うん、だってさ、錆兎は桃太郎だからっ!
おとぎ話の主人公は全部がキラキラしてるんだよっ!」
と言って、義勇と向き合って、
「「ね~っ!」」
と手を合わせて一緒に笑顔で首をかたむける。
「「あ~、もうここらは気にしないで下さい」」
と、それに太郎と村田がため息交じりに言った。
こうして踏み込んだ部屋の一つで遭遇した鬼の首を炎の型で刎ねていると、斜め後ろからヒュっと何かが飛んできた。
それは錆兎が斬った鬼の首の切り口から数cmばかり下を貫いて、向こう側の壁に突き刺さる。
すると鬼は地面に戻ることが出来ずにバタバタとその場であがいていた。
「太郎?それは?」
と、それを投げた太郎を振り返ると、彼は
「あ~細い鉄の棒に丈夫な糸を通してみたんだ。
錆兎の後ろで見てたらな、首の切り口が焼けて固まってねえ時は頭を再生したけど、焼けて固まったらその固まった部分を自分で斬り落としたら再生できんのにしねえじゃん?
ってことは、相手に切り落とされても平気だけど、自分では切り落とせねえってことだろ。
形は変えられるみてえだから、普通に縛っても細くなって抜け出そうだけど、こうやって穴を開けたら穴を開けた部分を切り落とせねえから、簡単に拘束できんじゃね?って思ってさ。
どんだけデカイ鬼なのかはわかんねえけど、そのうち伸ばせる根っこもなくなってくんじゃね?」
と、棒を突き刺さった壁から引き抜いて、糸を丈夫な柱にしっかりと結びつける。
すると床から移動できる距離が限られているらしい鬼は柱に手が届かず、かといって糸も切れずにあがき続けていた。
「お前、やるなぁ。派手に賢いなっ!」
宇髄が感嘆の声をあげると、太郎は照れてふいっと視線をそらして
「錆兎といりゃあ絶対に攻撃こねえし安全だからな。
しっかり観察もできりゃあ仕掛けを考える余裕だってできんだよ」
と、赤くなる。
「いや、それは太郎、お前の実力だ。
お前は出来るやつなんだ」
と、それに、どうやらそのあたりには他の鬼は出てきそうにないので移動を促しながら錆兎が言うのにも、太郎は
「お前は何の得にもなんないのにあたりを駆けずり回って鬼に喰われそうだった俺達を助けてくれた恩人で…そんだけじゃなくて自分の食いもん全部弱ってる奴にやっちまうし、睡眠も休息も削って俺みたいな役たたずに色々教えてくれた奴だしな。
俺だけじゃねえ。
同期はみんなお前のこと信用してるし、何か役に立ちてえって思ってるからな。
俺はこれからも何か役に立てるような道具とか色々考えていくし、技術や剣術だって面倒だけどガンガン磨いてくつもりだから、なんでも言えよ」
と、赤い顔をしてぼそぼそと言う。
鬼を倒すためなら先生と義勇が困らない範囲のことなら何でもする。
今生では勝てば官軍の桃太郎になるんだと、そう心に誓ったはずなのに、そんな事を言われてまた大切なものが増えてしまった気がする。
困ったな…と思うのだが、嫌な気分ではない。
「ああ、助かる。本当に期待している。ありがとな」
錆兎はそう礼を言って、鬼の気配をたどってまた走り出した。
中央から左側に向かった錆兎達の方は中庭をぐるりと囲むような造りになっていて、左回りに回ると左側が中庭、右側が部屋になっている。
最初の頃は鬼は出て傷を負って引っ込んで、また出てを繰り返していたが、太郎の案で鬼を拘束するという方法を取ると、その部屋にはそれ以上でなくなったので、室内で出せる数には限りがあるのかもしれない。
そうして次に駆け込んだ部屋は畳敷きで、さらに奥へ続く襖がある。
その襖をぱ~ん!と開けると中では若い娘が二人、怯えたように抱き合っていた。
その二人は錆兎達の姿を見ると、ぱぁ~っと笑みを浮かべて
「良かったっ!助けにきて下さったんですね…」
と、駆け寄ってくる。
…が、
「無事で良かった、もう大丈夫…」
と、後ろから走り寄ろうとする太郎の腕を取ると、錆兎は思い切り後ろに突き飛ばして
──肆ノ型 打ち潮!
と、いきなり問答無用でその首を刎ねる。
そうしておいて、もう一本、預かっていた義勇の刀も抜いて、それぞれの娘たちの体に水平に突き立てて固定すると、
「太郎、拘束頼む」
と、後ろに声をかけた。
そこで一同は首を落とされてもなお暴れている娘たちが人ではないことに気がついた。
「お、おう!」
と、突き飛ばされた勢いで尻もちをついていた太郎は慌てて起き上がると、先程のように娘達の体に糸を通して柱に結ぶ。
それを横目に
「お前…これよく鬼だってわかったな。
判断はええなぁ」
と、まじまじと言う宇髄。
「気配でわかる。
山で育ったから…人であるとか熊、鹿、猪、狐…みな気配が違うし、特に鬼は生者の気配と全然違うから…」
あたりを警戒しながら言う錆兎の言葉に、宇髄はじ~っと義勇を見下ろすが、その視線に気づいた義勇は
「俺はわからない。たぶん錆兎だから」
と、ふるふると首を横に振る。
「お前らって…見た目通り山で育った正義の味方と街育ちのやんごとないお姫さんって感じだよな」
と、それを聞いて宇髄はため息をついた。
そうしてふと気づいて錆兎に声をかける。
「錆兎、これ、津雲班にも伝えておくぜ?
わかりやすく鬼の形してんなら甲が遅れを取ることはねえと思うけど、いきなり救出する相手に化けられてたらわかんねえしな」
「あ~、そうだな。頼む。村田、ついでに本部にもここまででわかった事をまとめて送っておいてくれ」
「わかった」
と、そこでいったん足をとめ、宇髄と村田がそれぞれ鴉を送るのを待つ。
………が、時すでに遅しだったようだ。
──カアァ、津雲班、半壊ィ!現在生存者ハ逃走中デアルー
「マジかっ!!どうするよ、錆兎!!」
少し前に津雲に向けて飛ばした鴉がバサバサと戻ってきたかと思うと伝える悲報に、宇髄が聞いてくる。
「…戻る以外の選択肢はないだろうな。
生存者がまだいるなら助けないと…」
本当はこちら側をすべて確認したいところだが、そうも言っていられないだろう。
半壊している状況で津雲側から連絡がないということは、指揮系統が崩れているということだ。
そうするとおそらく生存者は個別に逃げ惑っているのだろうし、急がねば全滅だ。
「救助を優先する。
こちら側では廊下には鬼は出てこなかったが、生存者を回収するまではあちら側でもし出てきたとしても俺が細切れにするから、再生する前に駆け抜けるぞ」
「了解!じゃあ万が一、再生が早くて襲って来られた時に備えて、俺が最後尾につくわ」
「助かる」
本当に…打てば響くような反応をしてくれるところはさすがに未来の柱だと、錆兎は宇髄に感心する。
「…っ。戻るぞ」
一呼吸置いてそう言うと、錆兎は踵を返して元きた道を引き返す。
そうして津雲班と分かれた中央まで来ると、今度は彼らが向かった右側へ。
そちらも左側とちょうど対照になるように中庭をぐるりと囲む形で建物が建っている。
しかし左側と違うのは、ぷ~んとただよう鉄の匂い…。
「…こっちは派手にやられたようだな。
生存者なんていんのかよ」
と、鼻にシワを寄せる太郎に、
「俺様の鴉が半壊って言ったんだ。
少なくともその時には半数は生きてたんだろうよ」
と、宇髄が辺りを警戒しながら、そう返す。
とりあえず匂いの強い方へと向かってみると、案の定、廊下から一部屋襖で区切られた部屋のさらに奥に食い散らかされた隊士の遺体が転がっている。
「あ~、お前らは見ないほうがいい。
宇髄だけ見ておいてくれ。村田はその間後ろを警戒な」
まあ錆兎は前世でひどい遺体など散々見たから今更で、宇髄は元忍びということならおそらく大丈夫だろう。
が、他の4人はいきなりこれを見たら、おそらく動けなくなると思うのでやめておく。
案の定、部屋に入ってきた宇髄は
「あ~、こいつはひでえなぁ」
と、眉を寄せたものの、目をそらさず、むしろしっかり状況を確認しているようだ。
「残りは5人。
最低あと2,3人の遺体はみることになるな」
と、そう言いつつ
「必要なものは見て覚えた。もう行こうぜ」
と、錆兎を促す。
「…宇髄はすごいな。こんな惨状でもずいぶん冷静で、本当にたいしたものだ」
と、あまりに当たり前に色々を受け入れてこなす宇髄に感心して錆兎が言うと、宇髄は
「お前がそれ言うかぁ~?」
と、額に手をあてて俯き加減にため息を付いた。
「は?」
「は?じゃねえよ。
お前なにもんだよ。俺より明らかに年下だよな?
しかも今年の最終選別組の癸っていやあ、これが初任務だろ?
なんでそんなに冷静にきっちり仕切ってんだよっ。
むしろ甲の津雲がその指示仰いでるって時点でおかしいだろっ」
「…あ~…それは……師範の教育?」
錆兎が困り果てて苦笑しながら言うと、宇髄はちらりと義勇に視線を向ける。
すると視線に気づいて、自分はそんな教育は受けていないとふるふる首を横に振る義勇。
「お~い、お姫さんは首を横に振ってるぞぉ」
と、それに呆れたため息をつきつつも、
「ま、逆に階級や年が上なのに役立たずより良いけどなっ」
と、引きずらずに適当なタイミングでさっときりあげるあたりが、宇髄はさらにすごいと錆兎は感心した。
こうしてその部屋はまだ奥に続いてはいたが、宇髄の鴉の言うことには廊下沿いの部屋にまだ遺体があったということなので、いったん廊下に戻ると、涙目で走ってくる隊士が一人。
「お~!向こうから助けられに来たぜ」
と、ぴゅぅと口笛を吹く宇髄。
「て…撤退だ!!ここは俺達だけじゃ無理だっ!!」
と、震えながら錆兎の腕を取って言った。
日輪刀も放り投げて逃げてきたのだろう。
手ぶらで、額に怪我。そして体全体にはおそらく仲間のものであろう血を浴びている。
「中央近くの部屋で遺体を1体見つけましたが、他の人は?」
と、それに落ち着き払って羽織の袂から出した包帯を村田に放り投げ、村田が手当をする中そう聞く錆兎に、男は
「津雲さんともう一人が残って応戦してる!
あとの二人は逃げたはずだけど…」
おずおずと言う。
「…ということは生存者は多くてあと二人な。
間に合えばだけどな」
と、吐き捨てるように言う宇髄。
「…逃げんなとは言わねえけどな、頭置いて逃げんのは頂けねえな。
仕切ってる時に勝手に戦線離脱されちゃあ勝てる戦いも勝てねえよ」
「そこまで!過ぎたことを言っても自体は変わらんし、事態が好転するわけじゃないからな。
犯した失態はあとで取り返せばいい。
ということで、俺達はこのまま進むが、あなたはどうします?
撤退するなら止めませんし、同行するなら俺より前に出ないでくれれば守ります」
まだまだ言い足りなさそうな宇髄にストップをかけて、錆兎は村田が隊士の手当をし終わって義勇の後ろの定位置に戻ったところで、そう聞きつつも足はすでに歩きだしている。
「お、俺も行く!津雲さん達が戦っている部屋はこの廊下の突き当りだ」
と、それに男は慌てて村田に並んだ。
「…そういうことでとりあえず奥の部屋か。
宇髄、即戦闘に入るかもしれないから、ちょっとこいつを頼む」
と、錆兎はそう言って、自分の肩口にとまらせた鴉に命じて宇髄の方へ。
宇髄はそれを腕に止まらせて一瞬考え込んだが
「了解したぜ。大丈夫」
と、応える。
そうして足早に他の部屋を通り越して突き当りの部屋へ。
襖を蹴り倒して中に入ると、中から津雲ともう一人の隊士が立っていた。
「おお~!ちょうど今鬼が撤退したところだ」
と、大きな怪我もなく隊服で汗を拭う津雲。
それを確認して錆兎は
「宇髄!確保!!」
と、叫ぶなり刀を抜いて前方へ。
「承知っ!」
と、宇髄はどこから出したのか縄を出して自分の横に立つさきほどの隊士をしばりあげた。
津雲とその隣の隊士を炎の型で焼き払うと、錆兎は
「太郎っ!」
と、声をかけて拘束を促す。
その言葉に
「あ、ああっ!」
と、太郎は慌てて駆け出して、津雲達に向かって棒を投げた。
唖然とする隊士。
彼だけではない。
目の前で首を落とされて暴れる隊服を来た二体を宇髄と錆兎以外は呆然と見ている。
「…なんで…俺のこと…」
と隊士が言うのに宇髄は手の中にある黒の碁石を宙に投げて見せる。
「錆兎がこいつを鴉に咥えさせて寄越したからな。
てめえが黒ってのは前提で、合図を待ってたってわけだ」
その宇髄の言葉に今度は視線が錆兎の方に。
錆兎はその視線に気づくと、前方を指差した。
「あなたが逃げた時点でまだ普通に戦えるなら津雲さん達はそこまでの重傷は負ってない可能性は高いだろうし、逃げた二人も逃げられるくらいなら全身に返り血を浴びるくらいの怪我はしてないだろう。
さらに握る手に怪我をしているわけでもないのに、刀を置いてきた理由は?と、考えた時に、俺達が戻ってくるのを知って、鬼側に寝返って味方を切りつけた刀から完全にその痕跡を消す時間がなかったからかと思った。
で、津雲さん達に化けてた鬼に怪我はない上に、この部屋には一切それだけの返り血を浴びるくらいの怪我人が出たような血の跡がない。
てことで、確定かと。
おそらく…この部屋では戦闘は行われてはいない。
他の部屋に本当の津雲さん達が斬り殺された時の血のあとがあると思う」
「お前…本当に判断はええわぁ…」
宇髄がガシガシと頭を掻き、義勇は、さすが錆兎!と頷きながらパチパチと拍手をし、残り三人は、やっぱり錆兎だなぁ…と、頷きあう。
「とりあえずたぶんもう生存者はなし。
この途中の部屋で死者4人だな。
戻って確認だ。
宇髄はそいつを見張りながら連れて歩いて、戦闘に入る時は村田に預けてくれ。
で、村田と二郎で見張りってことでいいな」
「「「了解」」」
と、大まかな指示を出すと錆兎は白い羽織を翻して、反転して部屋を出る。
廊下へ出るともう急ぐこともなしと順番に隣の部屋へと駆け込んだ。
その部屋にすでに鬼は居ず、しかし鬼にへし折られたのか不自然に首が曲がった隊士がひとりと、背中を袈裟懸けに斬られた津雲の遺体が転がっている。
その横に無造作に転がる日輪刀。
本来ならば鬼を斬る鬼殺隊士の魂とも言うべきそれが、鬼を助けて味方を害すことに使われたことに失望と衝撃を禁じ得ない。
無言になる癸5人組。
睨む宇髄の横で青ざめて視線を反らせる縛られた男。
「宇髄、相手を処断するのは俺達の仕事じゃない。
お前は俺と共に現場を目に焼き付けてくれ」
と、それに錆兎がそう言うと、宇髄は小さく息を吐き出して、気を取り直して室内に視線を移した。
その後その部屋を出て戻る途中、中央近くの二部屋でそれぞれ隊士が喰われたあとがあり、全員の生死が判明。
あとはとにかく鬼の本体を倒さねばということになる。
道は最初に言った左方向、そして今行ってきた右方向。
そして中央へ伸びている道と3方向ある。
「どっちへ行くよ、桃太郎さんよぉ」
にやにやと言う宇髄は、おそらく答えはわかっている。
「知ってて言う辺りが宇髄だよな」
と、当たり前に中央へ進む錆兎。
「なんで中央?」
と、二人以外はその意図がわからずにきょとんとするが、それを口にした村田に
「俺は前を警戒するから、宇髄説明よろしく」
と、おそらく同じものが見えているのであろう未来の柱に錆兎は後ろ手にひらひらと手を振って依頼する。
「へいへい。じゃあ凡人共にせつめいしてやるか」
と、宇髄はそれに対してそんな言葉で了承の意を伝えた。
「ここの鬼はタコやイカを想像してくれりゃあいい。
本体に多数の足がある感じで、その足を地下から地上に出して変形できる。
足の数も決まってるから、さっきの太郎みたいに部屋に動けないように固定しちまえば動かせる本数は当然減る。
ついでにたぶんだが一本分の足の長さも決まってる。
で、最初に向かった左側で足を固定しちまったから、本体が右側の奥の方はいけなくなっているんだ。
だから右側では、おそらく捕食出来る本体がある程度しか動けずに、手前側の方の部屋では遺体を喰ってるのに、奥の方の部屋には足を伸ばせても自分はいけねえから殺すだけは殺しても食うことが出来ずに放置してんだよ。
どうやら獲物を地下に移動させることはできなくて、本体のところに持っていくこともできねえらしい。
本当なら傷を癒やす力をつけるために食いたいとこなんだろうけどな。
ってことで、本体がいるならさすがにそれなりの気配があるだろうし、中央近くの右側にも左側にもいそうにないってなったら、残りは中央一択ってわけだ」
ぽか~んとする癸4人。
それに
「あ~、普通はこんな現在進行形で気付きゃあしねえよ。
俺様は天才だしな。
こいつはなんか…変な奴だとは思うけど」
とそんな4人に言う宇髄に、錆兎がすかさず
「俺は…桃太郎だからな」
と、言葉を添える。
「鬼を完全に退治して、めでたしめでたしで人生を〆るために生きている」
そう…義勇と共に生きて平和な世の中で暮らすため…
そこで感じる後ろからの視線。
ちらりと一瞬視線を向ければ、一歩遅れて歩いている義勇がとててっと駆け寄ってきて背中にぴったりとはりついた。
着物に焚き染めてあるのか、香のいい匂いがふわりと鼻をくすぐる。
「…なら、やっぱり俺は錆兎の…桃太郎のお姫様になりたい。
もちろん、何かあったら気を失って手をかけるようなヤワな姫じゃないぞ?
桃太郎を応援して、桃太郎の危機には手を貸して、桃太郎を助けて、何かあっても自分の足でしっかり立って逃げるくらいは出来る姫だ」
お嫁さんにはなれないけど、それならなれるだろう?
と、こくんと小首をかしげるのが、可愛すぎてへたり込みそうだ。
これだけ可憐な容姿をしていて性格も健気で愛らしく、料理上手で刀も振るえる。
もう理想の嫁じゃないか?
もうこの際性別に目を瞑ってもいいんじゃないだろうか…
前世では同い年だが可愛らしい守ってやりたい弟のような存在だった気がする。
義勇もとにかくテチテチといつもどこへでも錆兎のあとをついてきたし、錆兎も義勇がはぐれないよう、迷わないよう、手を引いて歩いた。
──さびと、大好きだっ
ともよく言われて、それに当たり前に
──俺もぎゆうのことが大好きだぞ
と返していた記憶はあるのだが、そう言えば、
──さびとのお嫁さんになりたい
という言葉は前世ではなかった。
今生ではなんだか色々が変わっている。
ともあれ、普通ならツッコミがはいりそうなそれも、女性用の着物姿の義勇が愛らしすぎて、違和感がなく、全員当たり前に流すことしかできない。
錆兎の羽織の裾を手できゅっと握りながらテチテチとすぐ後ろを歩く義勇は、本当に恋仲の男と散歩中のお嬢さんのようだ。
そんなどこか生温かい空気の漂う中、突き当りの他よりは立派な襖の前にたどり着くと、
「突入するから少し下がっていてくれ」
と、錆兎は義勇に柔らかく声をかける。
そして義勇がそれにこっくりと頷いてもう2歩ほど離れると、その左右を太郎二郎、そして後ろを村田がお姫様の護衛とばかりにきちっと固める。
その村田のさらに後ろでしばりあげた隊士の腕をきっちり掴んで殿を務める宇髄が
「みんな準備はできたぞ」
と、かける声で、錆兎が襖を蹴り倒した。
バン!と大きな音をたてて床に倒れた襖の向こうに広がるのは、大きな広間。
左右の壁際に並ぶのは人をバラバラにして活けた不気味な壺。
それは前世で見たことがあるような、悪趣味なもので…。
それを作成したのであろう鬼には今の段階ではまだ会いたくないな…と、ひやりと嫌な汗をかいたが、幸いにしてその部屋にはそこまで圧のある敵はいなかった。
部屋の最奥に鎮座するのは植物の蔓のようなものを身体中から伸ばした鬼。
植物…ということはおそらく麻痺や毒などを持っている可能性もあるだろう。
「やはり…人間など役立たずなものを使うべきじゃなかった…」
と、緑の太い茎に埋もれた顔が、ギロリと宇髄の隣の男に視線をやる。
「宇髄!」
「わかってるっ!!」
と、錆兎が声をかけ、宇髄がそれにそう答えるのと、ほぼ同時。
床から男に向かって伸びた刃物のような蔓を、宇髄が刀で叩き斬った。
しかし斬ってもまた生えてくる刃。
「これ、キリがねえ!
出来る限り早くやっちまってくれ」
蔓を斬り捨てながら言う宇髄。
怯えた声をあげる男。
双子と村田は義勇を囲んで一歩引きつつ万が一の攻撃に備えている。
敵の仔細はわからないものの、長引いて良いことはない。
一気に力でねじ伏せるのが正しいだろう。
そう判断して
「時間をかけないほうがいいな。
即片をつける!」
と、錆兎はぐっと体に力を入れ、気を最大限に練り上げ始めた。
ビリビリと揺れる空気。
立ち上る熱気。
そして…
──玖ノ型 煉獄
どどおぉ~~ん!!
と、ものすごい音をたてて放たれる一撃。
凄まじい熱気があたりに立ち込め、焼け焦げる匂いと煙が室内を充満する。
瞬時に宇髄が対峙していた蔓の動きが止まり、さらさらと砂となって崩れ落ちたことで、本体が倒れた事を皆が悟った。
「…え…ちょっとまって…。
これなに?こんな技あるの?」
「炎の呼吸の型…なことはわかるけど、初めて見た」
「おいおい。炎の奥義まで使うのかよ。
ちょっとおかしいだろ。
どうしたらその年でそこまで極められんだよ。
お前本来水の呼吸の人間だろ?」
それぞれにあっけないほど跡形もなく消し飛んだ鬼より、味方の剣技に呆然だ。
ちょうどそれと同時くらいに駆けつけてくる隠。
彼らに寝返った隊士を引き渡し、宇髄が色々と報告をしている間、義勇がいきなり着物の袂から包を出して錆兎に差し出す。
「へ?」
「これ…キビ団子だ。
狭霧山を降りてこの街に来る途中で買っておいたんだ。
次からはちゃんと作るから」
錆兎から配ってくれ、みんなで食べよう…という言葉に、みんな一瞬目を丸くして、そして吹き出した。
こうして癸5人それぞれに取ったあと、宇髄にもと渡しに行って
「宇髄、お供の駄賃のキビ団子だ」
と、差し出すと、周りにいた隠がぎょっとした顔をした。
「…どうか…したのか?」
と、きょとんと首をかしげる様子は年相応に幼い様子なのもあって、若い隠の一人がかばってくれるつもりだったのだろう。
「宇髄様、どうかまだ幼い癸の子どもの言うことなので…」
と、錆兎の前へと立ちはだかる。
「宇髄…”様”って言われるほど偉いやつだったのか」
と、それにまたそう言って自分より頭一つくらいはでかい宇髄を見上げる錆兎の頭をその隠が慌てて掴んで宇髄に向かって下げさせた。
「昨日に拝命したばかりだからまだ周知されていないし、たまたま近くでの任を終えて加わって下さったので指揮は当初の予定通り津雲が取っていたが、宇髄様は柱だぞ!
新人が軽々しい口を聞ける相手じゃねえっ!」
そう説明をされて、なるほど、もう宇髄は柱になっていたのか…と、前世を知っている錆兎は驚きもせず思うわけだが、まあ普通は新人がその団体の現場のトップにこんな口を聞けば、怒られもするだろうと納得して、
「それはすまなかった」
と、それでも子どもらしからぬ、どこか偉そうとも思えるような謝罪をしてみせる。
だが、宇髄はそれを咎めることなく、むしろ錆兎の頭にやっている隠の手を逆に外させて、
「いや、こいつたぶん明日か明後日くらいには呼び出しあって柱になってるから、お前の方がやめとけ」
と、言った。
「は?」
と、さすがに呆然とする隠に
「今日の鬼は下弦だったみてえだけどな、こいつ瞬殺しやがったから。
状況判断も剣術の腕もちょっとおかしいくらいだ。
13のガキじゃねえ。
たぶん…今の時点でお館様も目をかけてんだろ。
目立つようにって白い鴉とかやるくらいだから」
と、錆兎の肩に留まるその白い鳥をあごでさししめす。
もともと宇髄は大風呂敷を広げる事も多々あるので、隠の方もそれが本当なのかどうかもよくわからない。
…が、音柱様の言うことだ。
「はあ、宇髄様がそうおっしゃるならっ。
悪かったな、坊主」
と、こちらも良いやら悪いやらよくわからないという顔で微妙な謝罪をしてくるのに、錆兎は神妙な顔で
「いや、宇髄…さんの言うことが大げさだ。
ご忠告いたみいる」
と、隠に返した。
それに宇髄は不満げに
「俺様の目に間違いはねえよ!
1週間だ。1週間以内にてめえが柱になってなきゃ、俺はてめえに一生分のキビ団子をおごってやるよ」
と断言する。
え…と、それに対して嫌そうな顔の錆兎。
「なんだよ、不満かよ」
「いや…キビ団子一生分とか、それはさすがに嫌がらせじゃないのか?」
「そんなことありえねえから安心しとけ」
「いや、宇髄が言ってることの方が十分ありえん。
柱なんて入隊半月の子どもがなれるもんじゃないだろう」
「あめえな。柱の必須条件は鬼を50体斬るか十二鬼月を倒すこと。
で、おめえはたった今、下弦とは言え十二鬼月を瞬殺したわけだ。
さらに言うなら、最終選別で同期全員まとめ上げて一人残らず突破させて、皆おめえのことを大将とあがめてる。
それで選別終わった時点でお館様から特別な鴉をつけられてって、すでにその時点で規格外なんだよ。
おまけに水の呼吸の使い手が、炎の奥義まで極めてやがって、風と雷も使えるって、お前いったいなにもんだぁ?!
それで13歳って、どんな13年を生きりゃあそうなんだよっ」
…うん…まあそれについては…プラス24年の年季があるからな…と思うものの、それは秘密なので…
「うちの師範は隊士を育てる天才なんだ」
と言えば、隣で義勇がやっぱり、ないない、と首を横に振った。
結局お呼び出しはまさにその後、その日のうちに。
「やあ、錆兎。よく来てくれたね。
今日倒したのはちょうど都合よく下弦だったみたいだから、もういいよね」
と、にこやかに産屋敷耀哉…つまりお館様から直々に言われて錆兎は
「そんなに簡単に柱につけて良いんですか?」
とさすがに困惑したように眉尻をさげるが、彼はにこりと
「錆兎には少しでも多くの敵と接してもらって、なんなら全ての鬼の全ての術その他の情報を記憶してもらわないといけないからね。
悪いが特別扱いをして目立ってもらって、敵からは標的、味方からは御旗になってもらう。
そのためにその目立つ真っ白な羽織に合わせて真っ白な鴉もつけたしね。
あとは…君の家の事、それとなく流させてもらおうかな」
「へ??」
「鬼狩りとしては…最高の家だろう?”渡辺”錆兎」
「あ~…それを出すのか…」
「ふふっ。
綱から数えて900年以上のちに生まれた宍色の髪の男子が先祖と同様に鬼の頭領を倒しこの世の鬼を一掃する…とね、はるか昔に産屋敷家のお抱えの占い師が言っていた」
「……?それは初耳なんだが…」
「うん、そうだろうね。たったいま、私が作った話だから。
でもそう噂を流せば無惨は君に執着するだろうし、内部的にも”君が色々特別な存在”であることの理由付けができる。
例えば…前世で見たからと言っても納得はしないことも、”特別な存在だからわかる”と言えば納得するだろうしね」
「…自分の可愛い子ども達を騙すのか…」
錆兎がはぁ~っと頭をかくと、産屋敷はにこにこと、
「嘘も方便だよ。最終的にみんなのためになることだし、君が頑張れば嘘ではなくなるよ」
と、それを流した。
駄目だ…鬼舞辻無惨もアレだが、この産屋敷耀哉という人物も実はえげつなさではどっこいなのではないだろうか…。
片手で顔を覆ってそんな事を思いながらチラリと視線を向けると、産屋敷はそんな錆兎の考えていることなどお見通しで言う。
「私はね、人間側の事を考えて動いているんだ。
だから…人間側が勝てるなら、君の大好きな”勝てば官軍”だよ」
そういうことで…水柱を拝命してくれるね?と言われれば、否とは言えない。
錆兎の目的は彼と同じで、彼の協力なしには達成できないものなのだから。
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